二話 花びら落とし
「そういえば、今日三件買い付けあった気がする。リラ?」
思い出したといった顔でリラに問えば「そうですよ。二件は昨夜入った買い付けです。もう、ご自分の予定はしっかりと把握なさってください。」と釘を刺されてしまった。
レンは一見商会の仕事を熱心に行っている姉二人と比べたときにあまり働いていないように見られるが、与えられた仕事はしっかり行っている。ただ、’’与えられた’’仕事はこなすが自分からは仕事を増やさない。
「お嬢様は買い付けのお仕事で現場に出ることが、最近多いですね。」
「まぁ、変な値段で売ろうとしてくる人もいるから商会長の娘っていう立場の人間を取引会場に置いておきたいんじゃない?わかんないけど。」
レンの言葉に「それもそうですね。」とリラは言うが、以前レンの仕事に帯同した時によくできた古代陶器の模倣品を見破っていたなと、立場だけで呼ばれているのではないと思っていた。
リラは話は終わったと言わんばかりにレンの頭上に浮いている水の球体を指さしながら
「それはいつまで続けるおつもりですか?」
「もう終わり。ある程度キラキラさせられたし。もういいや。」
やっとここで一週間ほど続いているレンのきらめくオーロラ水の実験は満足したことで終わった。しかし、直ぐに横にあった花を一輪摘み取り、花びらを一枚ずつ正確に落とすいわゆる射的のような術の研究(お遊び)に勤しみはじめるのであった。
ひとしきり遊んだところで、「そろそろ準備しないと。」と立ち上がり、仕事着に着替えるために部屋に戻る。レンの仕事着は深い紺色をベースに作られており、取引の場でも作業の場でも使えるちょうどいいデザインになっている。商会の職員はおおむね同じデザインの服を着用しており、色は仕事内容を表している。紺色は仕入れ・下請取引の担当者が着用している。
***
「おはよう。レンさん。」
「おはようございます。ロドさん香水変えました?」
仕入れ会場へ向かう前に一度所属している部署の部屋に入り、上司のロドリゲスと挨拶を交わす。ロドリゲスとレンは親子ほど年が離れているが、時々世間話に花を咲かせることもあるほど仲がいい。
「、、、、、それで、妻が新しい香水を贈ってくれたのさ。」
「それはよろしゅうございました。」
レンは自分が話を振ったのにも関わらずもう興味が失せたようで、適当に返事をしている。
「あぁ、それはそうと今日の買い付けは染布・塩・香辛料の三つだ。一応机の上に来る店の情報を置いたから目を通しておくように。」
ロドリゲスの指示に「は~い。」と間延びする返事をしつつ、資料に手を伸ばしてページを次々にめくる。
染布の店は二つでどちらも以前から取引がある店だから、一定の品質は保証されてるけど一応検品する予定。塩と香辛料はどちらも一つの店だが初めて買い付けに参加するため検品必須かつ人をみる必要ありそうだな〜。
ページごとに必要な部分に目を通し、注意すべきところには付箋に書き込み貼り付けを行っていく。商会では買い付けを行う職員が事前に資料に目を通し基本の情報を頭に入れておくという決まりがある。いくら相手が下請けであれ、取引の場においては平等であり尊重すべきだからだという商会長スノウの思いがある。
作業を終え、給湯室で朝の紅茶を一杯胃に流し込んでから買い付け会場に向かう。部屋に入ると取引相手になるであろう人物が商品の準備を行っていた。その中から、染布の担当者である中年の女性がレンを見て挨拶をする。
「お久しぶりですね。レンさん。」
「お久しぶりです。お仕事の調子はいかがですか?」
軽い世間話のつもりで話を振れば、店の調子や近頃入った新人の様子など、自分の店のことについて話が膨らんでいく。
レンはこの女性がおしゃべりなことを知っているからこそ話を振っている。周りの他の店の者もこの様子を見れば買い付けを和やかな雰囲気で終えることができそうだと思ってくれることを分かっているのだ。
レンは女性であり、年齢も若いが取引相手になめられることは少ない。もともとこの商会を立ち上げたレンの祖母が女だから、若いからといった理由でおかしな態度をとってくる相手を木端微塵(こっぱみじん)にしてきたからなのか、このティアーズ商会では女のほうが怖いという話がここ十数年で有名になっている。それに加え、現商会長であるスノウもそういった相手には容赦がない。
「ふふっ、それはよかったですね。もっとお話を聞いていたいところですが、そろそろ商品をみていきましょうか。」
レンの前には染布の二店、それぞれの担当者である中年の優しそうな女性二人 。塩の担当者である日に焼けた肌を持つ初老(40歳くらい)の男性。香辛料の担当者の恰幅の良い中年男性が立っている。
一人ずつ商品を持って別室へ来るように言う。最初は塩だ。
初老の男性はこういった取引に明らかに不慣れといった面持ちでレンと向き合う。
商品の検品に入る前に取引成立の場合の契約書と契約内容を男性に提示・説明する。
「、、、、、といったような条件となります。取引の内容に変更を加えたい場合はお気軽にお申し付けください。」
「変更したい部分が、、、、なんですが。」
「もちろんです。その条件ですとこちらなら私たちもありがたいですね。」
丁寧な説明に頷きつつどこか不安な男性だったがレンの柔軟な対応に少し安心した様子。また、レンが商品の塩を検品し始めると商品に自信はあるのか明るい表情になる。
「、、うん、そうですね~なかなかに質がいい塩です。」
レンが検品の感想を述べると男性も笑顔になる。
「私たちは手間はかかりますが、丹精込めて作ってますんで。」
「確かに、これは浜辺で数日かけて作られた塩の味がします、しかし砂の含有量が少し多い。個人的に私は好きですが。では、持ってきていただいたこの二袋に関しては取引対象とさせていただきますが、こちらの一袋に関しては持ち帰ってもらうことになります。」
男性の言葉にうんうんと頷きつつも、問題点も述べる。
浜辺で水を蒸発させる製法。時間をかけないために鍋で水を蒸発させる製法に比べ、風味が豊かで貴族にも需要があるはず。でも、砂の上で作られるため砂が混入してしまうし品質もそれによって安定しないんだよな~。
レンの指摘に肩を落としながらも次の取引ではさらに質のいいものをもってくると約束して男性は帰っていった。ちなみに、取引対象にならなかった一袋の塩に関してはレンが個人的に購入した。
その後、染布と香辛料の取引も無事に終え、レンは商会に戻った。書類仕事をいくつか片付け、明日の予定も確認してから屋敷に戻った。
そして今、夕食の席についている。
「レン。良い塩の取引先を見つけたようね。」
レンを含め家族の一日の様子をそれぞれ話していく。
日常の会話の中にも仕事の話が少し混じっている。家に仕事を持ち込むなという人もいるだろうが、これがヴァレンティア家の日常だ。
***
翌朝、レンは商会の商会長執務室にいた。
「えっ、、、なんて言った?」
スノウの言葉に理解が追いつかないといった表情で言葉を返す。
「だから、レン、あなたには皇宮に言ってもらうことになったわ。」
「皇宮との大がかりな取引が始まったことは知ってるけど、それが関係してる?」
自分の中にある情報からなぜそうなったのか答えを探した結果出た言葉だった。
スノウは悩ましいといった表情でことの経緯を説明する。
「そうね。その取引の最後の条件として商会から一人派遣するっていうものがあるの。その人物の条件が暗に娘や近しい側近をよこせって内容だったの。」
「だからって、私である必要はないんじゃない?大した仕事してないし、私はー」
「とにかく決まったことだから準備をしなさい。」
「.........」
レンが言葉を続ける前にさえぎるスノウ。
「私の考えは聞かないんだね。」
「....レン?........これは商会の仕事よ。資料は部屋に届けさせたからもう仕事は切り上げて屋敷に戻りなさい。」
屋敷に向かう馬車の中でレンは考える。
ついに娘を商売の材料にしたんだねお母さんは。もちろん、恨むつもりはない。商会長として決めたことだろうから。
ーレンはそう思っているー
「あ~、はぁ。」
こうなるんだったら、早めに商会を離れておくんだった。
レンは商会の仕事が嫌いな訳ではない。嫌いではないだけで好きでもない。だから、それ以上でもそれ以下でもない。家の仕事であり、幼い頃から手伝っていたからある程度はでき、自由が利く。ただ、それだけの理由で商会に身を置いていたレンにとっては商会の重要なポストに就きたくないという思いが強い。
レンが感じていた家、商会、家族という環境の心地のよさが一つ花びらのように散った瞬間だった。
無駄の術師 クリオネ @kurione211
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