5-6


 慌てて服を着た俺とマリーさんは、そのまま急ぎ、祖父ロボの元に向かう。

 向かった先は、大ホールのすぐ近くにある、作戦司令室と呼ばれる部屋だ。


 この部屋で、悪の組織としての活動内容を話し合ったり、作戦立案や今後の方針決定を行うらしいのだが、俺は今まで、足を踏み入れたことがなかった。


 そういう組織としての意思決定に関われる立場に、まだいない、とも言える。


 俺はまだまだ修行中の身……、と言えば聞こえはいいが、要するにまだまだ半人前なので、そういう難しい話に関われないのであった。


 ぶっちゃけ、今の俺は、現状、ただの戦闘員見習いみたいなもんである。

 どんな悪の総統だ。


「失礼しま~す」

「……失礼します」


 マリーさんにならって、俺も頭を下げながら、前に立った途端自動で開いた作戦指令室の扉をくぐる。


「遅いわ! まったく! 一体なにをしておったんじゃ!」


 様々な計器に囲まれた、如何いかにも、といった風情の司令室の中央、大きなテーブルの前で、祖父ロボがプリプリと怒っている。胸のボタンもピコピコと激しく明滅しているので、どうやらかなりお怒りのご様子だ。


「ごめんなさ~い……」


 しゅんとしたマリーさんが、祖父ロボに平謝りしている。


 どうやら祖父ロボは、今まで俺たちが、なにをしていたのかは、知らないらしい。

 自分から詳しく説明することでもないので、俺は沈黙を貫くことにした。

 

「まったく、おぬしには統斗すみとを連れて、ここに来るように言っただけじゃろうが!」

「ちょっと我慢できなくなっちゃって~……。本当にごめんなさ~い!」


 祖父ロボは元総統……、この悪の組織のトップであり、現在は特別顧問という立場に身を置いているが、その地位は、最高幹部より上だ。


 そんな祖父ロボに呼び出されていたのに、あんなことしたのかマリーさん。

 色々凄いな、マリーさん……。

 

「ちゃんと反省するんじゃぞ! 時間厳守は、社会人の基本じゃろうが!」


 悪の組織の構成員って、分類的には社会人になるのだろうか? 

 と思ったが、俺はやはり黙っている。触らぬ神に祟りなし、である。


「やれやれ、まったく、怒っとる時間も勿体ないわい。それじゃ、とっとと今回の作戦の説明に移るそ」

「は~い……」


 しょんぼりしてるマリーさんも可愛いな、なんて思っていたのだが、どうやら、それどころではなくなってしまったようだ。


 作戦と聞いて、俺も一応、背筋を伸ばす。

 呼び出された、ということは、俺にも関係ある作戦なんだろう。


「今回の作戦は、中堅悪の組織、ブラックライトニングの殲滅じゃ」

「殲滅って……、そこまでするのか?」

「元々うちにちょっかいかけてくる、鬱陶しい奴らじゃったんじゃが、最近、なにやら妙に戦力が充実したようでな、調子に乗ってきとるから、ここらで叩いておいた方が良いだろうと判断した」


 俺の疑問に、祖父ロボが冷徹れいてつに答える。どうやら、機嫌が悪いのは、マリーさんが遅刻したことだけが理由では、なさそうだ。


「というか、なんか、うちへのというか、嫌がらせというか、妨害工作みたいなのって、なんだか多くないか?」

「元々うちの組織が大きいから、っていうのはあると思うけど~、それにしても~、最近ちょっと、多い気はするわね~」


 俺が一応、総統になってから、基本的に相手をしているのは、こちらに対して手を出してくる他の悪の組織ばかりな気がする。


 って、うん? 俺が総統になってから?


「もしかして、俺みたいな実績もない、無名の奴が、いきなり新しい総統になったもんだから、今がチャンスだ! とか思われてる?」

「まぁ、そういう側面もあるじゃろうな」


 なんとも情けない想像だったが、それをあっさりと肯定する祖父ロボだった。


「うちは、この国に数多あまた存在する悪の組織の中でも、最大規模の一つじゃからな。そんな組織のトップが、突然よく分からん奴に変わったとなれば、組織図を塗り替える好機と見るやからも多いじゃろう」


 ヴァイルインペリアルの総統が新しい者に変わった、という情報はすでに、悪の組織業界全体に、知れ渡っている。


 突然の新総統の就任は、盤石を誇る巨大組織に起きたほころび……、みたいに思われてるんだろうか。


 それはそれで、なんとなく面白くない状況だ、とは感じてしまう。


「というわけで、今回はお前の力量を、悪の組織業界に存分に示して、そういうアホなことを考える奴らを、黙らせてやるんじゃ!」

「……うん?」


 面白くない、なんて思ったが、実際に自分がなにかする、とまでは考えてなかった俺に、祖父ロボは勢いよく続けた。


「今回出撃するのは、お前と、ジーニアとバディの三人に行ってもらう!」

「了解で~す」


 マリーさんが随分と軽く、あっさりと了解してしまう。


「いやちょっと待て! 相手は一応、中堅の組織なんだろ? それを、俺たち三人だけでっていうのは……」

「組織の規模だけの話じゃないぞ。ブラックライトニングの首領は超常者ちょうじょうしゃじゃから、怪人クラスしかいなかった今までの組織と比べれば、歯ごたえがあるはずじゃ!」


 超常者。

 人ならざる力を持つ、人を超えた人間。


 その力は千差万別だが、普通の人間……、どころか怪人ですら、まったく歯が立たない存在である。


「それって、尚更まずいんじゃ?」

「大丈夫じゃ! お前はすでに、魔術と命気を習得しておる! そこら辺の超常者には、まず負けん! 自分に自信を持て!」

「自信と言われても……」


 確かにけいさんに魔術を、千尋ちひろさんに命気を習っている俺だが、それが実戦でどれだけ通用するのかは、まだ未知数というか、そもそもマジカルセイヴァー相手でも、あまりダメージこそ受けてこなかったが、基本的に手も足も出なかったというか……。


「大丈夫よ~。いざとなったらワタシもいるから~」


 少し尻込みしてしまった俺を、マリーさんが優しく勇気づけてくれる。


「カイザースーツの修復と調整も~、もう終わってるし~、ワタシの方も統斗ちゃんのおかげで~、色々新しい兵器も用意できたから~、安心して~」


 スーツがもう直っている、というのは朗報だった。

 そしてどうやら、マリーさんは、もうすでに、スランプを脱出していたようだ。


 しかし、俺のおかげとは、一体どのことを言ってるのだろうか。

 この前のお茶会? 

 身体測定? 

 それともその前の主任室での……。


 俺の脳内が、微妙にピンク色に染まりそうになる。

 ついさっきまで、マリーさんにあんなことをされていたせいかもしれない。


 現実逃避かもしれない。


「それじゃ、バディを連れて、さっさとブラックライトニングの本拠地にカチコミをかけてこい!」

「って、その殲滅作戦って、今からなのかよ!」

「善は急げと言うじゃろうが!」


 果たして、カチコミとやらは、善なのだろうか? 

 それそも俺たち、悪の組織じゃん?


 色々と疑問は浮かんだが、祖父ロボの勢いに押し切られてしまった。


「すでに奴らの本拠地の近くに、は打ち込んでおる! 諜報員の報告じゃと丁度今の時間、ブラックライトニングの主要人物もそこに揃っておるようじゃし、仕掛けるなら、まさに今じゃ!」


 アンカーとは、ワープルームからワープする際に、転送先を指定するために使われる装置で、おおよそ陸上で使うハードルと同じくらいの大きさと形をした、まるで小さな機械の門といった風情の、位置情報を送信する装置である。


 出先から地下本部への帰還自体は、かなり自在に行えるのだが、逆にワープルームからどこかへ向かう際には、このアンカーの設置が、不可欠なのだ。


 というか、そんなものを用意してるなんて、すでに準備万端なのか……。


 どうやら、もう逃げることは不可能なようだった。


「さぁ! お前の力を、他の悪の組織に知らしめるんじゃ!」

「……了解」

「は~い!」


 諦めたように返事する俺とは対照的に、非常に明るいマリーさんに少しだけ救われたような気分だった。


 とりあえず、一人じゃないというのは、ありがたい。


「って、そう言えば、バディさんはどこに?」

「バディなら~、また引きこもってるわよ~」

「……えっ?」


 もう一人いるはずの同行者は、今は外に出ることすら拒否しているらしい。  


 どうやら、この俺の力を、悪の組織業界に知らしめるための作戦は、いきなり前途多難なようだった。 




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