第14話

1


 体育大会前日。この日の五、六校時はテント張りや駐車場の掃除など会場の準備になっていた。

 成基はこの日掃除の係に当たっていた。広い駐車場を他の生徒はある程度固まっているのに彼だけは一人で少し離れた場所にいた。

 周りから距離を取られている訳ではない。寧ろその逆だ。成基自信から距離を置いているのだ。

 その理由はセルヴァーの戦争に無関係なみんなを巻き込まないようにするため。

 だが、完璧には孤立出来ずにいた。

「小宮くーん、ちょっと手伝ってー」

 だからこうして一人で箒を掃いている成基に声がかけられる。それを無視しておくことが出来ないのが彼の善良なところかあるいは悪癖なのか。

 それがはっきりと判らないからこそ彼は戸惑う。

「今行く」

 そんな心情でありながらも成基は返事をして彼を呼んだ人物の元へと歩み寄る。

 その人物は、生真面目そうな黒髪を肩まで伸ばしており、生徒会長らしい凛とした顔立ちの|福山美乃里ふくやまみのり。彼女は白銀しらがね学園の生徒会長を務めていて、何より千花の中学からの親友だ。

 そんな生真面目な彼女が誰よりも明日の体育祭に対する想いが強い。生徒会長として体育祭を成功で終わらせたいと意気込んでいる。

「悪いんだけどさ、これ捨ててきてくれないかな?」

 そう言って美乃里は後ろにある、いっぱいまで彼はや草の入ったごみ袋を示した。

「分かった」

 生真面目な性格のために周りからは慕われていて、信頼されているのと同様に成基も二つ返事で引き受ける。

 ごみ袋を右手で持つとごみ捨て場のある正門の外へと向かう。

 その途中で昇降口を通った時、成基は無意識に足を止めた。

 まだ学校に来ている生徒は全生徒が準備をしているのにも関わらず数十分前に美紗と翔治の二人だけが帰っていたことを思い出す。

 彼らは一見自分勝手な行動を取っているが、真の理由は成基と同じ、セルヴァーに他の生徒を巻き込まないためだ。ただ成基と違う点は、元からこの学校にいて既に関わりを持っている成基にはその関わりを絶つことは困難だが、転校してきたばかりでまだ関わりのない美紗と翔治が関わりを持たないことはまだ簡単だということ。そのため彼らはなるべく関わらないように帰っていったのだ。

 これは個人的な理由で避けるのではなく相手のためだ。信じてもらえなくてもいいから自分のペースで距離を取ればいい。

 そう決意して歩き出したが実際はそれが不可能に近いのは薄々気がついていた。

 裏門から入ったところにある駐車場から校舎を挟んでグランドの反対側にある生徒が通学してくる用の正門を抜けた所にごみを出す。

 それだけすると成基はすぐにまた駐車場に戻った。

「福山さん、出してきたよ」

「あ、ありがとう小宮くん」

 このままでいいのかは判らない。それでも成基にはどうしようもなかった。


2


 体育祭当日。秋晴れの下で白銀学園は朝から活気に溢れていた。絶好の体育祭日和に生徒の保護者を始め、地域の住人など、たくさんの人が観覧者テントの下に場所を取り体育祭が始まるのを今か今かと待っている。

 生徒は生徒の方で少し緊張気味に入場門で待機している。

 あれからリレーのメンバーは変更されることはなかった。成基に関しては最終プログラムで行われるリレーのことを思うともう帰りたい気分だった。

 しかし、そんな成基の思いに関係なく体育祭は始まってしまう。ならばせめてそれまでは楽しもうと成基は決めた。

「ただいまより、体育祭を開始します。生徒入場」

 朝礼台にたった教師の宣言で入場行進が始まった。

 トラックを行進して観覧者テントの前まで行くと我が子を撮ろうとする保護者がカメラを向けているのが目に入ってくる。

 去年もそうだったがその光景を見ると親のいない成基は切なくなってくる。

 今年は成基以外にも同じ状況の人物がいる。

 成基は横目で美紗と翔治を見た。その二人は何食わぬ顔で意外にもしっかりと歩いている。

 やはりこの二人からは感情が見えてこない。

 やがて行進が終わり、開会式で必要性の判らない色々な話を右から左へ聞き流して遂に体育祭が幕を開けた。


 僅か十数分の開会式で成基はヘトヘトになりながら応援席に戻った。

「やっと終わった」

 やれやれといったように洩らすと自分の席に座り込んだ。

 最初のプログラムは綱引き。既に目の前では一年生による熱戦が繰り広げられている。周りからの応援や歓声が一層盛り上げている。

 それを目にしながら成基は隣にいる翔治と、そのまた隣にいる美紗に声をかけた。

「お前らって体育祭は普通にやるんだな。もっと、何て言うか力を抜くかと思ってたけど」

「何を言ってんだお前は。練習を見てたら判るだろ」

 正直な感想を伝えると、いつものように翔治が馬鹿にして返した。

「それはそうだけど…………」

「それに色々な評判は落としたくないしな」

 最後の発言は完全に成基の予想から外れていた。いや、二週間前に翔治達の真意を知っていたはずだ。それでも二人の様子を見ていたらとてもここまで真面目なやつらには思えなかったのだ。

 だが恐らくこっちが本当の彼らなのだろう。少しの間だが彼らと一緒にいて僅かながら彼らのことを分かってきた成基は直感で感じた。

「そう言えば闇のやつら最近見ないな」

 一年生の綱引きを見ながら翔治は唐突に切り出した。

「そう言われるとそうだな。前に現れたのは確か…………翔治がやられた時だよな?」

「お前は人の思い出したくないことをピンポイントで突いてくるな」

 翔治は、うっと詰まると苦虫を噛み潰したようになった。

 実際あの日以来闇のセルヴァーは一人も現れていない。一体どこに潜んでいるのか判らないが現れるときは何の前触れもなく出てくる。油断は出来ないのだがこれまでにここまで長い間出現しなかったことなく、これが初めてのために翔治達にもどういうことなのか判らない。

「このままずっと現れなければいいのに」

 無言で聞いていた美紗がぼそっと呟いた。

「そうだよな。それが一番だ。闇のセルヴァーがいなくなればこの世界は平和になるのに」

 何かに憧れるように成基が同意した。

 目の前では一年生から二年生に入れ替わっている。成基達三年生はこの次だ。

「こちらから闇のセルヴァーの居場所が掴めるといいのだがな」

「だよな。翔治は何か情報持ってないのか?」

「目をつけている所があれば成基に訊いたりしない」

 三人はただひたすら綱引きを見ながら周りには聞こえない程度の声で話す。

「だが、もし闇にこちらの場所が把握されていた場合、恐らくこの体育祭を狙ってくるだろう」

「えっ!?」

 成基は驚きのあまり思わず翔治を見た。

「おい! 大声を出すな!」

 三人は話し声が周りに聞こえないようにしているだけでなく、話していることすら悟られないように前を向いていたのだが、その暗黙の了解を破った成基に、やはり翔治は前を見詰めながら小声で叱りつける。

「わ、悪い…………でもどういうことだよ。この体育祭を狙ってくるって」

「光は関係ないが闇は何か建物を壊すか人を殺さなければ力が保てない。闇の神の性質でな」

「そんな…………」

 思わぬ事実に成基は開いた口が塞がらなかった。

「もう二週間も何もしていないということはそろそろ力を失いかける頃だ。そこで今この体育祭を襲撃すれば…………」

「最悪人も殺せて俺達も一気に…………」

「ああ。闇のやつらはそう思ってるだろうな」

「じゃあこんなことしてる場合じゃないだろ!」

 その事が判っていながら何もせず暢気にしていることに対して成基は感情的になり、小声ながらも威嚇するように強く言った。

「そんなこと言っても仕方ないだろうが! セルヴァーの存在を知られる訳にはいかないし俺達には体育祭をどうかする権限はない。先生や誰かに言ったところで誰が信じてくれると言うんだ!」

「うっ……確かに…………悪い」

 翔治の筋の通った言い分に成基はすぐに納得し、翔治はただ暢気にしているだけだということが誤解だと判って謝る。

「続いて三年生によります綱引きです。三年生は準備をしてください」

 そんな時、二年生の綱引きが終了し、放送委員のアナウンスが入った。

「その事も考えて修平と芽生と是夢を呼んである」

「えっ?」

 成基が入場門に向かおうとした時に翔治が言い残した。

 思わず訊くが、その時にはもう翔治は入場門に向かって歩いていた。

 整列し、三クラス同時にする途中、何気なく見た観覧者テントの下に修平と芽生と是夢の三人の姿があった。

 すぐに目が合い、是夢は興味なさげにし、芽生はなぜかすぐに目を逸らす。そして修平は笑顔で手を振ってきた。

 そこでようやく翔治の言っていたことを理解した。呼んでいるということはこの近くにいるということは判っていたがどこに待機しているのかが判らなかった。実際は観覧席で普通に座って観ていたのだ。

 普通と言えば普通だし、今日が土曜日で普通の学校は休みのためごく自然なのだが、だからこそ一番いい方法だ。これならば闇のセルヴァーが来たときにすぐに対応できる。

 僅かな安堵感を得て、闇のセルヴァーの襲撃を警戒しつつも入場した。

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