夢のアクロバットと次世代戦闘機②

 まだ暗い滑走路に待機している機体の中は、やはり薄暗い。

 滑走路の予備灯が頼りのコックピット内をぼんやりと浮かび上がらせている。


 その中で、千鶴は手元の少し先に目をやった。資料などを固定するクリップに、莉々亜にもらったコースターを挟んでいたのだ。マンボウのような戦闘機のイラストに千鶴はほころんだ。


「雪輝、莉々亜のコースター、ちゃんと持ってきたか?」

 通信回線を開いて尋ねると、雪輝が「無論だ。お守りだからな」と肩をすくめて笑った。


「五機全機の演技ももちろんだけど、俺たち二機の見せ場もバシッと決めてやろうぜ!」

「ああ。今日の海上の気流は穏やかだ。スローロールのタイミングも合わせてみせるさ」


 雪輝の心強い言葉の直後、さらに三つの通信が開いた。青鷹一番機から三番機を操縦する先輩たちである。全員青鷹専用のヘルメットを装着していた。


「そろそろ出番だけど、みんな大丈夫?」

 一番機のリーダーが気さくに問いかけてくる。


「はい!」

 千鶴を含め、一同は声をそろえた。


「今まで通りにすれば問題ないよ。あとは櫻林館の空を自由に飛ぶだけだ。思いっきり楽しんでいこう!」

「了解!」

 うずうずする気持ちを抑えながら、千鶴は威勢よく敬礼をしてみせた。


 離陸準備を促す指示の後、コックピット内にアップテンポな音楽の前奏が鳴り始める。同じ音楽が会場でも鳴り響いているはずだ。モニターでは離陸のカウントダウンが始まっている。


 計器のチェックに続いて、頭上のスイッチを切り替える。左手のレバーで出力を上げると、青鷹が目を覚ます。滑走路にはLEDの道標が手前から奥に瞬間的に灯った。


 カウントダウンが五秒を切る。

「4、3、2、1……」

 モニターに『離陸』の文字が表示された。


「利賀千鶴、青鷹四番機、テイクオフ!」


 解放したエンジンが光を噴き、千鶴の体にGが一気にのしかかった。


 軽快なリズムの中、青鷹は速度を上げ、滑走路のトンネルを突き進む。LEDのリングを通過するたびにコックピットに光が注ぐが、その間隔はどんどん短くなってゆく。前脚、主脚を格納し、低空飛行を始めた頃には充分な速度に達していた。


 トンネルの先の輝きがどんどん近づいてくる。アップテンポな前奏が終盤に差し掛かり、盛り上がりをみせるその瞬間。

 海にせり出した五つのトンネル状滑走路から、五機の青鷹が一斉に飛び出した。


◆ ◇ ◆


「始まった!」

 仮設店舗の前で莉々亜が歓声を上げた。莉々亜だけでなく、誰もが空を見上げていた。

 軽快なメロディーに合わせ、滑走路を飛び出した五機は綺麗なデルタ隊形でぐんぐん急上昇を始める。


「最後尾、進行方向に向かって右の四番機が千鶴で、左の五番機が雪輝だよ」

 莉々亜の隣で陽介が言った。陽介の言う通り、一番右の機体には『04』、一番左の機体には『05』と書かれてある。


 真ん中の一番機を先頭にデルタ隊形を保ったまま、青鷹はスモークを出しながらフェスティバル会場を中心に大きく旋回を始めた。頭上に描かれる迫力あるスモークに歓声が上がる。


 櫻林館上空を一周して風を切りながら会場の真上にやってくると、五機は散開し、機体を何回転もロールさせながらそれぞれ別方向に散った。


「さっそく千鶴と雪輝の見せ場だよ!」

 陽介が空を指差した。


 真逆の方向に散開していた四番機と五番機が宙返りで方向転換し、中央の櫻林館上空へ戻ってくる。スモークを出して加速しながら機体を真横にして飛んできて、あわやぶつかるかというところで、背面同士ギリギリですれ違う。


 莉々亜は両頬に手を当てて小さな悲鳴をもらしたが、すぐに飛び上がって歓声を放った。

「二人ともすごい!」


「うっはー! たーのしいっ!」

 千鶴は機体をロールさせながら思わず声を上げていた。音楽はどんどん盛り上がる。千鶴は自分と機体を一体化させ、楽しさを存分に機体で表現していた。


 他の三機が旋回して作る円の中、二機は再び軌道を変えて中心に向かって加速する。

「千鶴、準備はいいか」

「もちろん!」


 中心に先に戻ってきた雪輝の五番機がスモークを出しながらぐんぐん真上に急上昇を始める。そのわずか数秒差でやってきた千鶴の四番機が、雪輝の放ったスモークの周りに螺旋を描きながら上昇した。千鶴もスモークを出しているので、雪輝のスモークを柱にして綺麗な螺旋の軌道が空を貫いた。


「決まったね!」

「千鶴君と雪輝君、さすがだわ!」

 陽介と莉々亜は飛び上がってハイタッチをした。


 二機はスモークを切ると、それぞれ反対方向に背面飛行で散開し、スローロールをしながら三機の旋回に加わった。もちろん、スローロールのタイミングはピッタリだった。


「次は一番機から三番機の演技だ」

 陽介の言う通り、次は千鶴と雪輝が旋回を続ける円の中で、三機の演技が始まった。


 集まった三機はスモークを出しながらデルタ隊形で大空を縦横無尽に飛び回り、三機同時にロールしてみせた。そこから背面飛行に移り、散開したと思ったら三機が至近距離ですれ違う技や、三機が並列してスモークを出しつつ螺旋を描きながら急上昇する技なども披露して会場を盛り上げた。


 旋回しながら見ていた千鶴は口笛を鳴らし「さすが先輩たち!」と歓声を送った。


「千鶴、あと十秒で合流だぞ」

「了解!」

 千鶴と雪輝は旋回を終え、デルタ隊形の三機にロールしながら合流した。


 リズミカルな曲に合わせて五機は加速する。櫻林館の港上空を突っ切って海上に出た五機は、一糸乱れぬデルタ隊形のまま揃って急降下を始めた。


 千鶴のコックピットのモニターには、どんどん波打つ海面が迫ってくる。

 海上ギリギリのところで全機は機首を上げ、超低空飛行に移った。青鷹の強力な風圧で、水しぶきの壁が轟音を立てながら各機体を挟むように立ちあがる。


 五機は少し機体を持ち上げると、今度は機体を真横にして低空飛行を続け、片側の主翼の先端で海面を切り裂くように飛行した。

 この荒業に会場中が拍手喝采を送った。


 五機は機体を立て直すと、急上昇を始めた。音楽の盛り上がりも最高潮に達し、パイロットも観客も一体となってアクロバットショーに入り込んでいる。


 五機は櫻林館方面に高角度で上昇を続ける。

 高度を確保した五機は、今度は急降下に移った。


 会場の手前で降下し、続いて再び上昇。櫻林館に青鷹の突風が吹き抜けた。

 至近距離の戦闘機の迫力に観客は悲鳴に似た歓声をあげた。


 五機はゆるやかに櫻林館上空で旋回を始めると、再び全機は散開し、ばらばらに散った。そしてそれぞれが再度スモークを出しながら飛行すると、クライマックスとして五本のスモークの直線が交差して空に巨大な星型が描かれた。


「すごいすごいっ!」

 莉々亜が歓声と共に拍手をする。陽介も惜しみなく拍手を送った。


 曲が終わり、ショーの終焉を知らせる。五機はゆっくりと上空で旋回を続けた。


 会場に設置された巨大スクリーンに、コックピット内のパイロットが一人ずつ映し出された。

 一番機から順に、カメラ目線で敬礼をしている。皆ヘルメットのシールドを上げているので、顔がよくわかった。


 四番機の順番が来て千鶴が映ると、会場が一瞬どよめいた。「あの人、まさか赤色人種?」という声が莉々亜の耳に入る。


「いいんだ、莉々亜ちゃん。赤色人種でも凄腕のパイロットになれることを証明して驚かしてやるんだって千鶴は言ってたから。ほら、見て!」


 陽介が指差すスクリーンの中、千鶴は満面の笑みで敬礼していた。

 そして莉々亜のコースターをカメラに映してみせる。その後に映った雪輝も敬礼の後にコースターをひらひらとさせたので、莉々亜は「もう、二人とも!」と言いながら照れ笑いをした。


 そして一転して妙に大人びた落ち着いた声で、莉々亜はそっと呟いた。


「本当に飛ぶのがすきなのね」


 すると、スクリーンが別の映像に切り替わった。


 航空宇宙防衛隊の楽団が映し出され、生演奏が始まる。

 楽団のいる場所は櫻林館の広場から少し離れた位置にある滑走路のようだった。

 広い滑走路には、軍用車両を三台も使って大きなコンテナがけん引されていた。


「いよいよ次世代戦闘機のお披露目だね。今回のメインイベントだ!」

 陽介は滑走路の方へ向かおうとしたが、莉々亜は早々に仮設店舗に戻ってしまった。


「莉々亜ちゃん、見に行かないの?」

「私は店番しなくちゃ。陽介君は行ってきて。私はスクリーンの中継で充分だから」


「やっぱり、こういうのは興味ないか」

 陽介が苦笑すると、莉々亜も苦笑いで「ごめんね」と言った。


「じゃあ僕もスクリーンでいいかな」

 そう言いつつ陽介が仮設店舗に戻ると、莉々亜は「いいの?」と尋ねてきた。


「一応僕も櫻林館の学生だからね。生で見る機会はこれからもあると思うし」

「ありがとう、陽介君」


 二人はさっそくやってきた客の対応を始めた。

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