7-3
一緒にランチを食べ終えた俺と
今回は急なお誘いだったので、後日改めて、一緒に遊ぶ約束をしてから、俺は自分の家へと帰る。
しかし、帰ると言ったはいいが、正直、あまり帰りたくない。
というか、帰りづらい。
俺は無駄に遠回りをしながら、ゆっくりと、なるべく時間をかけながら、両親が待つ自分の家へと帰宅した。
「おかえりなさ~い」
「ただいま」
いつもとなにも変わらぬ様子で、エプロンで手を拭きながら俺を出迎えてくれたのは、俺の実の母親だった。
なんて思わず詳細に確認してしまうほど、俺は今、家族というものに、非常に過敏になっている。
元正義の味方で、現在はマジカルセイヴァーの教官として、どうやら戦闘訓練などを行っているらしい。
ということを、俺は、つい先日知った。
それまで俺は母のことを、普通の、優しい、どこかぼんやりとした母親だと思っていたために、正直マジカルセイヴァーを相手に、教官として厳しく指導している様子を直接見てしまっても、違和感しか感じていない。
もしかしたら、あっちの方が母さんの本性なのかもしれないと思うと、戦々恐々としてしまう。
「もう夕飯できてるから、先にご飯にしましょ」
「はーい」
俺は、母さんの言葉に素直に従うと、夕食の匂いが漂う、俺の日常であるはずの、いつものテープルへと向かった。
「それで、どうだったの? 今日はデートだったんでしょ?」
「だから、デートじゃないって」
俺と並んでキッチンへと向かう母のからかいを、いつものように適当にあしらう。
今日家を出る時も、根掘り葉掘り、色々と聞き出そうとしてきて大変だった。
そういうところは、まったくもって普段の母なので、俺はどこか安心するやら、どこか不安に感じてしまうやらで、大変だった。
これまで生きてきて、脳内に
あれは確かに母だと、理性では分かっているのだが、感情が認めたがらないというか、そのことを考えると、なんだか頭が、ふわふわとしてしまう。
そう、これがいわゆる、現実逃避である。
「おう、帰ったのか」
「おう、ただいま」
もうすでにテーブルの指定席で、いつものように新聞を読みふけっている、俺の実の父親に、俺は適当に返事を返す。
十文字
こちらも元正義の味方で、現在はマジカルセイヴァーの司令官をしているらしい。
司令官が一体とんな仕事か想像するしかないが、命令とかしてるんだろう。多分。
親父の本当の仕事のことも、つい先日知ったのだが、司令官という言葉の響きと、普段の冴えない中年という親父のイメージが、まったく結びつかない。
というか、そもそも、昔は正義の味方なんてしていたというのが、信じられない。
俺の中の親父のイメージは、家にいる時は基本的に新聞を読んでるか、コーヒーを飲んでるか、晩酌をしてるかのイメージしかない。
特に甘やかされたような記憶もないが、強く怒られたような記憶もない。
遊んでもらった記憶は少ないが、特に嫌な記憶があるわけでもない。
なんというか、普通の親父である。
そんな親父が、若い頃は正義の味方として悪の組織と戦っていて、今は正義の味方の司令官をしている?
どうしても俺の脳内では、冗談かなにかのように感じてしまう。
しかし、それが真実なのだ。
「とっとと座れ。飯にするぞ」
「分かってるっての」
新聞から目も離さずに、こちらに指示してくる親父に悪態をつきながらも、俺は素直に、自分の椅子に座る。
「今日はカレーよー」
「母さん、タバスコ取ってくれ」
「いや親父、いきなり真っ赤になるほどタバスコぶち込むのは、やめろよ……」
こうして俺は、頭の中では色々と考えながらも、それでも、いつもと同じように、一応、
多分、頭の中で色々と考えているのは、親父も母さんも、一緒だろうけど。
「はぁ……」
夕飯を食べて、風呂に入って、歯を磨いて、とりあえず俺は、ベッドに倒れ込む。
自分の携帯を確認すると、桜田からメールが届いていたので、返信する。桜田は、今日のことを随分と喜んでくれたようで、誘った俺としても、素直に嬉しい。
他にも届いていた、
とりあえず、最も秘密にするべきなのは、俺が悪の総統をしているということだ。
もちろん、俺がマジカルセイヴァーの正体に気が付いていることも、両親の本当の職業を知ってしまったことも、バレると非常にまずい。
いや、そもそも正義の味方なんてものが存在するということ自体を、俺が知っているとバレるのは、まずいのだ。
正義の味方も、悪の組織も、一般市民には、隠された真実なのだから。
そういう意味で言うならば、当面の問題はやはり、俺の放課後の行動について、桜田たちと両親に対して、別々の嘘を吐いてしまったことになる。
だが、これは、俺がなにか上手い言い訳を考えることができれば、正義の味方だの悪の組織だのと言った話には、絶対に発展はしないだろう。
俺の嘘を追及する立場である桜田たちも両親も、一般市民である俺には、正義の味方の話なんて、できないのだから。
つまり、現状、俺が気を付けるべきなのは、これ以上の迂闊な発言や行動と、もう吐いてしまった嘘のケアだ。
可能ならば、嘘がバレないに越したことはないが、万が一バレてしまった時のためにも、しっかりと言い訳だけは考えておこう。
多少、不良行為を疑われるようなことになっても、構わない。後は、俺がなにも知らない一般人である、というスタンスを貫けば、悪の総統をしているとバレるところまでは、まずいかないだろう。
ということで、俺は自分を納得させる。一応、だが。
しかし、俺の両親が両方とも、昔は正義の味方してたとはなぁ……。
確か、親父と母さんは、職場恋愛の末に結婚とか、なんとか言っていたので、そういう意味では、両親共に正義の味方というのは、必然というか、意外と多い組み合わせなのかもしれない。
世間には秘密の、正義の味方なんてやっていたら、出会いも少ないだろうし。
それにしても、あの親父が、正義の味方ねぇ……。
確か、親父は自分の父親が、悪の組織の総統をやっていたなんてことは、知らないはずである。それを教える前に、親父が勝手に家を飛び出してしまったと、祖父ロボは言っていた。
つまり、悪の総統なんてやってる親への反発などではなく、自分で考えて、自分で選んで、正義の味方になると決めた、ということだ。
今の親父からは、全然想像もつかないが、若い頃はもしかして、正義感に溢れた好青年だったのだろうか?
本当に、まったく、これっぽっちも、想像できないけれど。
この国の正義の味方は、あくまでも、国家に所属している公的機関だ。
親父は、この国を護りたいと思ったのだろうか?
それとも守りたい人がいるから、正義の味方になりたかったのだろうか?
理想に燃えていたのだろうか?
それとも、現実を知ったからこそ、立ち上がったのだろうか?
興味は尽きないが、俺は親父に、直接この話を聞くことはできないのだ。
俺は、なにも知らない一般市民として、育てられたのだから。
しかし、悪の総統だった祖父が、なにも知らせず育てた親父が、なぜか正義の味方となり、正義の味方だった親父が、なにも知らせず育てた俺が、結局、悪の総統になってしまったのだから、まったく、凄い
俺が悪の総統になってしまったのは、多分に祖父の介入が関係しているので、親の因果が子に報いたと、言えるのかもしれない。
なんて、俺がくだらないことを考えていると、携帯に新たなメールが届いた。
差出人は、祖父ロボだ。
誰かが俺の携帯を見てしまった時に、死人の名前が出ていると色々とまずいので、祖父ロボから携帯に連絡入った時に表示される名前は、全てポンコツになっている。
万が一を考えるならば、このポンコツという登録名についても、言い訳を考えておくべきかもしれないな……。
祖父ロボからのメールには、なにやら面白いことが分かったので、明日は早めに地下本部に来い、といった命令が記されている。
もちろん、地下本部なんて露骨なワードは使わず、実際は暗号めいた文章になっているのだが、意訳するなら、大体そういった内容だ。
「ふぅ……」
俺を悪の総統へと仕立て上げた張本人からの連絡に、俺は静かに目を閉じる。
まあ、今更どうこう言っても、仕方ない。
俺はもう、決めてしまったのだから。
俺は明日も、悪の総統として頑張るために、ゆっくりと身体を休めるのだった。
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