第3話 不全からの覚醒
迷宮対策局。
今からおよそ五十年前、後にダンジョンと呼ばれる異空間と繋がる扉”ゲート”の出現を機に発足された公的機関だ。
国内で発生したダンジョンの管理やゲートの周辺警備。
異能者のランク測定並びに登録。
それから異能者へ実力に応じたダンジョン探索、攻略の斡旋など対策局が担う役目は多岐に渡っている。
だからダンジョンに関連する話というのは、なんとなく想像がついていたが——、
「え……ダンジョン業を引退しろ、ですか」
先に医師の診断を挟み、美紗と瑠歌が帰った後、重岡さんに告げられた言葉に愕然とした。
「勿論、強制ではありません。いくら対策局といえど、正当な理由なしに資格を剥奪する権利は持ち合わせておりませんので。ですが今回、王副さんの身に起きた事態の経緯を聞く限りそうするのが賢明かと」
まあ引退勧告されるのも無理はない。
事情を知らない人間からすれば、弱いやつがとち狂っていきなりモンスターの前に飛び込んだ挙句、勝手に死にかけたのだ。
自殺願望があったのではないかと見られてもおかしくはないし、そうじゃなくとも周囲を巻き込みかねない危険行為でもあったのは事実だ。
「それに失礼ですが、あなたのハンターランクはF——不全者の身でダンジョン業を続けていくのは、正直厳しいと言わざるを得ません」
「まあ、そうですよね……」
ダンジョンの発生に伴い、高い身体能力と超常の力である”スキル”に覚醒する人間——”異能者”が現れるようになった。
だが、稀に異能に目覚めておきながら身体能力が常人と大して変わらず、スキルも持たない場合がある。
それが”不全者”——俺がまさにその典型例だ。
——典型例のはずだったんだよな。
「確かにダンジョンは稼げる。たとえ低級であっても、今後の蓄えを残しつつ、家族を養うことは可能なくらいに。けれど、その為に命を落としては元も子もない。ご家族をこれ以上悲しませたくはないでしょう?」
「っ、それは……」
こちらの事情を把握している物言いだ。
そして善意によるものだからこそ言葉に詰まる。
……だけど、ここですんなりと頷くわけにはいかない。
素直にダンジョン探索を辞める選択を取れるのなら、始めから——しかも、自身が不全者であることを分かっていて尚——高校中退なんて馬鹿な真似はしていない。
俺は拳を強く握り締め、重岡さんから目を逸らさずに言う。
「……すみませんが、その提案には乗れません。今ここで辞めてしまったら、妹たちを大学に行かせられなくなりますので」
「あなたが死んでも結果は一緒ですよ」
「なら死ななければいいだけの話です」
重岡さんから嘆息が溢れた。
隣にいる九重さんも同様だ。
話にならないと言わんばかりの表情だった。
二人がそうなるのも無理はない。
我ながら青臭いことを言っている自覚はある。
だけど、大人の優しさというやつか。
それを言葉にはせず、重岡さんは代わりに別の話題に切り替える。
「……まあ、いいでしょう。では、もう一つの話をしましょうか」
言って、居住まいを正した。
「王副さんが眠っている間に身体検査を行った結果、奇妙な点が見つかりました」
「奇妙な点……?」
「ええ、王副さんの保有魔力量がハンター登録した時よりもずっと増えていました。とはいっても、まだ不全者の域は抜け出てはいませんが。それでも異例の上昇幅であることには変わりありません。ですので、何か心当たるようなことがあれば教えていただきたい」
——異例、ね。
不全者は通常の異能者と比べて成長速度が著しく遅いらしい。
不全者を不全者たらしめる大きな原因の一つだ。
実際、俺個人の所感としてもダンジョン探索を始めた頃と比べて成長した実感は殆どない。
だから、目に見える結果として表れること自体、かなり珍しいことなのだろう。
そして、重岡さんの言う心当たりは——当然あった。
木の枝を召喚するスキル。
いつの間にか現物は消えてしまっているが、再び具現化することは可能だ。
感覚は最初の一回でばっちり掴んである。
スキルのことを正直に伝えるべきか。
逡巡しているうち、ふと白の少女がノイズとなって脳裏にちらつく。
「、——っ」
つい顔を顰めると、重岡さんが怪訝そうに小首を傾げた。
「王副さん、いかがしました?」
「……いえ、なんでも。心当たりに関しては、すみません。そういうのは特には……」
「そう、ですか。となると……死の危機に瀕したことで、潜在的なリミッターが外れた、という線が可能性として一番あり得るか」
あれ、どうして俺は本当のことを言わなかったんだ。
別にスキルの覚醒や例の少女のことをありのまま伝えてもよかったはずなのに。
なのにそれらを伏せてしまったのは、そうした方が良いと直感が囁いたからだ。
根拠も何もない。
ただなんとなく言わない方が良いと思ってしまったというだけだ。
重岡さんにじっと見つめられるも、追及はなかった。
「……分かりました。何かありましたらこちらに連絡を。いつでもお待ちしております」
それから最後に俺に名刺を手渡して二人は帰っていった。
扉が閉まり、誰も来ないか暫く様子を見てから俺はベッドに倒れ込み、木の枝を召喚してみる。
今になってさっきの判断は本当に正しかったのか、そんな疑念に駆られてしまうが、今更くよくよ悩んでも仕方ない。
こんな外れスキルでどこまでやれるかなど知る由もない。
それでもやれるだけのことはやって、最後まで足掻いてみよう——そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます