第2講 アーウィンのお仕事



「ドラグーン!! 乗る乗る!!」


 宿に帰るなり、ドラゴンに乗るか船に乗るかと言う選択を迫ってみたら、キールは身を乗り出してドラゴンを選択した。


「正確には竜に乗るのであって、ドラグーンは竜騎士であって」


「どっちでもいい! 空、飛べるんだろ! 断然そっち」


 キールはアーウィンの説明を遮り、ご丁寧に手を上げて主張した。


「……って、なんでディッツはそんな複雑な表情浮かべんてんの?」


 はたと手を下してキールが首をかしげた。


「ああ、これは「挨拶めんどくせ」っていう顔ですよ。良く見かけます。派生形として、「着替えんのめんどくせ」「部屋に戻るのめんどくせ」「イベントごとめんどくせ」等がございますね」


「めんどくせ、ばっかりじゃん」


「ディンバー様の八割はめんどくせ要素ですよ」


「……残りの二割は?」


 アーウィンが細い顎に指を当てて、一瞬思案する。


「そうですね……昆虫がらみが一割五分、食欲が四分、いかがわしいことが一分くらいでしょうか。私としては、もう少し成年男子らしく」


「俺はアーウィンの評価の中に、いかがわしいことが入っていたことに驚きだよ」


 ディンバーは評価には馴れた様子でため息をついた。


「私の評価、と言うわけではございません。公爵家の評価です」


「公爵家の評価? だったらなおさら」


「はい。ですから私が僭越ながら、ディンバー様の男気要素をプラスするために、屋敷の男性陣のアンケートのもと「母に見つかっても「あらやだ、うちの子ったら」という評価で収まる一冊」を勝手に隠して、勝手に見つけ出し、ご報告いたしました」


 ディンバーはパクパクと口を開けたり閉めたりしたが、やがてがっくりと肩を落とした。


「だからか。だからなんか母さんが異常に絡んでくるときがあったと思ったら……。メイド服替えたのよ、とか、化粧品のチラシを見せてきたりとか」


「はい」


「どこそこのお嬢さんはスタイルが良いとか、なんとか……半月くらい前からやけに熱心にそんなこと言ってたな。そのあと婚約者がどうのってなったから、その流れかと思ってたけど」


「違いますね」


 アーウィンは完ぺきな笑みを浮かべてそう言いきった。


「ちなみに、バストサイズは通常よりも大きめの、ややぽっちゃりした女性を好む男性陣が多いことから、隠した一冊もそのように」


「ああ……」


 思わずそう言う女性をイメージしてからキールが頷くと、アーウィンは得意げに「ほら」とキールを示す。


「……っちょっと、アーウィンさん!? 俺がそう言うのが好きってわけじゃないからね。まぁ、嫌いでもないけど」


「そうなんですか。細身の方がよろしいと? ディンバー様もそうなのでしょうか」


「ディッツは多分巨乳ず」


 キールがそう言いかけた時、ディンバーが放り投げた汗臭いシャツがキールの顔に命中した。


「くっせ。まじくっせ。なんだよ。本当の事じゃねぇか。どっかのアリューシャちゃんに乗っかられた時だって、ちゃっかり胸のでかさはチェックしたじゃねぇか」


「うるさい。そう言うこと不用意に言うと、ほら、ほら」


 ディンバーがアーウィンを指差した。キールも思わずアーウィンを見ると、アーウィンは実にうれしそうに口角を持ち上げている。

 心なしか鼻息も荒い。


「わかりました。わたくし全力で巨乳を、巨乳のアリューシャ様を探して参ります!」


「ほら。なんかスイッチ入っちゃった!!」


 アーウィンは指先で眼鏡を持ち上げると、効果的にレンズを光らせた。


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