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  • 境界線は曖昧への応援コメント

    拝読させていただきました。
    ピンチョス太郎さんの落ち着いた目線が生まれる理由を垣間見たように思います。

    区別とは、自分の中で名前を与えて他とは違うと認識できるようにすることです。
    差別とは、自身の感情的な理由で相手を押し下げたり見下したりすることです。

    ネガティブものを「差別」と呼びますが、ポジティブなものを「贔屓」と呼んだりもします。いずれも感情的に区別以上の取り扱いをすることと思っています。

    綺麗事で「差別はいけない」と言いますが、個人的に差別感情をいだかないのは無理ではないかと思っています。物事を認知して自分ごととして受け止めた時点で感情がまとわりつくものですから。例えばこうした感想でいうと、仲の良い人と、そうでない人との心の中の取り扱いでさえ、差が出ると思うのです。

    ただ自身の中に芽生えた感情が差別である、相手にとって良くないものである、と認識して制御できるかどうか。それだけのお話なのだと思うのです。

    極端な例示ですが、交通事故で家族を失った人が、事故を起こした人を許せないように、感情にまとわりつかれた状態で正常な判断ができない事例など枚挙に暇がありません。

    怖いのは、感情的なラベル張り、つまり差別をしている人たちを見ていると、自分の中で無意識にそういう認識が生まれてしまうことだと思うのです。AI論争で言えば「クリエイターはAIを敵視している」なんて認識さえ、Xのタイムラインで見かけているからこそ感じてしまうことでもあります。これは自身の意見を肯定するポジティブなものでさえそうなのです。

    ピンチョス太郎さんは、このエッセイで語られた実体験の血肉がありますから、そうしたものに流されない何かを抱いていらっしゃると思うのです。お話を読んだ程度で軽々にこうした評価をするのはもしかするとご不快かもしれませんが、私からすると、その見識を礎として身に付けていらっしゃることが羨ましくも思えるのです。

    これまで注ぎ込んだものは多かったと思います。そしてそれだけの価値があるものを持っていらっしゃると、私は思うのです。

    作者からの返信

    たねありけさん
    感想ありがとうございます。

    おっしゃるとおり、世の中から差別は消えることはないでしょう。
    そして、人はいつでも、その流れにあって簡単に乗ってしまうくらいには強くないと考えています。

    流されないでいられるのは、過去の経験や今現在大切にしたいと考えているものがあるからだと考えています。

    私にとっては、マスターとのつながりもその一つです。
    マスターの投稿を見ていると、背筋が伸びる思いを抱きますから。

    価値のあるものを持っていると評してもらえ、とても嬉しいです。

  • 境界線は曖昧への応援コメント


    発信してくださりありがとうございます。とても共感できる内容でした。
    お母様はきっと、色々なことを諦めざるを得なかったのだと思います。(だからといって暴力はいけないことです)

    区別との境界、曖昧ですよね。差別は無くならないと思います。ただ、差別を嘆くよりも、それぞれができることをやっていくべきだと、当事者家族として思います。

    本人はできることをする。できることを増やす。手伝ってもらったら感謝する。
    家族は「できない」と諦めない。できるよう付き合う。手伝ってもらったら感謝する。
    支援する側は配慮しすぎない。一人一人を個人として扱う。手伝えるなら手伝う。

    私も小説を書いています。読んでいただけると光栄です。(宣伝すみません)

    作者からの返信

    山喜しゅうさん
    感想ありがとうございます。

    なんでも支援することと、必要なことをできる範囲で支援することは違いますよね。
    優しい虐待という言葉がありますが、全てを支援すると、その道になりかねません。

    匙加減は難しいですが、忘れないようにしたいです。


  • 編集済

    境界線は曖昧への応援コメント

    >『障がい者の家族』というラベルを利用して自分の要求を通そうとする人は、残念なことに、今も多いです。
     私個人としては『障害者』という言葉に、何も思うことはありません。
     そんなことで差別だなんだと主張するくらいなら、実際に受けている差別的な視線や直接的な言動の方がよほどどうにかしてほしい。

    死っぬほどよく分かります!
    私の家族も足が使えないので、私が半介護のような状態で必然的にそういうコミュニティの一部と関わるんですが、残念ながら特権階級の様に振舞う人も少なくないです。

    何故そんな言葉に反発するのかって人も少なくありません。そして当事者がいかに迷惑がっている事を見ていないんですよね。

    全てとは言いませんが差別を嫌う人は、平等な社会でなく差別と闘う自分が好きなだけで、当事者の大変さや重さを抱えてくれた人なんてごく少数です。
    そう言ったアジテーションやプロパガンダに、ハンデを背負った人を利用する人は好きではありません。

    そう言った環境で生きてきて、いつしか

    「人の痛みはその人だけのもの」

    「痛みを知る事は出来ても理解は別、同情は理解ではない」

    他人の痛みを分かった気になるのは、一見美しいが、
    恐ろしくて傲慢な事、と思うようになりました。
    最後のAI関係の分断と争いの感想のお言葉もとても身につまされます。
    何故そんなに分断するのか何故そんなに争い合うのか。
    あの人達は何を目的に話しているのかわからなくなります。

    とても良いテーマのエッセイで読めて良かったと思います。
    お兄様の事も含めて私個人のささやかなものですが黙祷と貴方の人生に幸多からんことを願います。

    作者からの返信

    みずたまさん
    感想ありがとうございます。
    凄く嬉しいです。

    私自身、人の痛みには敏感になりつつもわかったフリだけは辞めようと考えてます。
    自分は違うのですから、完全な共感なんてできませんからね。

    みずたまさんとご家族の方の心の平穏を祈念しております。

  • 境界線は曖昧への応援コメント

    お久しぶりです。
    ピンチョスさんの考え方、とても好きです☺️
    差別と区別、人によって考え方が違うということもあり難しい問題ですよね。

    僕は誰にでも差別意識はあると思ってます。表に出さない、もしくは意識してなかったとしても、自分が誰かより上にいるというだけで、人は気持ちに余裕が生まれると思うからです。
    今は昔より、多様性という言葉が広まったこともあり、表向きの差別は減ったとは思います。
    でも、多様性を重視するあまり、本来なら不要なところにまで行き過ぎた配慮を求めすぎな気がしています。それにより世の中におかしな歪みが出てしまい、逆に生きづらさを覚えることがある気もします。
    差別はあるのです。生き物にはある意味それが当然なんだと思います。
    でも、人を傷つけないよう心がけてほしい。
    ピンチョスさんの言う通り、必要なのはほんの少しの気遣いだと思います。
    皆がお互いに思いやりを持てるようになれば素敵な世の中になると思ってます。

    変なことを長々書いてしまいすみません🙇
    とても素敵なエッセイでした!

    作者からの返信

    西東キリムさん
    感想ありがとうございます。

    人の心にある醜いところから目を逸らしてはいけませんし、それが当たり前として慣れてもいけないと考えてます。

    せっかく考えられる能力があるのだから、最後までよりよく生きられるように試行錯誤したいなと思います。

  • 境界線は曖昧への応援コメント

    同じ病に罹り、同じように片胸を切除した母は、手術を終えて帰ってきた後、私に当たり散らしました。
    なんの覚悟もなく死を突きつけられて、死なないために切除した、ただの結果です。
    それでも、苛立ちや悲しみの全てをまだ子供だった私に吐き出して当たりました。
    私は母が嫌いですから、自分が同じ病で、同じ結果になった時に「あんな無様だけは晒してたまるか」とうっすら思ってましたよ。

    ……家族であっても、私はその程度の感情しか持てなかったのです。
    父が急逝した時も涙すら出ませんでした(体調は悪くなりましたが)し、そんな私を母は「薄情だ」と詰ったのです。
    おそらく、母にとって私は感情を見せない、気味の悪い出来損ないの子供だったのでしょう。
    家庭内でのきょうだい差別を私は受けた側です。
    だからこそ、この作品にあなたの真摯な人間性を感じ取りました。
    無責任なことは言えません、ですが、お兄様は人間として、兄として接されたことを誇りに思って旅立ったのではないかなとぼんやり思いました。

    作者からの返信

    西海子さん
    私は今も生命というステージに立ち、先日ひとつの良き知らせを受けるに至ったあなたを尊敬しています。

    私も決して褒められた人間ではありません。
    でも、今向き合えている人には最低限の誠実さを示したいと考えています。

  • 境界線は曖昧への応援コメント

    最近、なぜかよく思い出すんです。
    小学一年生、初めての隣の席はいわゆる、支援学級に行かないまでも、軽度の、そんな子でした。
    よく机にここまでが僕のテリトリーだ!入ってくんな、と境界線を引かれたのを思い出します。
    言い返せなかったんですね。言葉はあまり話さない子でしたが、なんか分かった。
    だからか、ちょっぴり私は幸せかもしれない、そういった意味では人を区別する考え方はあまり育たなかった。普通とか、違うとか。
    真横にいれば普通の子だった。何をするのもちょっとスローだし、こだわりが強いみたいだったけど、普通だと思ってた。
    あの子がお隣さんで私はよかったんだと思います。
    私だって誰かから見れば普通じゃないかも。
    なんかよく分かんない感想を寄越してすみません。
    あ、彼はね、元気に仕事してるみたいですよ。たまーに見かけるんです。
    声かけても覚えてないだろーなぁ…だって小学生だったもの。

    よかったら楽しかった思い出とか、聞いてみたいです。
    無神経なことを書いてしまっていたらすみません。

    P.S.大人になれているか自信がないですが、大人の方が平気で人を傷つける気がします。
    そんなふうには生きたくないですが、踏み躙られると頭の中でジョンウィックが流れます。笑

    作者からの返信

    バーニーマユミさん
    思い出を共有してもらえて嬉しいです。
    フラットな見方をされてるのは素晴らしいことだと思います。

    そして今も、同級生の方が元気で仕事されてるのは素敵なことですね。

    感想ありがとうございます。

    追伸部分、時にはジョン・ウィックが必要ですよ(笑)

  • 境界線は曖昧への応援コメント

    コメント失礼いたします。
    深く考えさせられ、刺さりました。
    「人の痛みは本人にしかわからない」。「人は優劣から逃れられない」。
    当方の実感です。父の自死後、私に「かわいそう」と言い、勝手に優位に立つ人々を恨み。我が子の1型糖尿病発症後は健康な子供を妬み。より重い病気の子供を見て安堵すら覚える、己の心の醜さに愕然とし。人間の業の深さを感じています。
    本文中にあります『人として尊重』。まさにこれが、互いを無駄に傷つけ合わないためのルールだと思います。お兄様の魂の安寧をお祈りいたします。
    長文お許し下さい。読ませていただき、ありがとうございました。

    作者からの返信

    ナカメグミさん
    私にはわからない苦労をされているのは察してあまりあるので軽々しいことは言えませんが、十分以上にご自分のすべきことに向き合っている印象があります。
    どうか、ご自分へのヘイトは避けて、創作にぶつけてもらえればなと思うばかりです。

    感想ありがとうございます。

  • 境界線は曖昧への応援コメント

    とてもいいエッセイだと思いました。
    私の父も幼い頃から足が悪いのですが、私が子供の頃につい足音がうるさいと言ってしまったことがあり、それは大変傷付けただろうなと思っています。すぐに私が平謝りしたとしても。
    私の思いや考えを言語化していただいたような思いです。
    私も妻から今日のごはん美味しいと言われてムッとしたことがあります。本当にいつも通りなので、「一緒やで」と突き放して言ってしまうことがあるんです。いつもは美味しくないのかとは言いませんが。お母様のエピソードを読んでそんなことも思ってしまいました。

    作者からの返信

    日向風さん
    ご飯のエピソード、作る側からしたらまた印象違うこともあるのでしょうね。
    ムッとする気持ちはわからなくもないです。
    ただ私の場合、母なんだから子どもを殴るなよとは、大人になって心から思います(笑)

    感想、ありがとうございます。

    編集済
  • 境界線は曖昧への応援コメント

    ピンチョスさま、お世話になっております。
    私は精神や知的障がいのある方の入所施設で働いております。
    ご家族の皆さまのご苦労、身体的には勿論ですが、特に気持ちの上での辛さは相当なものであると思います。
    勝手な感想になってしまいますが、お兄さまはピンチョスさまに個人の人格として尊重されて幸せだったと思いました。
    学びになる作品をありがとうございます。
    (もしご不快でしたら申し訳ありません……!)

    作者からの返信

    月兎耳さん
    それこそ簡単にはいえませんが、大変なお仕事をされているのですね。
    本当に頭が下がります。

    感想、不快に思うことなんてありません。
    とてもありがたいです。

    兄が笑ってくれていればいいなと思います。