『私しかいない』への応援コメント
おおっと、根古野さん、これは印象的なホラーですね。どこか純文学チックで。
登場人物それぞれの人格が、記憶が、混沌として混じり合い、交錯して、得も言われぬ読後感に繋がっています。
様々な人物の心情が、同一の一人の視点で語られる構成が斬新でした。
わたくし程度の読解力では、必ずしも、論理の整合までは至らなかったのですが、おそらくそんなところには意義を置かれた小説ではないでしょうし、「ほえー」って読むのが正しいですね。
木山さんのレビューから読みにきて正解でした。
木山さんのレビューに外れ無し。
もちろんお星様も入れておきますよ。
それではまた!
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。
読後になにか考えが広がるような物語を目指していたので、純文学チックと評していただけるのはとても嬉しいです。
純文学の定義については、まだまだ勉強中ですが(笑)
理屈っぽい物語ばかり考えてしまうので、人間描写の名手の小田島さんに楽しんでいただけたのも嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございました!
『私しかいない』への応援コメント
こんにちは、根古野 さん
コメント失礼します。
個人的にすこぶる好きなジャンルのホラーでした。
概念を怖がる感じがしました。
本作で扱う主題は、SF小説にままあるものですが、これをホラー小説に用いた例は寡聞にして私は知りません。
本来的には原初への回帰とか、合一性の獲得とか喜ばしい神秘として語られがちな概念をホラーとする。
この着想に、ただもう感服した次第です。
切り口や演出でアイデアは幾らでも変質させられる、良い例示でした。
楽しく拝読いたしました。
ありがとうございました。
作者からの返信
コメント、そして素晴らしいレビューまでありがとうございます。
一人の「私」として生きている側から見たとき、合一や根源への回帰を本当に自覚してしまうことは、果たして救いなのだろうか。
まさに、そんなところに感じた恐ろしさから着想した物語でした。
「概念を怖がる感じ」という言葉は、まさにこの物語で目指していたもので、とても嬉しいです。
「私しかいない。ずっと私しかいない。だから私は私を忘れる。」というレビューのタイトルは、この物語のずっと奥にあるものまで的確に言葉にしていただいたような気がします。
深く読み込んでいただき、感激しております。
『私しかいない』への応援コメント
同じことを考えたことがあります。もしも世界中の人間が、何度も転生している私自身だったら?と。
「我、思考する。故に我あり」という言葉がありますが、思考するだけで私が私になるのは、宇宙全体の「時間」が物差しの端から端へと進むような単一の動きである場合のみです。
そして、世界がそんな単純な作りであるとは、私自身の複雑怪奇な内面を見る限り、どうしても思えません。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
時間を超越して順番に全員を生きるのか、自覚がないだけで同時に全員として存在しているのか。
どちらであっても、そのことを自覚してしまった先にある孤独と虚無は、とても恐ろしいですね。
『私しかいない』への応援コメント
コメント失礼いたします。
この世界は誰かが見ている夢である、という仮定がありますね。その者にとっては内から湧き出した人々だから、全てが自分と同一であると言えるでしょう。
そういった者は、おそらく神と呼ばれるのでしょうね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
たしかに、それを「神」と呼ぶこともできるのかもしれません。
この世界は誰かが見ている夢であるという仮説は、小説の作者と、その創作世界に生きる登場人物の関係にも、どこか似ているように思います。
作者にとってはすべて自分から生まれたものでも、登場人物にとっては、その苦しみも愛も紛れもなく自分だけの人生です。
ただ、一人の人間として生きる側からすれば、自分がその「神」でもあったと自覚させられることは、果たして救いなのでしょうか。
自分と他人、その境界さえ自分が作ったものだと知ったとき、「私」はどこまで残れるのか。
神になるより、神だったことを思い出してしまう。
今の私には、その方が恐ろしく感じられます。
『私しかいない』への応援コメント
怖いですね。しかも、読み終わってから考えるほど怖くなる作品でした。
最初に二人の血が混ざって境目がなくなり、やがて視点が混ざり、記憶が混ざり、最後には自分と他人の境界まで消えていく。この構成が見事ですね。
特に印象に残ったのが、「一つの声が、もう一つの声に届くまでに、間があった」というくだりです。
考えてみれば、誰かを愛するにも、憎むにも、抱きしめるにも、自分と相手の間に距離が必要なんですよね。
全部が一つになれば、互いを完全に理解できる。けれど、完全に理解できてしまったら、もう相手に何かを尋ねる必要も、答えてもらう必要もない。
それは究極の理解であると同時に、究極の孤独でもあるように感じました。
そして、母親の「あなたは、あなたなんだから」という言葉。
ここがとても好きです。
世界のすべてを「私」へ回収しようとする物語の中で、この言葉だけは、相手を「あなた」と呼んでいるんですよね。
「あなた」と呼ぶことは、自分とは別の存在として相手を認めることなのかもしれません。
もう一つ気づいたのですが、主人公は必死に自分の名前を思い出し、守ろうとしているのに、読者には最後までその名前が明かされませんでした。
これも面白いです。彼の人生を追ってきた読者でさえ、彼を名前で呼び止めることができない。
そして何よりぞっとしたのが、巨大な「私」が抱く「満足」です。
あれほど苦しんだ一人の人生を、終わった物語を味わうように満足して眺める。
でも、そう考えた瞬間、読者である自分も怖くなりました。
この主人公の苦しみを描いた物語を読んで、「面白かった」と感じているわけですから。
もしかすると、読者自身も、ほんの少しだけ巨大な「私」と同じ側に立たされているのではないか、と。
最後の母と赤ん坊が見つめ合う場面も印象的でした。
根源では一つの「私」なのに、そこには確かに見つめる者と見つめられる者がいる。
最初に失われた境界が、今度は二人の視線の間に生まれ直しているようにも感じられました。
一つの生命しか存在しないという壮大な設定で、結局問われているのが、一人の人間として存在することの意味なのかもしれませんね。
読み終わっても、なかなか頭から離れない作品でした。
作者からの返信
フミオ オーガスタさん、コメントに加えて素晴らしいレビューまでありがとうございます。
ここまで深く読んでいただけたことに、感激しております。
「あなた」と呼ぶことそのものが相手を自分とは別の存在として認めることではないか。
すべてが「私」へ溶けていく中で、それでも一人の「あなた」として存在することに意味を見いだしたい。
まさに、この物語で描きたかったものの一つです。
そして、巨大な「私」の「満足」と、物語を読んで「面白かった」と感じる読者の立場を重ねていただいたところには、私自身もぞくりとしました。
物語の外側から主人公の人生を眺め、その苦しみまで含めて一つの物語として味わうという意味では、作者も読者も、少しだけ巨大な「私」の側に立っているのかもしれません。
主人公の名前についての着眼や、最後に二人の視線の間へ境界が生まれ直すという感想も、とても印象に残りました。
丁寧に読み解いてくださり、本当にありがとうございました。