覆面バンド、仮結成

第10話 仮結成 マスク・ド・ファイヴ!の巻

何も言い返せず、ノボルは拳を握り締めた。

僕も下を向くしかなかった。

スタジオ内を重い沈黙が支配する。



その時だった。

健吾がテーブルに歩み寄ると、

マスクを手に取った。

そして目をつぶりながら、震える手でそれを被った。

鉄平も「やっぱ俺、音楽やりてーよ」と叫びながら

マスクを顔にはめる。

ノボルも涙を拭きながら、それに続く。




「リョータ、あんたはどうするの。

 別にうちの会社に残っても構わないけど」

マリエさんの視線が突き刺さる。

デビューさせてくれって頼んだけど

マスク姿のままなんて思わなかった。

それにブレイブ・カンパニーのリーダーとして

音楽性を突き詰め過ぎたのは僕の責任だった。

マスクを被ったって、僕自身が生まれ変わらなきゃ

また失敗を繰り返すのは目に見えている。

そして、このバンドまで駄目だったら

たぶん三十過ぎて、みんなを路頭に迷わすことになる。



マスクを被ったメンバーの顔を見た。

目に涙を浮かべながら、必死の覚悟が伝わってくる。

「やっぱ音楽続けてーよ。

 食っていけなくたって、続けてーよ」

「もう一回やり直そうぜ。

 俺は音楽辞めたくねーよ」

あの日の叫び声が心にリフレインする。



「お願いします。

 やっぱり音楽、もう一回やりたいです。

 夢、諦めたくないっす」

僕もマスクに手を伸ばした。




翌日、事務所に集められると

僕ら4人は正式な契約書にサインした。

マリエさんが嬉しそうに笑う。



「バンド名は、動画の書き込みにあった

 マスク・ド・ファイヴで行くわ。

 だからもう一人のメンバーは、あんたらで探してきて」

唖然とする僕らに言い放った。



「それと、この動画のバンドだって

 自分達で言い張っても信じてもらえないでしょ。

 でも、ラッキーなことに

 そのマスクって一品物らしいのよね。

 あのライブハウスのオーナーの手作りなんだって。

 ほら見て、盗難届けも出てる」

開いたパソコンには、店で会った老人が

何かを叫んでいる動画があった。



「だから、もう一度メキシコ行って

 ちゃんとマスクを譲り受けて来て欲しいの。

 そしてまたステージに立って

 動画を撮られてくるのよ」



若松さんも口を開く。

今日はプロレスのTシャツを着ていた。

「そうだ、メキシコからの逆輸入バンドってことだ。

 なんか若手レスラーみたいで格好いいな。

 お前らは音楽界のタイガーマスクを目指すんだ。

 ちょっとした技も学んで来いよ」

鍛え上げた右腕をパチンと叩く。

この人の言うことは、聞き流そうと僕は思った。





「メキシコには、いつ出発なんですか?

 バイトの都合とかもあるし」

ノボルが尋ねると

「今晩よ。

 もうチケットは取ってあるわ。

 あとこれは、先行投資金、

 オーナーがごねたって絶対にマスクを貰って来るのよ。

 いざとなれば札束で顔をはたいてやりなさい」

テーブルの上には50万円ほどの現金が置かれた。



「じゃぁ、デビューの手はずは整えておくから

 メキシコ修行頑張ってきてね。

 あと楽器はスタジオから好きなの持ってって」

そう言うと、マリエさんは契約書を手に

颯爽と部屋から出て行った。



「あと、これがお前らのキャラ設定だ。

 ぶれないように頭に叩きこんどけよ」

若松さんが、一冊のノートを渡してきた。

その表紙には汚い文字で

『マスク・ド・ファイヴ虎の巻』と書かれてあった。

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