2026年8月23日 09:57
絶滅した僕の名前への応援コメント
子供の頃から、小学生、中学生、……と付き合いが変わるごとに渾名(呼び名)が変わって行ったのを思い出しました。大人になって友人達との関係も切れ、呼ばれなくなった名前も、いくつかあるんだよなぁと。 それを絶滅と例えたのは、面白いと思いつつも切ないですね。その時間はもう戻ってこないながらも、消えない思い出になるけれども、なんだか博物館に飾られ、現代ではもう見ることのできない恐竜の化石や鳥の剥製のような、そんなもの悲しさを感じます。
作者からの返信
>七洸軍さんありがとうございます。私も小、中、高とあだ名で呼ばれることが多かったんですが、今は地元の友人や知り合いと全く繋がっていないので、「○○さん」と呼ばれるのみです。一旦連絡を取らなくなると、もう繋がる機会がなくなるもので、たまに「ああ、みんなどうしてるかなぁ」なんて思うことがありますね。
2026年8月7日 21:51
タイトルの意味は何だろうと思っていましたが、本文を読んで理解しました。確かに当人同士の呼び名で、声で、呼び方は一つしかないですもんね。人は二度死ぬ。肉体が死んだ時と誰からも忘れられた時、という言葉(どこ出典かそれこそ忘れましたが……)を思い出しました。すごく素敵で、そして切ない短編でした……!!
>杜侍音さんコメントありがとうございます。友人が子供の名前で凄く悩んでいた(いい意味で)のをきっかけに、書いてみました。「名前は一生付き合うものだから、命や魂と同じだ」と。
絶滅した僕の名前への応援コメント
子供の頃から、小学生、中学生、……と付き合いが変わるごとに渾名(呼び名)が変わって行ったのを思い出しました。大人になって友人達との関係も切れ、呼ばれなくなった名前も、いくつかあるんだよなぁと。
それを絶滅と例えたのは、面白いと思いつつも切ないですね。その時間はもう戻ってこないながらも、消えない思い出になるけれども、なんだか博物館に飾られ、現代ではもう見ることのできない恐竜の化石や鳥の剥製のような、そんなもの悲しさを感じます。
作者からの返信
>七洸軍さん
ありがとうございます。
私も小、中、高とあだ名で呼ばれることが多かったんですが、今は地元の友人や知り合いと全く繋がっていないので、「○○さん」と呼ばれるのみです。
一旦連絡を取らなくなると、もう繋がる機会がなくなるもので、たまに「ああ、みんなどうしてるかなぁ」なんて思うことがありますね。