*掩撃-えんげき-
その夜、
「どうだ。──そうか」
ベリルは車の窓から空を見上げてジェイクと通話を交わす。
「では頼む。ポイントは──」
そんなベリルの様子を、ミレアとアレウスは遠目で眺めていた。オレンジの炎は二人の顔を暖かく照らし出す。
「そういえば、どんな通り名か聞いていませんね」
時間をもてあましたミレアは、思い出したように口を開く。通り名は自分で付ける者もいるそうだが、ベリルはそうではなかったらしい。
求めてもいない通り名をつけられたのだから、彼の行動は善くも悪くも目を惹いたのだろう。
「どうせ、ロクなもんじゃありませんよ」
「ロクなものじゃなくて悪かったね」
「あ、電話は終わりましたの?」
戻ってきたベリルは、アレウスの言葉にさして気にする風でもなく練炭をくべる。
「仲間が必要なのか?」
あまり多くの人間と関わる事は避けたいのか、アレウスは怪訝な表情を浮かべてベリルに問いかけた。
「いま囲まれてもおかしくは無い。私とお前だけでどうにかなると思うなら、構わんがね」
一瞥し、無表情ながらもやや棘のある物言いにアレウスは眉を寄せた。言いたいことは解るが、これ以上は無理だとベリルから無言の威圧が漂う。
──とある平地の上空に飛行機の音が響き渡る。
暗闇に人の気配はまるで無く、静まりかえっていた荒野は虫の音でさえ地表に近づくエンジンの音に黙り込んだ。
深い緑に塗られた大型輸送機は低空で飛行し、速度をゆるめて着陸する。
およそ、旅客機とはほど遠い太い胴体にある扉はコクピットに小さいものが一つと、後ろには大型車も出し入れできるほど大きく開くものとがある。
着陸してすぐ、後ろのハッチが開き武装した男たちやジープ、ホロを付けたトラックが数台、吐き出されていく。
それらは赤い砂漠に適した色合いをしており、降りてきた男たちは立ち止まって小さな手持ちの明かりを頼りに、装備している武器を暗闇で確認する。
全て降りた事を認めた輸送機は着陸したときと同じく、ゆっくりと離陸した。エンジン音が遠ざかり、影たちは月夜の空を仰ぐ。
「よーし! 準備にとりかかれ!」
一人の大柄な男が命令を伝えると、十五人ほどの影は一斉にジープやトラックに地面と同じ色をした布をかけていく。
そのうちの数人が数十メートルほど離れた場所を入念に調査し、良しと判断したのか地面に穴を掘り始めた。
「急げよ~」
男は作業している仲間たちを急いて、北に視線を向けた。
──別の場所
「ベリル・レジデント?」
二十代後半の男は、手にある紙切れを煩わしそうに見下ろし狭い通路を歩いていた。清潔に維持されている建物は、まるで病院や研究所を思わせる。
用途のみに特化した飾り気のない通路は、男とすれ違う人々に表情すらも与えない。行き交う者の顔色は皆、一様にどこか冷めている。
伝わる閉塞感から、ここはおそらく地下だろう。
「ふうん」
背中までの金髪を後ろで束ね、吊り上がった青い瞳を細める。
百八十センチの細身の体を揺らし、目的の部屋の前で立ち止まるとセンサーが反応してスライドドアが静かに開いた。
薄暗い部屋には低い電子音が常に響いていて大小、様々なディスプレイとコンピュータが並べられている。
寒いと思えるほど低温に設定されている冷房の効いたガラス張りの部屋が奥にあり、幾つものサーバが棚に詰まれている。どうやらここはデータ室のようだ。
全体に大きい部屋ではない。サーバはここだけでなく、別にサーバだけが置かれた部屋もある。
「これはキリア様。もうお仕事は終わったのですか?」
部屋にいた白衣の男は、入ってきた彼に丁寧に挨拶をした。
「うん、無事にね。十人ほど殺してきたよ」
しれっと答えてイスに腰掛ける。
「何を見ているのですか?」
「ん。次のターゲットかな」
足を組み、紙切れを眺めつつマウスを動かした。ディスプレイはそれを確認するように画面を映し出す。
「どうも厄介な奴らしくてね。セラネア様から、
「ボスから、ですか」
それには応えず、キリアは紙にある文字を読み始める。
「ノースカロライナ出身。二十五で職業は傭兵。記録にあるのは十五くらいからだな。二十歳の時に、素晴らしき傭兵という通り名が付いた──と」
組んだ足を子供じみて振り、小さく唸りながら思案する。程よい筋肉と鋭い眼差しは戦い馴れした者のそれであり、隠しきれない血生臭さが透けて見える。
「大した作戦でもないだろうに──。なるほど、皮肉から付けられたのか」
テロリスト相手に慈悲なんて、そりゃあ馬鹿にもされる。ディスプレイに表示されている文字に薄笑いを浮かべた。
作戦は成功したようだけど、余計な優しさは偽善でしかない。こいつはまだ甘い若造だな。
才能があっても俺に比べれば経験は浅い。
「よしと。十歳くらいから調べていこう。マイク、こいつの十五年前のデータを出してくれないか」
「解りました」
白衣を着たひょろ長い男は、言われたデータをキリアの前にあるディスプレイに表示する。この組織は、各国の情報や機密データを少しずつ盗み出しては集めている。
「あれ、変だな。何も出てこないぞ」
「え? そんなはずは──」
キーワード検索が出来るようにプログラムされているデータの中に、ベリルのデータが一切出てこない。
昨日、今日に産まれたのなら仕方がないにしても、二十五歳の青年の何もかもが出てこないなどあり得なかった。
「ああん?」
キリアは首をかしげた。こんな事は初めてだ。
全ての人間のデータを集める事は不可能だがしかし、それなりに名を上げている傭兵ならば、ある程度の情報は集められて然るべきだ。
「十五でいきなり名前が出てきた?」
唐突に十五歳で湧く訳がない。ノースカロライナとあるが、保護者も同じ出身か。それに、養子にはなっていない。
本当にこいつ、ノースカロライナの出身なのか?
「訳ありか?」
──このキリアという男は、組織のトップに位置する兵士だ。年の頃は二十七歳。
その戦闘センスはずば抜けていて、鋭い眼光にどこか陽気な部分を持つ魅力的な顔立ちをしている。
獲物には容赦がなく、子供のように笑いながら人を殺める様子は狂気を感じさせる。
キリアはターゲットとなる場所や人物を、自分で調べあげて戦い方を思案するタイプだ。いかに気持ちよく有利に戦い殺せるのかを常に考え、心の底から戦いと殺しを楽しんでいる。そういう人間である。
「しかしこいつ。結構な男前じゃないか」
かなり鍛えてはいるようだが、この容姿で傭兵と言われてピンとくる奴がいるとは思えない。
なるほど、こいつには持って生まれたカリスマ性があるようだ。ディスプレイに映し出されたベリルの顔を見て口角を吊り上げる。
「いいね」
苦しみに歪む顔はさぞ見ものだろうと想像し、その喜びに喉の奥から笑みを絞り出す。
「今が二十五なら、生まれた年には何があったのかな」
キリアはふと興味を持ち、二十五年前の出来事を手当たり次第に検索し始めた。
「うん? なんだこれは。A国?」
A国──正式名称、アルカヴァリュシア・ルセタ──ヨーロッパにある小国だ。主な輸出は科学技術であるが、それも現在では他国との技術差もなくなり、財政は苦しくなる一方となっている。
内陸にあるため漁業はなく、農業でまかなえるほどの広大な土地もない。国土には森林が多く、その街並みはイタリアとよく似ている。
つまりは、終わりに近い弱小国家である。
その森の中に建てられていたらしい遺伝子操作研究所に、キリアの目が
「国家機密プロジェクトか。これは関係ない、な──?」
いや、待てよ? キリアは身を乗り出した。
「設立は四十年前。二十五年前に実験が成功。その十年後に研究所が何者かの襲撃を受けて実験体は死亡?」
これは偶然の一致なのか、奴が生まれた年に実験が成功し、十五歳の時に施設が襲撃されている。
「何の成功なんだ?」
乱雑に並べられているデータを必死で目で追う。実験体の死亡により、途中で
「へえ! こいつは驚いた」
キリアは探し当てたデータに
「これが本当だとしたら、とんでもない実験だぞ」
ほぼ現存する全ての人種のヒトDNAを分裂・合成・結合して造り出された、「完全なる人工生命体」
それをA国が二十五年も前に成功させていたとは、まさに神に背く行為だ。これが知れたら、各国からの非難は免れない。
まあ、死にかけている国の秘密なんて組織にはどうでもいいだろうが、あいつを調べていたら思わぬ情報が手に入った。
「しかしなぁ」
キリアはベリルのデータが書かれた紙切れとディスプレイを交互に見やる。
「いくらなんでも、これは
こいつが生まれた同じ年に実験が成功してるからって、こいつがそうだとは到底思えない。それに「実験体は死亡」と書かれているじゃないか。
そもそも今、二十五歳の奴なんて世の中にいくらでもいる。
「いや、待てよ」
機密を漏らさないためにあえて死亡としていたら、どうだろう。あり得ない話じゃない。国の保身のために当然の処置だといえる。
こいつはノースカロライナ出身だ。A国との接点がどこに──
「こいつには師匠がいたな」
孤児だったこいつを保護者として引き取ったこの男なら、何か知っているかもしれない。元傭兵だというこいつも胡散臭い。
キリアは端末を取り出すと、どこかにかけ始めた。
「レスター、捕まえてきてほしい奴がいる。口がきければいい」
そうして、ある程度の説明を終えて通話を切る。
ここまでして徒労に終わるかもしれない。しかし、確かめる方法はこれしかない。違ったなら、カイルという奴をじっくり殺せば多少の憂さ晴らしにはなるだろう。
「実験No.
キリアはディスプレイを見つめてあごをさすった。その目には狂気にも似た喜びが浮かんでいる。そして、ちらりとマイクを見やった。
この事はまだ伏せておこう。さすがに言えるほどの確証も無い。
「そうだ。マイク、こないだこいつを撮った動画を見せてくれ」
「動画といってもほとんど無いよ。すぐに落とされたからね」
遠くのデスクからマイクが声を張り上げる。しばらくしてキリアのディスプレイに、上空から地上を見下ろした映像が流れた。
先日、ベリルたちを襲ったヘリの映像だ。
「うわ! ホントにすぐやられてる」
情けないな~。相手がアンチマテリアル持ってないとでも思ったのかね。
飛べないようにすればいいだけのヘリなんて、落とすのは簡単だ。これだから下っ端は馬鹿で困る。想定が甘すぎる。
キリアは口の中でぶつぶつとまくし立てた。
「また部隊を差し向けるらしいですよ」
「へえ」
今度はちゃんとした奴らなのかな。
「俺の出る幕あるかね」
予想では返り討ちに遭うと思うけど。それならそれで、俺が奴と闘う時のデータが採れていいけどね。
相手が一人だからと過小評価してこれまでの結果があるのだから、中隊くらい使ったっていいと思うんだけど。
広いんだから多少多すぎてもいいだろう。誤って対象を殺さないための策かもしれないが、そこはやりようでどうにでもなる。
そうなると、相手もやりようで沢山、殺せる訳だけどさ──そんなことを考えてキリアは、沢山殺せるっていいなとふと思った。
仲間の安否など、この組織の人間が気にかけるはずもない。
「素晴らしき傭兵の名が、伊達じゃなければいいんだけどな」
片肘を突き、上品とはほど遠いニヤけた笑みで目の前のディスプレイを視界全体で捉える。
とはいえ、たった一人で武装している小隊を相手にするのは難しい。さて、こいつはどう出る?
「こっちの動きを、どれだけ読んでるかだな」
夜襲は失敗したようだし、なかなか楽しませてくれそうだ。
自分ならばどう動くかと頭の中でシミュレートしつつ、ベリルに期待を持って笑みを浮かべた。
──オーストラリア
太陽が赤く大地を照らし出す頃、車を走らせているベリルの耳に聞き慣れた音が微かに響く。それは次第に音量を増し、近づいてきている事が窺えた。
「アレウス」
「ん?」
ベリルがコンコンとフロントドアのガラスを指で軽くノックする様子を見て、外に目を向ける。
「あれは──」
アレウスは見えたものに驚いて窓を勢いよく開いた。
「飛行機だぞ!」
目を細めて詳細を計るアレウスの耳に別の音が聞こえてくる。反対側からも飛行機が向かってきていた。
「本気を出してきたな」
前方に見える飛行機にベリルは眉を寄せた。
「取り囲むつもりだろう」
小型の輸送機だろうか、前方の黒い機体の横っ腹にある扉がスライドし、五人ほどパラシュートを使って降下している。
「どうするんだ!?」
アレウスの慌てた声を意に介さず、しばらく走らせて車を停車させた。それを確認した後方の機体から、さらに五人が降りてくる。
この人数で抵抗するはずがないと、武装した男たちはライフルを構えてベリルたちの乗る車に駆け寄る。
「出るなよ」
アレウスとミレアに念を押し、外に出る。そんなベリルの足下に、威嚇として何発もの銃弾が浴びせられた。
「アレウス」
「大丈夫です。きっと」
不安なミレアにそう声を掛けるも、勝てる見込みなど微塵も考えられない。
ベリルが立ち尽くしていると、見る間に十人の武装した男たちが車を囲んだ。外にいるベリルを警戒してか、五メートルほどの距離を保っている。
ライフルやマシンガンを手にし、無言で銃口を向ける男たちを一瞥してゆっくりと手を肩まで挙げる。男たちは、その動きにも細心の注意を払っているようだった。
相手の警戒は異常とも言えるが、一人でここまで闘ってきたベリルへの評価でもある。
「私一人に、そこまで警戒する事もないだろう」
そんな言葉にも、男たちは険しく銃口を突きつけた。
「一人とは限らないがね」
つぶやいた瞬間──男たちの背後の地面が盛り上がり、それに対応する間もなく武装した集団に取り囲まれる。
「──!?」
一斉に向けられる銃口に声を詰まらせた。
どう見ても数で負けている。この状態では対処のしようがない。
「武器を捨てな」
大柄な男が鋭い視線で
どうすればいいのかと戸惑いを見せたが、隊長とおぼしき男がライフルをゆっくりと地面に置くと、他の男たちもそれに次々と従った。
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