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  • 第4話 アンチの意味への応援コメント

    視点として、理解力が何かということが抜けてる気がします。
    私が思うに理解するには知識か感性が必要です。
    他作品の知識で理解を深める。
    感性は知識とは違う経験だと思ってます。
    その人の人生から生み出されるものだと。

    つまり、理解される知識をもった人、または自分の感性に刺さった人が多い程、理解の間口は広がるそう考えてます。

    簡単に言うと共感できるかどうかです。
    正の共感がファンで、負の共感がアンチだと思います。
    私はこう思いました。

    作者からの返信

    レビューありがとうございます。
    この返信があなたの言っていることに対してうまく返せていればいいのですが、私が見当違いのことを言っているようであれば申し訳なく思います。

    理解力、という視点は、確かに重要だと思います。
    知識や感性が作品を理解するための『材料』になる、というお考えですね。

    一方で、私自身は、知識や経験があることと、それをもとに作品を理解できることは、少し別のものだとも考えています。
    他作品から得た知識や、自分自身の経験があったとしても、それらを作品の中でどう結びつけるか、別の可能性はないか、全体として矛盾していないか、といったことを考える力が必要なのではないかと思っています。

    私は以前から「ChatGPT かく語りき」シリーズの中で、作品を考察するうえでは「論理的な思考」と「多角的な視点」が大切だと書いてきました。今回はその部分については、すでに何度も書いてきたことなので、あえて詳しく触れませんでした。

    今回いただいた「知識や感性」という視点は、私がこれまであまり掘り下げてこなかった部分でもあり、とても興味深くレビューを読ませていただきました。

    「正の共感がファンで、負の共感がアンチ」という考え方も面白いと思いました。
    私自身、第4話では便宜的に「アンチ=作品を貶めようとする人」という意味で使いましたが、実際には、否定的な評価をしている人がどういう理解をしたうえで、その評価に至ったのかまでは、外からはなかなか分からないと思っています。

    「作品を否定している=アンチ」と分類してしまうと、その人がどういう理解や考えからその評価をしているのかを考える前に、ひとまとめにしてしまうことになる気がします。
    もちろん、本当に作品をおとしめることを目的としている人もいるのでしょうが、否定的な評価をする人をすべて「アンチ」と呼んでしまって、それでいいのだろうか、というのが私の疑問です。

    そういう意味では、「負の共感がアンチ」という考え方も、とても興味深く読ませていただきました。

    今回のレビューそのものが、私とは違う視点から作品の「理解」について考えてくださったものだと思います。
    とても参考になりました。長文失礼いたしました。ありがとうございました。