2026年8月23日 10:41
【サザンの楽曲「勝手に小説化」シリーズ(26)】『悲しい気持ち(Just a man in love)』(原案:桑田佳祐)への応援コメント
こんにちばー(^^)/【『悲しい気持ち(Just a man in love)』】拝読致しました<(_ _)>演劇…個人的には未経験の世界です。中学の時の学園祭…クラスでは『合唱』か『演劇』を選択で、演劇でしたけど…僕は照明係でした。照明係って、本番まであんまりすることが無くて…結局、大道具係が舞台装置を作るのを手伝ったりしていました。主人公の“二浪さん”と同じ『裏方』ですね。恋する二浪さん…夏美さん、彼氏がいたのか。そうですね。人生という舞台は…脚本がありませんから、どうなるかわからない。わからないですが、それでも…だいたいは『通例通り』になるものです。でも…それを恐れていては、役者が廃る。二浪さん…結果的にはリア王の叱責から夏美さんを救いましたし…バイクで送ったりして、夏美さんとは一層近しくなれました。夏美さんもきっと…二浪さんの気持ちに気付いていた。更に…自分にも二浪さんへの恋心が芽生えていたことを、自覚していたのでしょう。でも彼女は…彼氏と同棲中。だからこそ…「ダメよ。それ以上は言わないで…」そう言うしか、なかったのでしょうね。なんて切ない…。最後の一行の…『今まさに、私の不思議な「恋」も幕を閉じようとしていた…』閉じられる…ものなのでしょうか?確かに…ソレは人それぞれ、ケースバイケースでしょうけど…「これほど人を好きになる事は有るのだろうか…」と仰るほどの恋を『閉じる』ことって、できるのかな?こんな疑問を述べる理由は…以前申しあげました…今…【藍色の月】の完全改訂版を再々再々推敲していると。その旧版の最終章…【第三十七章(最終章) 哀しみの千鳥ヶ淵】の後半の総括部分に於いて、薄川は…「キレイに終わらせたい」がために『噓ばっかりのキレイゴト』を書いておりました。『キレイゴト』とは…「れいくんが救われた」です。事実は…「れいくんが崩壊した」だったのに。故に…その部分はすべて削除して、書き直したのです。(まだアップはしておりませんが)その推敲版の中で、れいくんは…『恋に幕を閉じる』ことが、出来なかったままで最終章を終えています。尚且つ…【藍色の月】の中のれいくんは、僕と…薄川零と同一人物ですから…僕は今でもその恋には…幕を閉じることが出来ずにいるのですよ。すみません…サザン小説ですからね。ふと疑問に思ってしまったもので…続きがあるようですね。また拝読致します<(_ _)>
作者からの返信
コメント有り難うございます!!私も、演劇はあまり経験は無かったのですが、大学時代の一時期、ちょっと演劇をかじっていた事が有りまして!今回の『悲しい気持ち(Just a man in love)』の小説は、その時の「実体験」が元になっている部分も有りますね。詳しくは、この次の記事に、「舞台裏」として書いてますので、宜しければ、お読み下さい(笑)。さて、語り手の「二浪」さんと、ヒロインの夏美ですね、この小説のポイントは、この二人の関係性ですが、元々、夏美の事が好きだった彼に対して、夏美は、果たして、彼の事はどう思っていたのか…。これはもう、夏美の方も、憎からず思っていたというか、好きにはなっていたと思います。そして、ここだけの話(?)、このエピソードも、実を言うと、私の知り合いから聞いた話が元になっております。その方は、役者さん…舞台女優のような方なのですが、共演者を、好きになる事は無いとは思っていたけど、共演して行く内に、その人の事を、共演者としてだけではなく、異性として見てしまい、好きになってしまうというか…。「果たして、これは共演者として好きなのか、異性として好きなのか…」と、何とも言えない気持ちになった事が有るそうです。これはもう、経験した人しかわからない境地かもしれませんね…。特に、夏美のように、決まった相手が居る場合、他の人を好きになってしまうのは良くないというか、ブレーキをかけてしまうというか…そういう事は有るのかなと思います。あと、やっぱり、この小説の主人公達(※つまり、夏美と「二浪」さん)のように、共に困難を乗り越えて来た間柄には、特別な絆が生まれると思うんですよね。だから、そんな二人が惹かれ合うのも、ある意味、当然かもしれませんね…。それと、れいさんがおっしゃっている、彼の最後の台詞…。これはもう、れいさんのおっしゃる通りというか、恐らくこの台詞は、彼の精一杯の「痩せ我慢」なのかなと。無理矢理にでも幕を閉じさせないと、先に進めないというか…。本当の意味では、彼の中では、幕は閉じていないと思いますね。こうでも思わないと、彼は、決着は付けられなかった…だからこそ、こう思うしか無かったのではないかなと思います。本当に、大好きな相手だったからこそ、その恋の終わりは、「キレイゴト」では終わらないと思うのです。やっぱり、大好きな相手との恋が破れてしまった場合、心は傷付きますよ、それは…。それを、どうにかして乗り越えるために、この小説の彼は、「幕を閉じた」という表現をしたのかな…と思います。でも、それは彼の本音じゃなくて、そう思うしか無かった…という事でしょうね…。…という事で、れいさん、この点について、掘り下げてコメントして頂き、有り難うございました!!
【サザンの楽曲「勝手に小説化」シリーズ(26)】『悲しい気持ち(Just a man in love)』(原案:桑田佳祐)への応援コメント
こんにちばー(^^)/
【『悲しい気持ち(Just a man in love)』】
拝読致しました<(_ _)>
演劇…
個人的には未経験の世界です。
中学の時の学園祭…
クラスでは『合唱』か『演劇』を選択で、演劇でしたけど…
僕は照明係でした。
照明係って、本番まであんまりすることが無くて…
結局、大道具係が舞台装置を作るのを手伝ったりしていました。
主人公の“二浪さん”と同じ『裏方』ですね。
恋する二浪さん…
夏美さん、彼氏がいたのか。
そうですね。
人生という舞台は…
脚本がありませんから、どうなるかわからない。
わからないですが、それでも…
だいたいは『通例通り』になるものです。
でも…それを恐れていては、役者が廃る。
二浪さん…
結果的にはリア王の叱責から夏美さんを救いましたし…
バイクで送ったりして、夏美さんとは一層近しくなれました。
夏美さんもきっと…
二浪さんの気持ちに気付いていた。更に…
自分にも二浪さんへの恋心が芽生えていたことを、自覚していたのでしょう。
でも彼女は…彼氏と同棲中。
だからこそ…
「ダメよ。それ以上は言わないで…」
そう言うしか、なかったのでしょうね。
なんて切ない…。
最後の一行の…
『今まさに、私の不思議な「恋」も幕を閉じようとしていた…』
閉じられる…ものなのでしょうか?
確かに…ソレは人それぞれ、ケースバイケースでしょうけど…
「これほど人を好きになる事は有るのだろうか…」
と仰るほどの恋を『閉じる』ことって、できるのかな?
こんな疑問を述べる理由は…
以前申しあげました…
今…【藍色の月】の完全改訂版を再々再々推敲していると。
その旧版の最終章…【第三十七章(最終章) 哀しみの千鳥ヶ淵】の後半の総括部分に於いて、薄川は…
「キレイに終わらせたい」がために『噓ばっかりのキレイゴト』を書いておりました。
『キレイゴト』とは…「れいくんが救われた」です。
事実は…「れいくんが崩壊した」だったのに。
故に…その部分はすべて削除して、書き直したのです。(まだアップはしておりませんが)
その推敲版の中で、れいくんは…
『恋に幕を閉じる』ことが、出来なかったままで最終章を終えています。
尚且つ…【藍色の月】の中のれいくんは、僕と…薄川零と同一人物ですから…
僕は今でもその恋には…
幕を閉じることが出来ずにいるのですよ。
すみません…サザン小説ですからね。
ふと疑問に思ってしまったもので…
続きがあるようですね。
また拝読致します<(_ _)>
作者からの返信
コメント有り難うございます!!
私も、演劇はあまり経験は無かったのですが、
大学時代の一時期、ちょっと演劇をかじっていた事が有りまして!
今回の『悲しい気持ち(Just a man in love)』の小説は、その時の「実体験」が元になっている部分も有りますね。
詳しくは、この次の記事に、「舞台裏」として書いてますので、宜しければ、お読み下さい(笑)。
さて、語り手の「二浪」さんと、ヒロインの夏美ですね、
この小説のポイントは、この二人の関係性ですが、
元々、夏美の事が好きだった彼に対して、夏美は、果たして、彼の事はどう思っていたのか…。
これはもう、夏美の方も、憎からず思っていたというか、好きにはなっていたと思います。
そして、ここだけの話(?)、このエピソードも、実を言うと、私の知り合いから聞いた話が元になっております。
その方は、役者さん…舞台女優のような方なのですが、
共演者を、好きになる事は無いとは思っていたけど、共演して行く内に、その人の事を、共演者としてだけではなく、異性として見てしまい、好きになってしまうというか…。
「果たして、これは共演者として好きなのか、異性として好きなのか…」
と、何とも言えない気持ちになった事が有るそうです。
これはもう、経験した人しかわからない境地かもしれませんね…。
特に、夏美のように、決まった相手が居る場合、
他の人を好きになってしまうのは良くないというか、ブレーキをかけてしまうというか…そういう事は有るのかなと思います。
あと、やっぱり、この小説の主人公達(※つまり、夏美と「二浪」さん)のように、
共に困難を乗り越えて来た間柄には、特別な絆が生まれると思うんですよね。
だから、そんな二人が惹かれ合うのも、ある意味、当然かもしれませんね…。
それと、れいさんがおっしゃっている、彼の最後の台詞…。
これはもう、れいさんのおっしゃる通りというか、恐らくこの台詞は、彼の精一杯の「痩せ我慢」なのかなと。
無理矢理にでも幕を閉じさせないと、先に進めないというか…。
本当の意味では、彼の中では、幕は閉じていないと思いますね。
こうでも思わないと、彼は、決着は付けられなかった…だからこそ、こう思うしか無かったのではないかなと思います。
本当に、大好きな相手だったからこそ、その恋の終わりは、「キレイゴト」では終わらないと思うのです。
やっぱり、大好きな相手との恋が破れてしまった場合、心は傷付きますよ、それは…。
それを、どうにかして乗り越えるために、
この小説の彼は、「幕を閉じた」という表現をしたのかな…と思います。
でも、それは彼の本音じゃなくて、そう思うしか無かった…という事でしょうね…。
…という事で、
れいさん、この点について、掘り下げてコメントして頂き、有り難うございました!!