第6話

 初めての来訪者にテンションが上った俺は、ドアを開けようと背伸びをするも背が届かず、そのままコテンと尻餅をついてしまう。


わたくしが開けますので」


 エラがそう言って俺を抱え上げ、問答無用で下がらせてから、扉を開ける。

 どうにもはしゃぎ過ぎだと判断されたらしい。


 だって仕方ないだろ。

 ここ一年間同じ二人としか顔合わせてないんだから、人恋しくもなるってもんだ。


「お待たせいたしました。ヴィルマー様からお話は伺っております。どうぞ、お入りください」

「お邪魔いたします。

 そしてエラ、今日もお努めご苦労様ですわ」

「ありがとうございます」


 エラとそんな言葉をかわしつつ、俺の部屋に入ってきたのは、美しい女性だった。……まあ、『上半身は』という但し書きも忘れてはならないのも確かなのだが。


「わたくし、ラミアのイルザ・フィッツェンハーゲンと申します。

 気軽にイルザ、もしくはイルとお呼びくださいませ」


 そう、俺の人生初の客はまさかのラミアだったのだ。


(……きっとこの城は俺が知らないだけでモンスターの巣窟なんだろうな)


 そう、実際にこの城、ルッツが知らないだけで、強力なモンスターなどの魑魅魍魎が跋扈する、所謂ダンジョンなのである。


 因みに冒険者ギルドでは、ダンジョンランクというものがそれぞれのダンジョンごとに設定されているのだが、この城はダンジョンランクSSSで登録されており、一般的に『魔王城』と呼ばれ、攻略不可能なダンジョンとして多くの冒険者からの畏怖を集めているダンジョンでもある。

 もちろん、血の気の多いものや単なるバカ、それなりの実力者などが、一攫千金や栄誉を求めて攻略しに向かってくることもあるのだが、それらは生きた城エラの前にあっけなく撃退されていた。


 動く壁の前にマッピングは意味をなさず、悪辣な致死トラップは容易く人々の命を奪う。

 何とかそれを乗り越えた所で、エラが呼び寄せた強力な魔物との連戦でガリガリと気力を削られ、最終的には魔物に殺されるか戦闘中、魔物に気を取られて罠にはまりお陀仏。

 撤退しようとしたところで帰路を絶たれ餓死なんていうのもある。


 閑話休題。


 そんなダンジョンに居る魔物が一山幾らの魔物であるはずがなく、そのラミア――イルザは、ひどく美しく、それでいてとてつもない力を感じさせる、そんなラミアだった。


 フワフワとした金色の長い髪は輝かんばかりであるし、黒地に青のラインが入った鱗も美しい。

 目は鱗と同じ深い青であり、少しつり目なのが彼女の少し勝ち気そうな性格をよく表している。

 上半身のみであるが、スタイルもいい。

 何より胸がでかい。どれだけあるんだって感じ。日本じゃめったにお目にかかれないサイズだ。


 少し無粋かもしれないが、ですわ系のお嬢様ヒロインとお姉さん系ヒロインを足して二で割った感じだと思ってくれたらいい。

 そうしたらだいたいこんな人になるんじゃないかな、というのが俺の感想だ。

 まあ人によっては想像する物が違うかもしれないので一概には言えないが。



 とにかく、今までそんなに人物の描写をしていなかったというのに俺がここまで熱く語ってしまったのには訳がある。

 俺は一目見ただけで彼女のことを気に入ってしまったのだ。


 別にお嬢様系ヒロインは好きな訳ではなかったし、お姉さん系もまた然り。

 嫌いな訳ではないが好きな訳でもない。強いて言うなら普通といったところか。


 では何故俺が彼女のことを気に入ったかというと、前世で俺が飼っていた蛇の鱗と彼女の鱗がそっくりだったのだ。


 因みに俺が飼っていたのは、フロリダブルーガータースネークという品種の蛇だ。

 あの蛇も一目見ただけで酷く気に入ったがために買ったのだが、それまで蛇など飼ったことのなかった俺は飼育に失敗して死なせてしまった。

 それ以来、俺は気に入った蛇を見つけても買わずに、画像、動画検索で眺めるだけに留めていた。

 イカン、涙が……。


 ……と、とにかく俺は蛇が好きなのだ。


 イルザは彼女を見るなり涙ぐんだ俺を見て、俺が怖がっていると勘違いしたのか、慌ててその太い蛇の下半身をどうにかその細い体の後ろに隠そうとしては失敗してあわあわしている。


「も、申し訳ありませんわ。

 怖がらせてしまいましたね……ルッツ様は蛇がお嫌いで?」


 とんでもない!!

 俺は慌てて首を横に振り「ちあう!」と叫ぶ。

 大抵の人は説明しなくても分かるだろうが、一応普通に言っておくと「違う!」だ。

 そんな俺の勢いにびっくりしたのか、イルザはその大きな瞳をまんまるにしている。


「いう、きえい! きえいだお!!」


 生憎、理解は出来ても舌がまだ回らなくて発音ができないので俺が喋れる単語はまだかなり少ない。

 そのためこんな感じになってしまったのだが、どうやら俺の必死さはちゃんとイルザに伝わったようだ。


「あら、……お褒めに預かり光栄ですわ。

 ルッツ様はお優しいのですね」


 そんな風に花が咲いたような笑顔を見せないでくれ……、こっちが照れるじゃないか。


「あら、あら、照れていらっしゃるのかしら? 可愛らしいですわ~」


 そんなことを言いながら、イルザは俺を抱き上げてとぐろを巻いた蛇の体の上に乗せてくれる。


「おぅ~!!」


 思わず漏れた感嘆の声にイルザはようやく、俺が本当に蛇の体を怖がっておらず、むしろ気に入っていることに気がついたらしい。


「ルッツ様は蛇がお好きなのですか?」

「アイっ!!」


 俺はおもいっきり元気よく返事をした。


「……ルッツの目がキラキラしておるぞ」

「そうですね」

「下手をするとここ一年間付き合いのあった私達以上にイルザに懐いておるぞ」

「下手をしなくてもそうでしょう。恐らく誰が見ても一目瞭然かと思いますが」

「ルッツのやつめ、まだ赤ん坊の癖にメンクイとは……やりおるの」

わたくしには、ルッツ様の狙いは主に蛇の胴体部のように見えますが」

「……僕はあまり蛇が得意ではないのだぞ」

「ええ、それはもちろん存じておりますれば」

「くっ……!」


 部屋の入口辺りでヴィルマーとエラがまたコントをしていた。

 と言うかヴィルマーの一人称が安定しないのはわざとなのだろうか。

 そこで、いつの間にかやって来ていたヴィルマーにイルザが気づき、声をかける。


「あら、まあ。ヴィルマー様。

 此度はルッツ様の元を訪れる許可をくださり有難うございます。

 こんなにも可愛らしいお子様を、一体どちらからお連れになったんですの?」

「うむ、荒野でオークに襲われて壊滅した商隊の生き残りだ。

 他にも生き残りはいたが死んだ母親が抱え込んでいたせいでコヤツが居ることに気が付かなかったようでな。

 流石に赤ん坊を荒野に置き去りにするのは忍びないので連れてきたのだ」


 なんということでしょう。

 俺にそんな重たい過去があったとは……。

 俺は何故か拾われた後の記憶しか持っていない。

 そのせいで、俺の本当の親がオークに襲われて死んでいるという話を聞いてもまるで他人事の様な感覚しか湧いてこなかった。

 実感が無いというか、それほんとに俺の話? って感じだ。


 イルザも俺が孤児であることは予測していたのか、悲しそうに目を伏せて「そうでしたの……」と呟き、俺の頭を優しく撫でる。

 ……俺はなんとも思っていないのにこういう風に同情されると非常に反応に困るのだが。


(しっかしまつげ長いな……)


 髪よりは濃い色で茶色っぽいが、それでも光を透かすと金色にキラキラ光っていてとても綺麗だ。

 俺はこの微妙な空気に耐えられなくなっったので、余計なことを考えて時間を潰すことにした。


 それからしばらくして、気を取り直したイルザが湿っぽくなってしまった雰囲気を吹き飛ばし(といっても湿っぽくなっていたのもイルザだけなんだが)、積み木などを使って俺と遊んでくれた。

 そうそう、俺がイルザのことを気に入ったこともあり、次の日から毎日俺の護衛兼遊び相手として来てくれることになった。

 何で護衛が必要なのかは怖くて聞けなかったが、まあやっと遊び相手ができたんだ。

 これでもう一人遊びをしなくても済む。



 イルザが俺の遊び相手になってから数日。

 俺はずっとあることが気になっていた。


 それは、俺の中でラミアは魔法が上手、というイメージが有るのだが、イルザはどうなのだろう? というものだ。

 何となくイルザから感じる魔力は強力そうな気がしたから多分上手なんだろうとは思うけど……。


 俺がしばらく唸りながら考えてえいたその時、まるで天啓に打たれたかのように俺はあるアイデアとも呼べないような何かを思いついた。


 そうだ、気になるなら本人に聞けばいいじゃないか。


 幸いにも、と言うか何と言うか、俺は今赤ん坊だ。

 気になったことをすぐに口に出して質問したって構わないだろう。


「いう!」

「なんですの?」

「いう、あー、うー」


 しまった、この世界の言葉で魔法をなんて言えばいいのかのか知らなかった。


「! こえ(これ)!」


 しかたがないので、俺は魔力を放出して体の周りに軽く風を吹かせる。


「!? え、あ、ああ……それは、『魔法』と言いますわ。

 というかルッツ様、すごいですわねぇ。

 もうそんなに風を操ることが出来るんですの?」


 俺は首を横に振る。

 まだ操るとかそんなレベルにはお世辞にも達していない。


「いう」

「なんですの?」

「いう、できう?」


 1歳3ヶ月だと普通はまだ一語でしか会話ができないはずなのだが……まあいいだろう。

 魔法だって使えるし、今では殆どの会話の内容も理解できるようにはなった。少し他より頭がいいくらいに思わせておけばいいか。


「ああ、そういうことですの。

 もちろん出来ますわよ。

 種族的に魔法が得意なラミアの中でもわたくし、魔法に関してはいつも一番でしたもの」

「みしぇて!!いうのみう!」

「ええっ、でも、いいのかしら……」


 イルザはしばらくう~んと唸って考えこんでいたが、俺の期待を込めた眼差しの圧力に負けたのか、ヴィルマーに確認してくると言って部屋を出て行った。


(確認だけならエラに頼めばすぐ終わるのに……)


 オチャメなのかドジなのかは分からないが、とりあえずイルザは可愛いと思う。

 美人の失敗というものは、何というかギャップ的なものがあってとてもいいと思うのだが……、こう思っているのは俺だけだろうか。

 まあとりあえず、イルザは可愛い。

 そして、そんな可愛いイルザが遊び相手になってくれているというののは、きっと赤ん坊の役得なのだろう。

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