後編 引き出しの中の二種類の封筒への応援コメント
これは田中健のとても個人的で内省的な物語ですが
誰の中にも似た様な心の葛藤がある様に思います。
不器用だけれども愛情のある両親や周囲の人たち。
彼はその至極普通の日々と、そこからの脱却を
そっと箪笥に蔵う。ラストの🎃パイを貰うシーンに
『ヒトは決して弱くもなければ一つ所に留まりは
しないのだ』という希望の光が見えます。
作者からの返信
小野塚さん、お読みいただきありがとうございました。
そうなんですよね。人生のどの局面においても、たびたびタイガー・スープレックス・ホールドを決められてしまう状態はあります。その度に諦める人というのは少なくて、みなそれぞれのやり方で足掻くしかない。それがこの作品のテーマの一つではありますが、そのほかにも健のような少年たち、あまり言葉を持たない者たちに物語がないのかというとあるんだと思います。彼らは語れない代わりに身体を動かします。その動きが物語であって、物語は言葉に巧みな者だけの特権ではないということも込めてみました。
結局、健はまだ何も決められていませんが、食べるという行為は彼なりの歩みであり前進であって、決して怠惰ではないという動きで締めましたが、ちょっと純文学寄り過ぎたのか、あまり読まれません。でも少なくても読んでいただける方が一人でもいれば本当に十分だと思います。ありがとうございました!
後編 引き出しの中の二種類の封筒への応援コメント
綺麗にまとまったお話だなあと思いました。
健の外側から冷静に俯瞰しているような手触りで、ブラウン管越しに興行を見ている印象です。
末尾まで読んでからタイトルを振り返ったときに、周りが沸き立つなかで自分一人が背筋を伸ばして座って、膝の上で拳を丸めている。そんな読後感でした。
作者からの返信
白縫いさやさん、お読みいただきありがとうございました。
この作品、最初はプロレス小説を目指したんですが、推敲の過程でどんどん読者への導線や説明描写を削っていって、エンタメどころか正直純文学としてもどうかというぐらい語りの少ない小説になりました。最近この種の作品はほぼ読まれないのでそういうものだと受け止めていましたが、読み終わってタイトルにまで立ち返って頂ける読書をしてもらえて、書いた甲斐がありました。
もう少し脱線とか、サイドストーリー的なものがあってもいいのかもしれませんが、そもそも健がストイック過ぎて興味ないだろうと思い、思いのほか整った構成になりました。これはこれで良かったかなと今でも思います。