第12話
その夜、成基はいつもの公園の上空を廻りながら華麗に翔んでいた。
「かなり上達したね」
着地した成基を迎えたのは飛行技術を教える修平だった。
「大体コツが掴めてきたよ」
成基がやれやれといった様子で言っ た。ここまで上達するのに約四日かかった。これが遅いのか早いのかは成基には判らない。
「じゃあ次はあたしの番ね」
突如暗闇の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。そしてその声の主が姿を現す。
やや薄い赤毛を後ろで結ったポニーテール。まだ少しあどけなさの残る顔立ち。美紗によると成基達と同じ中学三年という、年相応の身長の少女、茅原芽生だ。
「芽生か、それはありがたいな」
成基が正直に言うと芽生が顔を真っ赤にして言い放った。
「あ、あなたのために教える訳じゃないんだから! こ、これはあたしが生き残れるようにするためなんだから!」
「ふふっ」
芽生とは長い間一緒にいてもう素直じゃないのは判っている修平が笑った。
「な、何よ…………」
「相変わらず素直じゃないね」
「べ、べつに…………わかった、わかったわよ! 小宮成基、やるわよ!」
「じゃあ芽生ちゃん後はよろしく」
手を軽く挙げて言うと下がっていった。よく見ると夜闇の中から僅かに美紗の姿が窺えた。どうやら見えない所から成基の様子を見ていたようだ。
「じゃあ始めるわよ。空中で素早く動きながら地上にあるこの的を射抜いて」
すると芽生は一度と闇の中へ消え、すぐにまた何かを持って現れた。
その手に持っていたのは弓道で使われる近的用の的、直径三十六センチぐらいのプラスチック製の的だった。
「そんなこと……可能なのか?」
「知らないわよ! これまでに弓使いなんかいなかったんだから。矢もイメージから生まれた物だから普通の矢に比べて射程距離は長いから論理的には可能よ。後は弓を射る本人次第ね」
「………………」
事実と言えば事実なのだが、メニューを決めておいて無責任な芽生の発言に成基は呆れ返ってしまう。芽生の言いたいことはとにかくやってみろということなのだろう。
「とにかくやってみなさいよ」
「解った」
成基は呆れたように溜め息をついて答えると飛び上がった。
上空約五十メートル付近まで上がるとそこで上昇を止めてホバリングする。しかしそれは一瞬のことですぐに弓を構えて平行に翔ぶ。
先程の飛行練習のように華麗に舞いながら公園に芽生が置いた的を狙う。だが、
「こんなの狙えるわけないだろ!」
弓を構えた状態で約五十メートル下の的をセルヴァーの力で補正された視力で見据えるが、スピードを出しているために手元と狙いがぶれて狙いが定まらない。それにこれだけ距離があれば風も頭に入れなければならない。
この状況であの小さな的を射抜くのはほぼ不可能だ。
かといってスピードを落とせば実戦訓練にならない。
「それでもやれってのかよ!」
不可能だと判っていてもやらざるを得なかった。地上では芽生が、美紗や修平が見ている。
だからGに耐えながら強引に弓を射った。
成基の放った弓は真っ直ぐ疾走しながら的に当たるわけもなく芽生達のいる近くの砂場に突き刺さった。
愚痴を言おうと着地した成基だったが、その成基を迎えたのは芽生の罵声だった。
「ちょっと! どこ狙ってんのよ! 危なかったじゃないの!」
「そんなこと言ったってあんなもの無理だぞ! 手元はぶれるし的は小さいし」
成基にとってあまりに理不尽な展開に元から言うつもりだった愚痴をこぼす。
「もう仕方ないわね。コツを教えてあげる。最初のうちは空中で狙いがぶれるのは多少仕方ないことだけど、一瞬でも照準が合うときがあるはずよ。その時を逃さずに射ればいいのよ」
「そんな簡単に言うけどそれ以前にどうやって照準を合わせればいいんだよ?」
成基が小さく溜め息をつくと芽生は少し面倒臭そうに返した。
「そんなことはあたしより成基の方が詳しいでしょ。元弓道部じゃないの!?」
成基が夏まで弓道部に所属していたのはもうセルヴァーの仲間には言ってある。それで成基が弓使いなのだと全員納得していた。
確かにそれはそうなのだが、そもそも上空の高い位置からか下に射るのと地上で射るのとでは違いすぎる。それに距離も弓道よりも長い。
そんな彼の内心での愚痴が芽生に悟られてしまったのか彼女は呆れ返って言った。
「弓の技術的なことはあたしには判らない。けどね、弓道でも普段集中して落ち着いてやるでしょ? それと同じよ。あんなに騒いでたら絶対に狙い通りになんかいかないわ」
「…………もしかして……全部聞こえてたのか………………?」
「当然でしょ。あれだけ大声で叫んでたらいくら
芽生は成基を憐れみの目で見て吐き捨てた。
「はぁ~。次は射抜くさ」
成基は三度溜め息をつくと再び上昇した。そして加速を始める。
弓を引き絞って芽生の言葉通り照準が合う一瞬を待つ。
「落ち着け落ち着け、焦るな」
成基は自分に言い聞かせて何とか手元がぶれながらも冷静さを欠かないように意識し続ける。
慎重になりすぎても的の上を通り過ぎて何往復もしなくてはいけない。それでは意味がない。実戦ではそんなに待ってはもらえない。
下からは芽生達が見守る中、成基は的だけを見据えていた。それ以外最早視界に入ってこない。
一度深呼吸をして再度気持ちを落ち着ける。弓を引き絞る右手に適度の力が入る。
直後、風が止み上昇を照準がばちりと合った。その直後、成基は右手を離して弓を放った。
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