醜い遺言への応援コメント
まな板の鯉、価値のない消耗品と、死にかけるたびに自分に言い聞かせ、問いかけてきました。普段から付き合いのある友人三名が殺され、私も様々なトラブルで死にかけたことがあります。どれも、マニラで暮らしていた頃の話しです。私は今75歳、何とか生き延びてきました。先立った友人のことは、いつも考えています。妻も十五年前に脳腫瘍で死にましたが、今でも代わりに私が死ねば良かったと思います。しかし、しか
作者からの返信
どう生きようが結局死はやってくる。それだけは生物としては受け入れざるを得ない運命です。
代わりに死にたかった。そう言えるのは生者だけです。もし、代わりに死ぬことができて、死者が生き返ったとしてもその者が思うのは同じようなことだと思います。
いち高校生の言葉なので真剣に全てを受け入れろとは言いません。
でも、生きてください。生き続けてください。死者のことを想うことができるのは生者だけなのですから。
醜い遺言への応援コメント
甘袮 ちはる(かずのこ)様
主人公の裸の魂の叫びが文体を通して、ひしひしと伝わってきました。
死とは何か・・・とても考えさせられる一篇でした。
作者からの返信
甘祢の作品でも人は死ぬので改めて視線を変えて書いてみました。
本作の反対のものとして【天国幸福論】も書いたのですが、『死』というものに対する正しい向き合い方は理解しきれないですね。
人によっては救いかもしれないし絶望かもしれない。
正解がわかる日は一生来ないと思っています。
コメントありがとうございましたm(_ _)m
醜い遺言への応援コメント
死、色々このサイトで見せてもらい自分でも深めているのですがこれ程に人が分かるものはないですね。軽く扱っても神聖でもいけない、かといって直視すれば引きずり込まれる。無視は冒涜となる。視点を変えて、とあるので貴方の本当は分かりませんが少なくともこの文の後悔は本当だと伝わりました。よろしければこれを深める、もしくは貴方の死生観というものを聞かせて頂けないでしょうか。死とは何でしょうか?忌み嫌うべきもの?受け入れて見なかったことにする?それとも…
作者からの返信
死に対する気持ちは「どう生きてきたか」によって変わるのではないか、と考えています。
本作の他に【天国幸福論】という作品を執筆しているのですが、そこでは『死』が恐怖である理由は『未知』『痛覚』『後悔』に大きく分けられるとしました。
本作は『後悔』を強く書いた作品ですね。
詳しいことは【天国幸福論】に書いてありますがこの三本柱を全て乗り越えると『死』は忌み嫌うものではない。決して『悪』として決めつけるものではない。そう書きました。
ただ、普通の人間はこの三本柱を乗り越えることは不可能と言ってもいい。どう理屈で分けたって『死』は恐ろしいものなんだと。これは生物として本能に刻まれているので仕方ないのです。
結局は『死』というものが何なのかは生者には一生理解されないと思っています。人によっては『悪』であるし『良』でもある。
どんなにそれらしい意見があっても最終的には人次第。『死への正しい答え』というのは存在しないのでしょうね。