エピローグというか、ディンバー公子、街からプッと追い出される。
ディンバーがなんとか自分を取り戻したのは、それから二日が経ってからだった。
日に何度も通っていたザハが、様子を見ながらディンバーの口から管を抜き取ったのは、さらに半日後だった。その間、ディンバーはぐったりと眠ったままであったが、どうやら心臓だか肺だかが止まっていたことよりも、体温が異常に下がったことが体力を奪っていたようだった。
ディンバーは腹部を穴があくほどに蹴られたらしいが、アーウィンによれば独特の護身術があるとやらで内臓には大きな損傷は受けていないようだった。それでも目が覚めてからは仕切りに腹が痛いと身ぶり手ぶりで主張してくる。
うまくしゃべれないようだが、不思議とアーウィンには言葉が伝わっているようだ。
「……昔は、あの人も病弱で」
アーウィンになぜかを聞いてみたところ、そんな風に始まった昔話に吹き出してしまう。
「病弱!?」
「ええ。病弱で。良く倒れては、あんな風に無言というか、無声の声というかであれこれ言ってきたんですよ。そのうち馴れると聞こえてきます。あの人の、いつもよりもわがままな声が」
アーウィンは、黒髪をきっちりと撫でつけ、銀色のフレームの眼鏡を押し上げる。
白い手袋、燕尾服。執事だとディンバーは言ったが、本人いわく、執事の格好をした護衛官なのだそうだ。執事として振る舞えれば主人の近くにいることができるので、社交の場とやらではアーウィンが、そうでない街中などではロクと、アケと呼ばれている女性が護衛をすることになっているらしい。
「護衛官ってみんな二文字の名前じゃないの? いつだったか来たのはシロとクロなんでしょ」
メイが尋ねると、アーウィンはちょっと驚いた顔をしてからしゃがみこんでメイと視線を合わせると「私の本名はアオです」と真面目に自己紹介をしてキールを笑わせる。
白い影は見つからず、捜索をした青年会はいつのまにか街の行政官の指揮下に入ることになり、東のスラムには「東区」という名前が付けられた。
どれもこれもシュリによって呼び戻されたディンバーの父親が、あっという間にやったことだった。
ちなみにこの父親、一度お忍びとやらでキールの家にやってきて、不審者と勘違いしたキールに水をかけられるという始末だった。
「だって、普通さ……もうちょっと、こう、王さまっていうか、偉い人な感じになってるとおもわねぇ? 一人っきりでさ、なんかふっつーのおっさんだったし」
ワッツはその言葉に、真新しい制服に包んだ胸をそらして笑い声をあげる。
ワッツはこの地区の水利を取り仕切ることを任されたという。
そして。
「どうしてこうなったのか、俺には全くわからん」
キールはうんざりした表情で馬車に揺られていた。
「どうにもこうにも……母親には勝てないってことなんじゃないの?」
いまだ腹のあたりを気にしながら、ディンバーはそう言って外の景色に目を細める。
「母親は強し、なんですよ。ちなみにうちは父親というか、ディンバー様の父上も結構な強さです。あ、どうやらキールのことも「うちの子」呼ばわりしてましたよ。あの人、気にいるとみんな「うちの子」なんだから。キールの父上に申し訳ない」
アーウィンもディンバーの隣で本を開きながらそう言った。
「確かに。ひげ面おっさんが急に来て、自分の息子を「うちの子」とか呼んじゃったら、もう無言の戦争だよね。パパバトルが静かに勃発だよね」
「いや、うち親父居ないし」
「私も居ませんけど、そんな感じがします」
三人が乗る馬車は一路街道を北へと走る。大陸を抜け、帝国領内にある中立地帯へと向かっているのだ。
理由は簡単
「あんた、ちょっとこの辺危なくなってきたから、大学行ってきて。その間に領内にバ○サン焚いておくから」
と言われたからである。
どうやらディンバーよりも継承権上位の人物が亡くなり、ディンバーの継承権が上がったことと、継承権2位の父親がいることで、ディンバー一家の一系統治が始まると考える者が増えたため、あれこれと面倒なことになったらしい。
継承権云々の通知とともに、屋敷には脅迫状が届いたというのだから、貴族の世界は物騒だ。親族の死もまともに悼めないのかと、少々かわいそうになる。
そんなこんなでディンバーが大学に行くのか、と思っていたら。
今日。そう、まさに今日。
一緒にこの馬車に押し込まれたのだ。
驚いて窓から外を見れば、にこやかに手を振るウィリケの姿が見えた。
「母親同士の結託」
「……この世で一番恐ろしいものですね」
アーウィンが本から顔を挙げずにそう言った。
ディンバー公子は街からプッと追い出された。それにつられてキールもプッと追い出された。
勝手にまとめられていた荷物には、読みかけだった本と、いくつかの日用品。そして古い地図が入っていた。
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