第22話
空き缶捨てからなんとなく原形を留めているものを一つ選んで戦線に復帰した。
「美紗、これでいいか?」
声をかけると仲間の四人が集まってきた。
「いい? 聞いて。私がこの缶を粉々にする。そこに《
「分かった。じゃあ早速始めよう」
美紗に取ってきたばかりの空き缶を手渡して少し距離を取る。
成基達が遥香の気を引いて、美紗の準備が整うとすぐに《希望の一撃》を使わせられるようにする。
それを確認した彼女はアルミ缶を上に高く投げた。
「何をするつもりだ」
遥香の問いには答えず美紗は缶が落ちてくる時をただひたすら待つ。
長い時間をかけてようやく落ちてきたところで彼女が動いた。目にも止まらぬ速さで剣を振るとコンマ数秒後、アルミ缶が大量の粉となって散った。
その様子は遠くから見た成基達には何が起こったのか全く分からなかった。
「今!」
美紗が指示を出すと狙い通りに誘導した翔治と是夢が退く。その瞬間遥香が炎を宿らせた剣を振り上げた。
その時になってようやく成基は一つの過ちに気付いた。
「この方向はまさか……」
成基は遥香とアルミニウム粉の延長線上を見やった。
そこに丁度入っていたのは彼の幼馴染みである千花の家。そしてその近くには千花もいる。今炎を放たれると千花も巻き込まれる。
「……ダメだ……ダメだ…………今やると……千花が巻き込まれる…………」
しかしそんな成基の思いとは裏腹に遥香は剣を止めることはない。
「やめろ…………」
彼はもう体が動かなかった。
そして――無情にも遥香が剣を振り下ろした。
「やめろぉぉおおおおおーーーーーーー!」
敵の少女の剣から放たれた炎はアルミニウム粉の固まっている所に向かって一直線に飛んだ。そして到達したとき大きな爆発を起こした。
粉塵爆発によって起こった強い爆風が少年少女を飲み込む。そのまま狙い通り遥香の剣に宿っていた炎は鎮火した。
だが、遥香の剣から放たれた炎は消えることなく未だ直進を続ける。
刹那、炎が向かっている所に何かが横切った気がした。そして直後千花のいる目の前の家、つまり千花の家が炎上、爆発した。
「千花ーーーーーっっ!」
彼女がどうなったかは判らない。姿が見当たらないために無事かもしれないが爆発に巻き込まれたという方が現実的だ。
しかし成基は到底それを信じることは出来ない。自分の中では最悪の事態だと予想はついていた。
「くそっ!」
感情的に言い捨てた成基は怒りを遥香にぶつけて弓を引き絞った。
この時武器が剣ならば簡単に遥香を殺せるのにと歯痒さを感じて唇を噛みしめて拳を握りしめた。
標準を動く遥香に合わせて射る。
しかし、いとも簡単にそれを避けられる。
頭に血が上っている成基は苛立ちながらもう一度試みる。
弓道部時代に培った弓の精度を生かして弓を引く。
だがこれまた楽に避けられてしまう。
「くそっ! 何で当たらない!」
「落ち着け成基!」
苛立ち冷静さを欠いている成基を翔治が一喝した。
「俺はお前にそんなことは教えていない」
「冷静になってられるか! 千花が、幼馴染みが死んだかもしれないんだぞ!」
翔治に言い返してからはっとした。一番信じたくない、最悪のことを自分で無意識のうちに口走ってしまったから。
「確かにその可能性はなくはないが今は確認する方法がない。それに今探して仮に無事だったとする。でも目の前の敵をまず倒さないとまた同じ事態に陥るだけだ」
「うっ……」
成基は言い返せなかった。ようやく我を取り戻し、僅かながら落ち着いた頭で考えれば翔治の言う通りだ。でも、だからといってこの現状を素直に受け止められるはずもない。今彼に出来るのはただただ千花の無事を祈ることだけ。だから彼女が無事だった時にもう巻き込まれないようにすることが今彼がすべきこと。
「分かったらよく聞け。弓はセルヴァーにはお前だけだ。そこは大きな武器になる。だが、弓ならば俺達のうに一人で戦うことは出来ない。言わば
「それは分かってるけどどうしたら……」
「さっきも言っただろ。お前は
「分かった」
それだけ返事すると翔治達四人は遥香の気を引くために攻撃を開始した。
その間に成基は
遠くの方で四人が戦っているところを見ながら弓を引き絞っていつでも射れるように準備しておく。
少しその場で待機して様子を窺っているとようやく待望の時が来た。
「今だ! 成基!」
遠くから翔治の声が聞こえた刹那、照準を合わせていた彼は右手から矢を離した。
それと同時に四人が散開した。
急なことに全く理解できない遥香がキョロキョロする。そして目の前から迫る光の矢に気付いた時にはすでに遅い。もうどうすることも出来ずその矢は遥香を射抜いた。
「ぐばっ……」
目を見開き血塊を吐いた遥香はぐったりとして落ちていった。そして驚くべきことに彼女はそのまま地上に落下することなく光と散った。
「…………」
最後に遺体が残ることなく消滅したことに驚く成基。そんな彼に翔治がそっと声をかけた。
「これがセルヴァーの末路だ。セルヴァー同士で戦って、セルヴァーとして命が絶たれた場合はさっきみたいに消滅する。そして敗北した戦士はセルヴァー以外の全ての人物の記憶から跡形もなく消える」
「…………」
「だから、覚えている俺達が忘れないようにするのがせめてもの償いだ。……それよりも先にお前はすることがあるんだろ?」
複雑な気持ちになる成基は翔治の言葉で自分のすべきことを思い出した。
「そうだ……千花!」
戦闘が終わったところですぐに未だ僅かに炎の残る千花の家に向かって動き出す。
猛スピードで下降し、半分あたり高度が下がったところでよく知る仲間の声によって止められた。
「夢咲さんなら大丈夫だよ」
彼の左方向から昇りかけの大きな満月の光を背に浴びながら現れた修平は成基の進もうとしている方向を指差した。
修平の指差す先は千花の家。燃え盛る千花の家の前にはぐったりと座り込む小さな姿があった。それが誰のものか確認するまでもなく察した成基は再び下降した。
「千花!」
だんだん近づくにつれて千花の声が少しずつ聞こえてくる。
「うそ……どうして……こんなことに……」
「千花…………」
成基は千花までもう少しというところでまた立ち止まった。
「お母さん……なんで…………」
嗚咽を洩らしながら信じがたい現実を突きつけられ、うなだれる千花にかける言葉が見当たらなかった。
どう話しかけても、励ましても、勇気づけても今の千花には全く意味をなさない。それは既に二度親をなくしている彼だからこそ痛切に分かった。
それでも千花を放っておくことが出来ず、声をかけようと動いた時、是夢の右腕がさっと伸ばされそれを制した。
「今はそっとしておいてやるんだ」
「どうして!」
「僕がそうだったから……あの時誰とも関わりたくなかった。分からなくもないだろ? 僕と同じような境遇の君なら」
「…………」
成基は唇を噛み締めてただただ堪えることしか出来ない。
「お母さん……私……どうしたら……」
静かな夜に千花の涙混じりの声が聞こえてくる。
成基がそうであったように時間が経てば少しは落ち着くはずだ。そう信じたい。
――――でも………………。
「くそおぉぉぉぉーーーーーーーー!」
再び湧いてきた悔しさに成基は天を仰いで力の限り叫んだ。
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