7-8

「――くっ!」


 桜田さくらだの身体を、後ろからしっかりと掴むことに成功した俺は、そのまま後ろに飛び退いて、自分の開けた壁の穴から、思い切り飛び出す。


 凄まじい爆発が、今まさに起きているこの場に留まるのは、どう考えても危険だ。


 咄嗟に桜田の前方に展開した防御用の魔方陣が、その炎から俺たちを守るが、爆風の勢いにそのまま押され、俺は、自分が想定した以上の加速で、後方に吹っ飛ばされてしまう。


「とっ! たっ! とっ!」


 吹き飛ばされた俺は、背中でスタジアム内部の壁を、幾つもぶち破る。


「よっと!」


 スタジアム内のロッカールームに突入したところで、俺はなんとか、無事に着地することに成功した。


 両足が地に着いた俺は、吹き飛ばされながらも頭の中で構成していた魔方陣を、俺たちが飛び込んできた壁の穴を塞ぐように展開する。


 その一瞬後、かなり距離が開いたにも係わらず、爆心地から伸びてきた、凄まじい業火が、俺の展開した防御陣を舐めつくす。


 苛烈な炎の赤が、薄暗いロッカールームを、不気味に照らした。


 カイザースーツの性能なら、あの程度の炎に幾ら飲み込まれても大丈夫だろうが、マジカルセイヴァーの衣装の性能の方は分からない。


 念のために万全を期したけど、どうやら正解だったようだ。


「う、うぅん……」


 俺に後ろから抱きしめられた格好のまま、桜田は、気を失ってしまっている。


 爆発の瞬間、俺が展開した魔方陣によって炎の直撃は防げたが、同時に広がった熱風と衝撃波までは、防ぎきれなかった。


 生身の人間と比べれば、劇的にその被害状況は軽減されているが、それでもダメージは大きかったらしく、流石のマジカルピンクと言えども、完全な無傷とは、いかなかったようだ。

 

 正義の味方としてのコスチュームも、所々ところどころ焦げてしまい、よく見れば、軽い火傷も負ってしまったようだ。


 大丈夫かな……?


 俺がもっと詳しく、桜田の受けたダメージを確認しようとした、その時だった。


「うおっ!」


 ガラガラと音を立てて、俺たちが入ってきた壁を中心に、ロッカールームの周辺の壁が崩れ、歪んでしまう。上からガレキも落ちてきて、辺りを塞いでしまった。


 どうやら、閉じ込められてしまったようだ。


 凄まじい爆発の威力に、スタジアム全体が、まだ揺れている。

 生き埋めにならなかっただけ、マシなのかもしれない。


 まぁ、ただコンクリートのガレキに囲まれただけなので、この程度ならカイザースーツのパワーに物を言わせれば、容易に脱出できる。


 今はそれよりも、桜田の怪我の方を、優先するべきだろう。

 

 ざっと調べたところ、致命傷や大きな傷は無さそうだが、やはり気になるのは、火傷だろうか。


 そんなに深い熱傷ねっしょうではないが、かなり範囲が広い。

 顔にまで火傷が及んでいるし、下手をすれば、跡が残ってしまうかもしれない。



 流石に、こんな状態の桜田を、このまま放置して、自分だけさっさと脱出する気にはなれなかった。


 俺はカイザースーツを解除すると、自分の中の命気を高め、両手に集まるように、イメージする。


 俺が千尋ちひろさんくらい命気を使いこなせれば、カイザースーツを着たままでも大丈夫なんだろうけど、今の俺では、直接触れないことには、上手くやれる自信がない。


 手の平に集まった命気を、桜田の身体に、火傷に直接触れることで、患部に塗り込むイメージで、送り込む。


「あっ、んっ……」


 気絶している桜田が、気持ち良さそうな声を出した。


 どうやら、俺の目論見は、上手くいったようだ。


 俺が送り込んだ命気に反応して、桜田の身体が自己治癒力を高め、みるみる火傷が治っていく。


 前に、千尋さんから命気を送り込またことで、俺自身のかなり重い怪我が、素早く完全に治癒したことを覚えていた俺は、同じことを桜田に行ってみたのだが、どうやら成功したようだ。


 調子に乗った俺は、桜田の怪我を治療するべく、彼女の全身に触れていく。


「んっ、はぁ……」


 桜田のなんだか色っぽい声は、極力頭から追い出すように集中して、彼女の火傷を治していく。集中だ。集中するんだ、俺。


 集中力を高めた俺は、しっかりと命気をコントロールしつつ、最後に残った患部、桜田の、その顔に触れる。


 あっ、柔らかい……。


 なんて思ってる間に、桜田のその可愛らしい顔にあった、痛々しい火傷も見る見るうちに治っていき、俺はホッと安心する。あぁ、命気って、便利だなぁ……。



 なんて、気を抜いたのが、不味かったのだろか。



「うっ……、うん? ……あれ? 統斗すみとくん……?」

「うぐっ!」



 桜田が、マジカルピンクが、目を覚ましてしまいましたよ。



 しまった! 色々夢中になりすぎて、彼女の目が覚める予兆に、気付けなかった!


 恐らく、俺の命気に反応して高まった自己治癒力によって、意識まで回復したのだろうけど、そのタイミングは、最悪だと言ってもいい。


 俺は今、桜田に覆い被さるようにしながら、彼女の頬に、自分の手を添えているという、大変ハレンチな体勢なのだ。


 正直、気絶した彼女を襲っていると思われても、不思議ではない状況である。


「……統斗くんが、……どうして……?」


 違うんだ桜田! これは別に、お前に何かしようとしたわけじゃなくて、ただ気絶したお前を助け起こそうとしただけというか、とにかく、そういうイヤらしいことをしようとしたとかでもなくて、ただ、お前を助けようと思って! いや、確かに色々と触っちゃったけど!


 なんて、見苦しい言い訳をしようとしたその時、俺は、ギリギリで気が付いた。



 今の桜田は、桜田ではなく、マジカルピンクなのだ、と。



 マジカルセイヴァーの衣装には、その正体を隠す機能がある。


 つまり、マジカルピンクの姿をしている今の桜田を、桜田と呼んでしまうのは、非常に不味い!



「えっ……、あっ……」


 俺は、桜田から急いで身体を離した後、思わず固まってしまう。



 どうする? どういう反応をするのが、正解なんだ?



 マジカルセイヴァーの衣装は、多少焦げて破損しているが、まだ正体を隠す機能は正常に働いているのか? 


 超感覚のせいで、もうすでに桜田の正体に気が付いてしまっている俺には、どうにも判然としない。


 それとも、正体の方を知っている人間が、これだけの近距離で見てしまえば、それは気が付いてしまうくらいの性能なのだろうか? 


 相手の正確なスペックが分からないので、傾向と対策が立てられない。



 俺は、目の前の少女が桜田だと、気が付いているべきなのか、否か。



 分からない。判断がつかない。動けない。フリーズだ。


 俺は、突然訪れた予想外の状況に、完全に混乱してしまった。



「あっ! ち、違う、違うの!」


 しかし、混乱しているのは、マジカルピンクも同じだった。


 それも当然か、彼女は彼女で、突然目の前に現れた知人の名前を、不用意に呼んでしまうという失敗をしてしまったのだから。


 まぁ、大体全部、俺が悪いんだが。


 桜田としても、マジカルセイヴァーの正体は、絶対に隠さなければならないはずなのだが、こうしてマジカルピンクの姿のまま、俺の名前を呼んでしまったのは、どう考えても、如何にもまずい。


 というより、名前を呼ばれた俺の方も、なんらかのリアクションを取るべきなのだろうが……。


 一体、なんて言えばいいんだ?


 どうして俺の名前を知っているんだ? 

 なんて、なにも分からないフリをするのが正解なのか。


 もしかして、桜田なのか? 

 みたいに、微妙に踏み込んだ発言をしてみるべきなのか。


 俺には、さっぱり分からない。


「…………」

「…………」


 結果的に、お互いに見つけ合ったまま沈黙するだけという、微妙な状況が生まれてしまった。


 どうすればいいんだ、これ?


 俺たちは、ロッカールームに閉じ込められているので、逃げることもできない。


 いや、桜田は、まだマジカルピンクのままなのだから、その力でここから脱出してくれれば、全てはうやむやに……。


 しかし、現実は、そんなに甘くなかった。


「あっ……」


 桜田が小さく声を漏らしたのと同時に、マジカルセイヴァーの衣装が、光の粒となって、消えてしまった。


 先程の爆発によるダメージのせいなのか、それとも、制限時間的なものでもあるのか、俺には、なぜそうなったのかは分からないが、目の前で起きた現実として、マジカルセイヴァーの変身は、解けてしまった。


 俺の目の前で、正義の味方マジカルピンクは、さっき街で別れた時と、まったく同じ格好をした俺の知り合い、桜田桃花ももかとなる。



 状況が、動いた。


 これに反応しないわけには、いかない。


「さ、桜田……? 本当に桜田なのか……? なんで……?」


 俺は、できるだけ驚いたという雰囲気を出すために、声を震わせて、絞り出す。



 こうして、俺の人生史上最大級の、謎の心理戦の幕が開いてしまったのだった。


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