存在への応援コメント
突き詰めると、哲学的な問いになりそうですが、
冒頭の「旧型の特徴である金の輪郭をした瞳」というので
物語りの世界にすっと入っていける、というか、
もう用済みになる旧型アンドロイドのさびしさが迫ってきて
理屈はともかく、アンドロイドにとっての肉体にあたる機体に対して
もっと思いやりがあってもいいのかな、と。
人間におきかえることもできます、だんだん人間も、この話の中のアンドロイドのように扱われるようになってきている気がいたしました。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
代替、ということについて考え、この話の輪郭が出来上がりました。
語るには難しい問題ではあるのですが、正しい正しくないではなく、なぜそうすることが必要なのかを考えていきたいなと思っています。
存在への応援コメント
周囲の認識……接し方というか、扱い方こそが、個を個たらしめて自我になっているのかも……なんてことを考えました。
榊さんは作られたアンドロイドで、量産型で、代用も効く。けれど、周りはいち個人とみなして接してくれるから、その上に自我を積み上げることも出来たのかなと。
この話は人とアンドロイドの関係の良い話でしたが、人と人との関係にも十分にあることで、どこぞのブラック企業が雇ったバイトを替えの利くパーツのように扱って居れば、自我も自意識も薄れ、それこそロボットのようになっていき、失敗をするたびに「自分は劣っているのだから優秀な誰かに替えられるだろうな」という心理状態になっていく。そんな状態だと成長も無い。
そんなブラックな職場が分かりやすい例だけど、親子関係にも言えるわけで……
そう考えると、少し恐ろしくも感じます。この話のようにほっこり、ほのぼのと過ごしたいのですけどねw
とても面白かったです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
書きながら私が考えていたこと以上のテーマ性を見出していただけてとってもとっても嬉しいです。
尊重し合える関係性というものが、人間同士でも、機械との間にも存在していて欲しいと思います。
素敵な感想ありがとうございました。