11-2


「あーもう! 寒いから、さっさと家に入るわよ!」

「いや、待て、落ち着け。まったく意味が分からない。とりあえず冷静に、かつ正確に、状況を説明して欲しいんだけど……」


 家に帰ってみたら、いきなり玄関で知人がうずくまっていたという状況は、なかなか恐ろしいものがあった。辺りは完全に暗くなり、すっかり夜なのも、それに拍車をかけている。


 しかしそんな俺の困惑には一切構わず、その知人、黄村きむらひかりは、なぜかプリプリと怒りながら、俺の目をキッと睨む。まぁ、童顔の黄村にそんなことされても恐くないというか、むしろ可愛いと思っちゃうんだけど。


「そんなの、家出してきたからに決まってるでしょ!」

「……さいですか」


 家出。

 なるほど、家出かー……。


 色々と、詳しく聞きたいことは多々あるが、黄村が言うように、ここは寒い。


 よく見れば、彼女の頬は真っ赤だし、歯の根が合っていない上に、全体的に細かく震えている。鼻水のことは言わないであげるのが、優しさってやつだろう。


 どうやら、かなり長い時間、ここで誰か来るのを待ってたようだ。


「……まぁいいか」


 なんだか、その様子があまりに可哀想で、俺はこの突然の来訪者を家に招き入れることにする。まぁ、話なら、暖かい部屋の中で聞けばいいだろう。


「ほら、入れよ」

「うー、おじゃばします……」


 俺が開けたドアから、家の中へと転がり込んだ黄村は、可愛らしいスニーカーを脱いで玄関へと上がり、ふわふわの真っ白いコートを着たまま、寒そうに自分の身体をさすっている。


 家内やうちに入ったと言っても、中には誰もいないので、当然真っ暗のままだし、暖房だって入っていない。身を切るような冷たい風こそ防げるが、これではあまり、外と変わらない。


「ほら、ティッシュ」

「……あんがと」


 俺は自分も靴を抜いて玄関に上がりつつ、鼻声の黄村に、持っていたポケットテッシュを丸ごと渡す。それを使って、豪快に鼻をかむ彼女を先導して、俺はリビングへと向かった。


 黄村が大人しく後ろをついてくるのを確認しながら、俺は廊下やリビングの電気をつけて家の中を明るくして、ちゃんと暖房をつけてから、台所に引っ込み、電気ケトルでお湯を沸かす。とりあえず、温かい飲み物でも、用意した方がいいだろう。



「それで、家出って、なんなんだよ。ちゃんと話してもらうぞ、黄村」

「家出は家出に決まってるじゃない……、ちょっと親と喧嘩しちゃただけよ……」


 ティーパックで手早く紅茶を入れてから、俺がリビングに戻ると、コートを脱いだ黄村が椅子に座りながら、テーブルに、だらりとうつ伏せになっていた。


 今日は学校もないし、当然黄村も私服姿なのだが、相変わらず、子供っぽいというかなんというか……。


 モコモコの黄色いトレーナーにイエローのミニスカート、そして白タイツの組み合わせのおかげで、見た目の印象は、完全にひよこだった。


 よちよち歩きの、可愛いひよこだ。


「いや、親と喧嘩って、なんで?」

「……別に、なんでもいいじゃん……」


 俺が差し出した適温の紅茶を、カップからじるじるとすすりながら、黄村は唇を尖らせている。ひよこのくちばしだ。


 まぁ、黄村と両親の喧嘩の原因を聞いたところで、俺になにが言えるというわけでもないので、無理に聞き出そうなんて気は、ないのだが、それにしたって、もう少し協力的な態度は見せて欲しい。


 一応、こうして俺の家に転がり込んできたのは、黄村の方なのだから。


「……ていうか、お前、なんでうちに来たんだ?」

「なによ! 来ちゃ悪いの!」

「いや、悪いというか……、家出するにしても、桃花ももかとかに頼った方が、いいんじゃないかと……」

「桃花先輩に、こんな情けないところ見せられるわけないでしょ!」


 こんな情けないところを、俺には見せていいのか? 


 そう思わないないでもなかったが、あまり深く突っ込まない方がいいだろう。

 色々と、こじれるだけだろうし。


 チラリと壁時計を確認するが、まだ夕食には、少し早いくらいの時間だ。家出と言っても今から帰れば、それほど大きな問題にはならないだろう。


「まぁ、なんでもいいんだけどさ……。それで、お前はこれから、どうするんだ?」


 俺としては、サクっと親と仲直りして、自分の家に帰って欲しいのだけれど……。


 しかし、黄村から返ってきたのは、意外な解決策の提案だった。


「ここに泊まる」

「……はぁ?」


 というか、全然解決策じゃなかった。


 ……いやいや、うん? なに言ってんだ、こいつ?

 

「なによ。あんた、頭だけじゃなくて、耳まで悪くなっての?」

「聞こえなかったんじゃねーよ! 聞こえたけど受け止めきれなかっただけだよ!」


 しかし、一応泊めてもらおうっていうのに、その失礼な物言いはなんだ、黄村。

 逆に凄いな、黄村。


「あのな、アホなこと言ってないで、とっとと親に電話でもなんでもしてだな……」

「泊めてくれないなら、あんたへの恨み言をたっぷり書いた遺書残して、この家の前で、全裸で凍死してやる……」

「はた迷惑すぎる!」


 まるで子供みたいな、滅茶苦茶すぎる脅し文句だが、今の黄村ならやりかねないという凄味があった。やばい。目が本気すぎる。俺の超感覚も、チリチリと警告を発していた。


 ……なんか、妙に追い詰められてるな、黄村の奴。


「じゃあ、せめて、それこそ桃花たちに頼めよ!」

「やだ。……今は先輩たちと、あんまり会いたくない」


 プイっと、まるで拗ねたように目線を逸らす黄村の様子は可愛らしかったが、やはりどうにも、様子がおかしい。普通なら、俺なんかの家に来る前に、当然、マジカルセイヴァーのみんなを頼るだろうに。


「じゃあ他の、学校の友達とか!」

「そんなの、一発で親にバレちゃうじゃん! ここならまずバレないでしょ!」


 いや、バレるから。


 俺がお前の親に言うから。


 だって、黙ってたら、なんか俺が法的な罪に問われそうだし。

 そんなのイヤだし。


 どうやら今の黄村は、正常な判断ができないらしい。


 こうなったら、俺も切り札を使うことにしよう……。


「……今日、うちの両親、帰ってこないんだよ」


 どうだ! いくら黄村でも、男と二人きりで一夜を明かすなんて、無理だろう!


「知ってるわよ! だから来たんじゃない!」

「確信犯かよ!」


 恐らく、今日俺の両親が家に帰らないということは、正義の味方の伝手つてで知ったんだろうけど、だからって普通、家出先に、ここを選ぶか?


「お前な、仮にも年頃の女の子が、そういう衝動的な行動は、どうかと思うぞ……」

「あー! あー! 聞こえなーい!」


 一応、自分でもおかしなことしてる自覚はあるのか、黄村は俺の正論を、耳を塞ぎながら叫び声を上げることで、シャットダウンしてしまう。


 そんな自覚あるなら、もう少し冷静に行動を起こせと、思わずにはいられない。


「とにかく! 今日家には俺しかいなんだから、お前を泊めるとか、ないから!」


 俺は、キッパリと断言することで、黄村のこの突飛すぎる行動を、思い留まらせることにする。


 子供のこういう突拍子もない言動を、そっといさめてみせるのが、大人の役目というやつだろう。ふっ、まったく、手間のかかる後輩である。


 冷静沈着、泰然自若たいぜんじじゃく、悠々自適、順風満帆……、いや、後半はあんまり意味が分からなくなってしまったが、自らは余裕を持って、悩める子羊を優しく導く、それこそが、デキる先輩スタイルってやつだろう。


「いいから、つべこべ言わず泊めなさいよ! なんでもしてあげるから!」

「……なんでも?」


 なんでも。

 ……なんでも。

 …………なんでも、かぁ。


 俺の腹は、決まった。


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