3-8


「誰メェー!」


 誰が来たかなんて、もう分かりきっているだろうに、ヤギ怪人ローズさんは、律儀に尋ねる。


 そして、この広場を囲むビルの屋上から、五つの影が飛び降りた。


「この世に愛がある限り!」


 ピンクの正統派フリフリコスチュームを着た、桜田さくらだ桃花ももか

 いや、マジカルピンクが。


「勇気の炎は途絶えない!」


 赤くボーイッシュな印象のフリフリコスチュームを着た、赤峰あかみね火凜かりん

 いや、マジカルレッドが。


「澄み渡る水の静けさに!」


 青く清廉さを感じるフリフリコスチュームを着た、水月みつきあおい

 いや、マジカルブルーが。


「慈愛の緑が芽吹くとき!」


 緑の落ち着いた印象のフリフリコスチュームを着た、緑山樹里。

 いや、マジカルグリーンが。


「正義の光が悪を討つ!」


 黄色の可愛らしいフリフリコスチュームを着た、黄村きむらひかり

 いや、マジカルイエローが。


 それぞれ決め台詞を決めた瞬間、彼女たちの周囲が、虹色の爆発に包まれる。


国家こっか守護庁しゅごちょう地域ちいき防衛ぼうえい戦隊せんたい! マジカルセイヴァーここに参上!」


 そして、その謎の煙が収まると、正義の味方のリーダーであるピンクが、こちらをビシッと指差した。


「ヴァイスインペリアル! あなたたちの悪事も、そこまでです!」

「……」


 見事に決まった正義の味方の、そして俺の知り合いの女の子たちの、派手すぎる登場シーンに、なにも言えずプチフリーズしてしまう俺であった。


 なんというか、非常にやりづらい。


『そら統斗すみと! そやつらに。今回の事件の真相を教えてやらんかい!』

「……はっ!」


 祖父ロボの叱咤に、なんとか再起動する俺。


 そうだ。折角幼稚園バス襲撃犯を捕まえたんだから、誤解を解かないとな。


「悪事? 悪事だと? 我らはただ、降りかかる火の粉を払っただけにすぎない!」

「なんですって!」


 俺の大げさすぎる物言いに、律儀に反応してくれたのは桜田……、いや、マジカルピンクだった。


「我らの名をかたり、下らなぬことをしていた雑魚共を黙らせてやったのだ! どうやら正義の味方であるらしい貴様らでは、この偽物共を倒すことができないようだったからな! フハハハ!」


 まぁ、こんな感じだろうか。


 ついでに、俺たちの足元に転がっていた、ロープで一纏めにしておいたネズミ怪人御一行様を、マジカルセイヴァーの方に向かって放り投げる。


「礼なら要らぬぞ? 我らにたかる害虫を、我らの手で駆除したというだけの話だからな! フハハハハ!」

「くっ!」


 なにやら、マジカルセイヴァーの皆さんが全員、悔しそうな顔をしている。

 なんだか心苦しいが、ここは悪の総統として、もっと強く推した方がいいだろう。


「鬱陶しい小虫を退治することができて、我は今、気分が良い! 今日のところは、お前たちを見逃してやってもかまわんぞ! ハーッハッハッハ!」


 俺としては、できればこれでおしまい、はい、解散! というのが、理想的な流れなんだけど……。


「例え幼稚園バス襲撃が、あなたたちの仕業じゃなかったとしても! ここであなたたちを見逃す理由にはなりません!」


 ピンクが気丈にも前に出てきて、実に正義の味方らしく、悪の総統に対して、宣戦布告をしてしまう。


 まぁ、普通そうなるよな……。


「レッドとブルーは、あの怪人を! グリーンとイエローはデモニカをお願い! こいつは、私が相手をするわ!」


 ピンクがみんなに素早く指示を出すと、残りの四人は、流れるような動きでそれに従う。相変わらず、見事な連携だ。


 なんて、呑気に考えている場合ではない。


「はっ!」


 ピンクが俺に向けて、一気に距離を詰めてきた。


 速い!


 そう思った時には、もう肉薄されている。そのまま繰り出されたパンチを、俺は避けられない。マヌケにも、棒立ちでそれを喰らってしまう。


 超感覚で攻撃のタイミングは分かっていたし、カイザースーツも警告を出してくれていたのだが、単純に俺の身体的なスペックが、そして戦闘感の無さが、それに応えられなかったのだ。


「くっ!」


 だが、その場を飛び退いて舌打ちをしたのは、マジカルピンクの方だった。


 攻撃されること自体は、分かっていたので、俺は攻撃を躱すのも、防御するのも諦めて、その場に思い切り踏ん張ったために、このカイザースーツの硬さを、ピンクはその拳で、モロに味わうこととなってしまったのだ。


「……行くぞ!」


 カイザースーツの異常な硬度を前に、その警戒心を強めたのか、追撃はせずに様子見に入ったピンクに向かって、俺はとりあえず、適当に魔術を使い、魔素にを凝縮した光弾で、攻撃をしてみる。


「そんなもの!」


 ピンクは、それを見事に避けてみせた。

 しかし、かなり隙だらけだったはずの俺の攻撃を見ても、ピンクは、自分から反撃してこない。


 おそらく、自分の攻撃をモロに食らったのにびくともせず、むしろ反撃をしてきた俺への警戒を、より強めてくれたのだろう。無理に攻撃するのを止め、他のメンバーがそれぞれの相手を倒して、合流するのを待つことを選択したらしい。


 俺としては、非常にありがたい。


 知り合いだから殴り合いとかやりにくいし……、なんて甘いことを、今更言いたいわけじゃない。


 単純に、俺とピンクでは、戦闘能力に差がありすぎるのだ。


 魔術を覚えたとはいえ、俺のそれは、まだまだ初心者レベルだし、カイザースーツがあるから相手の攻撃は防げるだろうが、こちらから攻撃を当てるといのは、ハッキリ言って難しい。


 情けない話だが、どこか適当なタイミングで戦闘を切り上げて、ワープで脱出するのが関の山なんだけど……。


「メェー! やられたメェエエエエエエエエエエエ!!」


 なんて俺が考えていると、ヤギ怪人ローズさんが、断末魔の叫びを上げると同時に爆発して、先に本部へとワープで帰還してしまう。


 速い! 速すぎるよローズさん!


 ピンクの素早い動きに、周囲を見渡している暇がなかったが、どうやらヤギ怪人対レッドブルー組の勝負は、あっけなく決着してしまったようだ。


 どうやらまだまだ、怪人では正義の味方に勝てないらしい。


「レッド! ブルー!」


 戦況が動いたと見るや、ピンクがヤギ怪人を素早く屠った二人を呼び寄せる。

 正直、かなりまずい気がする……。


「マジカル! ウォーターアロー!」


 ピンクの声に素早く反応したブルーが、遠距離から水の矢をこちらに放ってくる。


「……チッ!」


 俺は咄嗟に魔方陣を展開し、炎の壁を作ることでそれを防ぐが、その隙にレッドが一気に接近してきている。更にピンクも、レッドと呼吸を合わせて、同時に近接戦闘に打って出てくる。


「それ!」

「行くよ! ピンク!」


 先程の繰り返しになるが、俺には彼女たちの攻撃を避けることができない。

 俺は諦めて、その場に踏ん張り、サンドバックになる覚悟を決めた。


「ふっ! はっ! えい!!」

「それ! うりゃ! 喰らえ!」


 唸るようなパンチに空気を切り裂くようなキックの連続……、まるで嵐のような乱打を受ける羽目になったが、カイザースーツの凄まじい性能のおかげで、中の俺にまでダメージは届かない。


 そして、このスーツ自体の耐久力には、まだまだ余裕がある。


 正義の味方の攻撃は確かに凄まじいが、まだまだなんとか耐えられそうだ……、と思った瞬間だった。


「マジカル! フレイムフィスト!」


 レッドの拳が、炎を纏うと共に、恐ろしい威力の一撃が繰り出される。


 流石のカイザースーツも激しい警報を鳴らしているが……、だから、俺には避けられないんだって!


「……クソッ!」


 マジカルレッドによる必殺の一撃を、俺はまともに喰らってしまう。

 クリーンヒットである。


 漏れ出た俺の悪態は、カイザースーツがカットしたおかげで、外には漏れなかったようだ。悪の総統らしくない発言は、自動的にカットでもされるのだろうか?


 俺はなんとか、その場から吹っ飛ぶのを堪えることができた。

 カイザースーツも、軽微なダメージこそ受けたが、おおむね無事なようである。


「そんな!」

「嘘でしょ!」


 ピンクとレッドが、必殺技に耐えた俺に驚愕の声を上げるが、内心俺の方が叫びたい気分だ。

 

 このスーツがダメージ受けたなんて、初めてだぞ!


 相手の攻撃を避けられない以上、これから何度も、あの攻撃を喰らい続けるのは不味いと、俺は判断した。


 慌てて足元に魔方陣を展開すると同時に、魔術を発動する。


「きゃっ!」

「うわ!」


 魔方陣から、それこそ嵐のような突風が吹き出し、ピンクとレッドを無理矢理、俺の近くから引き剥がすことに成功する。


 その隙に、カイザースーツが素早く自己修復機能を発揮して、先程レッドから受けたダメージを回復してしまう。本当に、出鱈目でたらめすぎるスーツだった。


「ピンク! レッド!」


 落ち葉のように吹き飛ばされたピンクとレッドだったが、空中で見事に体勢を整えると、危なげなく着地を決める。その二人にブルーが合流した。


「みんな、気をつけて! こいつ、強い……!」


 ピンク、レッド、ブルーの三人が集まって、俺を睨む。


 ピンクが俺を強敵認定してくれるが、正直それは完全にスーツの性能のおかげなので、俺としては微妙な気分である。


 というか、どうするんだよこの状況! 


 流石に三人から同時に、さっきのレッドが使用した必殺技レベルの攻撃を受け続けたりするのは、状況的にも、かなりまずいんじゃないのか?


「きゃあああああああああ!」

「うええええええええええん!」


 俺が、この戦闘をいかに切り抜けるか……、というか逃げ出すか、真剣に考えていたまさにその時、デモニカの相手をしてグリーンとイエローが、突然こちらに吹っ飛んできた。


「グリーン!」

「イ、イエロー?」


 横っ飛びに凄まじい勢いで飛んでくるグリーンをピンクが、イエローをレッドが、それぞれ受け止めたが、どうやら二人とも、完全に気絶してしまっている。


 一体、なにが? そう思う暇すら無かった。


「……っ!」


 直感的な恐怖に、全身の肌が粟立つ。


 超感覚が確実な死を予感し、カイザースーツが、最大限のアラートを鳴らす。


 俺は咄嗟に、魔方陣を幾重にも展開して重ね合わせ、今の俺が用意できる最高強度の防壁を張り巡らせる。


 その瞬間だった。


 凄まじい魔素による攻撃……、光の奔流ほんりゅうが、まるで津波のように、マジカルセイヴァーと、そして俺を飲み込んだ。


 今度は悲鳴を上げる間もなく、マジカルセイヴァーの五人は、その奔流に飲み込まれ、盛大に吹き飛ばされてしまった。


「――くっ!」


 俺はなんとか、展開していた魔術防壁と、カイザースーツの凄まじい強度のおかげで、その攻撃を耐えることができたようだ。


「おいおいおいおい……」


 しかし耐えたといっても、カイザースーツ内のモニターには、複数のシステムダウンに伴う警報と、応急的に各部を自己修復してるという警告が鳴り響いている。


 このカイザースーツを、一撃でここまで……。

 その凄まじい威力に戦慄した俺は、その攻撃の元凶に向かい合う。


 そこで、俺が見たのは……。


「…………」


 幽鬼の如き表情で、じっとこちらを見ている、美しき悪魔。


 悪の組織ヴァイスインペリアルに所属する、最高戦力にして最高幹部が一人。

 悪魔元帥デモニカ、その人だった。

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