天体観測⑤

「いつも明るく笑いかけてくれたり、常に前を向いてる姿がかっこよかったり、優しいところとか、人の痛みがわかるところとか……。ずっと好きだったよ」


 莉々亜は顔を上げて笑った。それと同時に、千鶴の手を離した。


「でも彼女にしてほしいだなんてわがまま言わない。私なんかが千鶴君のことを好きになっちゃいけないの。そんなこと、ちゃんとわかってるんだ。いずれきっと千鶴君は私のこと嫌いになる。それでいいの。そうなるべきだから。でもどんどん好きな気持ちが膨らんでいくの。それにはホント困っちゃう……」


 莉々亜の表情はいつしか雨の前の空のように悲しげに曇っていた。


 千鶴はしばらく迷ったが、今がその時なのだと自分に言い聞かせ、口を開いた。


「俺は莉々亜のこと、今もこれからも嫌いになんかならないよ。でも……」


 うつむいてそう言って、千鶴は下唇を噛みしめてから、笑って顔を上げた。


「莉々亜は俺とは別の人を好きになった方がいいよ。その方がずっと幸せになれるから」


 この顔が笑顔に見えるだろうか。千鶴はそれが心配だった。


「ありがとう、莉々亜。すごく嬉しかった」


 本当はどうして莉々亜が好きという気持ちに背を向けるのか、その理由を聞きたかった。その上でそんな心配など無用だと言って、思い切り抱きしめたかった。


 千鶴はこれほど歯がゆい思いをしたことはなかった。


「やっぱり、普通に生まれてきたかったな……」


 ぽつりとそんな言葉がこぼれてしまった。


 やはり星空の下で二人きりになるべきではなかった。いや、早いこと決着がついてむしろよかったのかもしれない。千鶴はそう思うことにした。


 夜の野原に冷えた風が吹き抜ける。


「――!」


 唐突に、炎のような赤い光が揺らめくイメージが千鶴の中を貫いた。


「千鶴君……?」


 急に寒くなり、全身に鳥肌が立っていた。その変化がなんとなく莉々亜にも伝わったらしい。莉々亜が心配そうに覗き込んでくる。


「どうしたの?」


 莉々亜がそう言った直後、千鶴はとっさに莉々亜を押し倒して野原に伏せていた。


 刹那、さっきまで立っていたところを銃弾が通り過ぎ、背後の一本松に命中した。


「ち、千鶴君……?」

「莉々亜、立って!」


 千鶴は手を引いて困惑している莉々亜を起こした。


「走れ!」


 千鶴は莉々亜の手を引いて一本松の裏に回った。

 千鶴たちの走った跡に銃弾が跳ねる。

 莉々亜の背を松の幹に押し当てるように立たせ、千鶴は莉々亜の向かいに立った。そうすることで一本松が二人の盾となる。


「何なの!」


 さすがに銃声に気づいた莉々亜が声を震わせた。

 その答えは千鶴もわからなかったが、とにかく莉々亜を守らなければならない状況にあることだけは理解できていた。


 だがこんな時に限って、体の内側から冷たい炎が燃え上がるような感覚がじわじわと千鶴を襲い始めていた。それは千鶴のよく知る幻覚症状の始まりを告げるサインだった。


「どうしてこんな時に――!」


 千鶴はジーンズのポケットからピルケースを取り出すと、ケースを振ってタブレットを急いで飲み込んだ。

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