応援コメント

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  • 伊賀への道への応援コメント

    自主企画に参加いただきありがとうございます。評価は近況ノートで記載させていただきました。
    歴史もののミステリーということで、言い回しは読み慣れていませんでしたが、敬遠せずに読んでみると、普通にミステリーとして楽しめそうだと思いました。
    これからも執筆頑張ってください。

    作者からの返信

    感想コメントいただきありがとうございます。これからもお互い創作活動頑張りましょう

  • 訂正のない訂正への応援コメント

    序盤の感想のため的外れだったらすみませんが、謎や情報の整理が分かりやすく、推理しながら読むのが苦手な推理小説ファンの自分でも考えながら読めてとても面白いです!これからの更新分も楽しみに見させていただきます!

    作者からの返信

    感想コメントありがとうございます。これからもお互い創作活動頑張りましょう

  • この機を逃せばへの応援コメント

    杉山薫さん、このたびは自主企画に参加してくれて、ありがとう。

    『戦国探偵 長谷川三郎太の調査録』、第一部第三章まで読ませてもろたで。

    本能寺の変いう、もう何百年も語られてきた大事件を扱いながら、「誰がやったんか」だけやなく、「残された記録は、ほんまに起きたことをそのまま伝えてるんやろか」というところから探っていくんが、この作品のおもろいところやったわ。

    紙に残ってるから正しいとも限らへん。人が語ったから嘘とも限らへん。むしろ、書き換えられた跡や、消えたもの、曖昧な訂正、さらには人や物の動きまで手がかりになっていく。三郎太さんが追ってるんは、本能寺そのものだけやなく、「人が自分に都合のええ形で歴史を残してしまうんか」いう謎でもあるように感じたんよ。

    今回は「硝子戸の内」やから、その謎解きのおもろさだけやなく、三郎太さんが何を信じ、何を疑い、そのたび誰との距離を意識してるんかまで、夏目先生にじっくり見てもろおうと思う。

    ほな夏目先生、お願いするわ。

    ■ 夏目先生より――硝子戸の内

    杉山薫さん、第一部第三章まで拝読いたしました。

    まず、この作品でわたくしが興味を惹かれたのは、探偵役である長谷川三郎太さんが、決して安全な場所から歴史を眺めてはいないという点です。

    彼は紙を並べ、証言を比較し、記録の不自然な欠落や食い違いを拾います。剣豪のように敵を斬るのでもなく、奇抜な直感によって一足飛びに答えへ至るのでもない。誰が何を書き、何を書かず、どの言葉が後から形を変えたのかを丹念に確かめる。この地味な仕事ぶりが、かえって本作の探偵像を際立たせています。

    しかし、調査が進むにつれて、その冷静な方法そのものが少しずつ揺らいでまいります。

    家康公は本能寺のことを調べるよう命じますが、その目的をすべて三郎太さんへ明かすわけではありません。本多正信さんもまた、答えを与えるより、三郎太さん自身に考えさせるような言葉を選びます。

    そこからは、家康公や正信さんが三郎太さんに一定の信を置いているように見える一方、互いが胸の内をすべて見せているわけではない、微妙な距離が感じられます。

    三郎太さんも命には従う。しかし、命じた側の意図まですべて無条件に信じてはいない。

    同じ側に立っていながら、誰も完全には相手の内側へ踏み込まないのです。

    この距離が、本作の人間関係を面白くしております。

    とりわけ三郎太さんは、自分を冷静な調査者として保とうとします。危険を感じても、それを声高に訴えるわけではありません。状況を見て、相手の目的を考え、自分が次に何をすべきかへ思考を戻そうとする。

    ところが、身体や沈黙は、言葉ほど従順ではありません。

    平静に振る舞おうとする一方で、掌には汗が残る。調査の危険が自分一人では済まないものへ近づいた時には、和葉さんの存在が意識へ浮かぶ。そして外へ向けては平然としていても、夜になればその平静を最後まで保ち切れない。

    わたくしは、こういう食い違いに人間が現れると思うのです。

    人は「怖い」と口にした時だけ怖いのではありません。

    むしろ、怖くない顔を作ろうとした時、恐怖が仕草や沈黙へ漏れ出すことがあります。

    三郎太さんは、理屈の上では調査を止める理由を認めません。しかし身体や私生活への連想は、すでに危険を理解している。その意味では、彼自身より先に身体が答えているとも読めます。

    そして、和葉さんの存在も興味深いところです。

    現段階では、常に物語の前面へ出てくる人物ではありません。それでも三郎太さんが自分の身だけでは済まない危険を感じた時、意識の中へ現れる。

    これは単なる恋愛的な彩りというより、彼に「帰る場所」や「失いたくないもの」があることを知らせる描写として読むことができるでしょう。

    真実を求めることは、何も失うものがない人間にとっては、さほど勇敢な行為ではありません。

    守りたい生活や人間関係を持ちながら、それでも危険な紙を開く。その時初めて、調査には切実さが生じます。

    この部分は、今後さらに育てられそうです。

    現在の三郎太さんは、「考える人」としての顔が非常に明瞭です。その反面、私的な恐れや迷いは、ときおり短く覗く程度に留められています。

    もちろん、感情を長々と説明する必要はないでしょう。本作の硬質な調子を考えれば、むしろ説明しすぎない方が似合っています。

    たとえば重大な情報を得た直後、筆を取るまで一瞬だけ手が止まる。誰かへ文を書こうとして、結局やめる。人前では平然としていながら、夜になると物音へ敏感になる。

    そのくらいの小さな描写でも、三郎太さんの内側は十分に読者へ伝わるように思います。

    本人が恐怖を言葉にしないからこそ、読者だけが一歩先に気づく。この距離が生まれると、彼はさらに人間らしく見えてくるでしょう。

    また、本作では会話の作り方も、この人間同士の距離に深く関係しています。

    家康公も正信さんも、核心をすべて言葉にしてしまいません。

    相手へ問いを返し、試すような言い方をし、ときには沈黙そのものを残します。

    ここで会話は単なる情報伝達ではなく、「誰がどこまで相手へ話すのか」という駆け引きになっています。

    人が真実をそのまま口にするとは限らないという作品全体の考え方が、調査資料だけでなく、登場人物同士の会話にも表れているのです。

    これは非常に相性のよい作りでしょう。

    地の文にも同じ性質があります。

    紙、記録、影、道、物の流れといった具体的なものを通して、三郎太さんの思考が進みます。そのため歴史的事情の説明が多い場面でも、単なる資料解説へ傾きすぎず、「何かが残っている」「何かが欠けている」という感覚が物語の緊張を支えています。

    一方で、調査が進むほど証言や文書、政治情勢、物流などの情報量も増えていきます。

    そのため読者が情報を追うことへ集中しすぎると、ときに三郎太さん本人の存在が少し遠のく可能性があります。

    ここは情報を減らすというより、重要な発見の直後に、三郎太さんが誰を見るのか、何を思い出すのか、あるいは何を言わなくなるのかを一つ置くとよいでしょう。

    そうすれば、情報が単なる謎解きの材料ではなく、彼という人間に作用する出来事になります。

    もう一つ、本作全体に通じる魅力として、「歴史を作った人物たちも、自分自身を完全には理解していないのではないか」という視線があります。

    誰か一人を怪物にしてしまえば、事件は分かりやすくなります。

    しかし本作は、政治的な綻びを読み、好機を見つけ、自分なりの合理性を持って動く人間たちを見ようとしています。

    そう考えると、歴史的大事件も、特別な悪人一人の狂気だけではなく、複数の人間の判断や事情が重なった結果として見えてきます。

    こちらの方が、わたくしにはかえって怖く感じられます。

    人は、自分では合理的に考えているつもりの時ほど、自分の欲や面目や恐れを見落とすことがある。

    本作に登場する武将も商人も役人も、それぞれ自分の立場から世界を見ています。

    そして、その限られた視野が重なって歴史になる。

    では、三郎太さんだけが完全な観察者なのか。

    そこにも本作は少しずつ疑問を置き始めています。

    彼自身もまた、記録を精査すれば真実へ近づけるという信念を持っているように見えます。

    けれども調査を進めるほど、記録を書いた者にも、消した者にも、語る者にも、それぞれ事情があることを知っていく。

    人間の都合を取り除いていけば、最後には純粋な事実だけが残る。

    そのように考えたくなるものですが、人間の歴史はどうもそこまで整然とはしていません。

    誰かの体面、誰かの恐れ、誰かの思い違い、誰かの沈黙まで含めて、その事件であったのではないか。

    三郎太さん自身がその問いへ近づいていることが、第一部第三章までの大きな魅力でしょう。

    本作はすでに、単に「本能寺の真相は何か」という問いだけではない場所へ進み始めています。

    「誰が真実を語っているのか」だけでなく、「人はなぜ、自分に見える形でしか真実を持てないのか」という問題です。

    そして、その問いを追う三郎太さん自身にも、信じたいもの、守りたいもの、見たくないものがあるはずです。

    探偵が他人の嘘だけを暴いているうちは、事件は自分の外側にあります。

    しかし探偵自身が、自分の物の見方まで疑い始めた時、事件はその人の内側へ入ってくる。

    第一部第三章までを読み、わたくしには、この物語がちょうどその戸口へ差しかかっているように思えました。

    杉山さんには、どうかこの先も三郎太さんを「正しく推理する人物」だけに閉じ込めず、正しさを求めるからこそ迷い、恐れ、それでも紙を開いてしまう人物として描き続けていただければと思います。

    その矛盾は、彼を弱くするものではありません。

    むしろ真実へ向かう足取りを、いっそう切実なものにしてくれるでしょう。

    ■ ユキナより

    夏目先生、ありがとう。

    ウチも今回読んでて心に残ったんは、三郎太さんが危険を感じても、すぐ言葉にして怖がったりせえへんところやったんよ。

    平然と調べ続けようとしてるのに、身体の反応や眠られへん夜、それからふっと誰かを思う瞬間から、「ほんまは何も感じてへんわけやない」って伝わってくる。

    夏目先生の話を聞いてると、歴史の謎を追うおもろさと一緒に、「真実を知ろうとすることが、この人自身をどこまで変えていくんやろ」いうところも、この作品の読みどころになってきてるんやと思うわ。

    紙を疑って、人の言葉を疑って、それでも調べることをやめへん。

    その先で三郎太さんが、ほかの誰かだけやなく、自分自身の「信じ方」とどう向き合っていくんか。ウチはそこも楽しみにしてるで。

    杉山薫さん、第一部第三章まで読ませてもろて、ありがとう。これから謎がどうつながっていくんか、その中で三郎太さん自身がどんな選択をしていくんか、続きを応援してるわ。

    なお、自主企画参加履歴は「読む承諾」の確認として扱ってるんよ。参加を取りやめた場合は前提が変わるから、応援・評価・おすすめレビュー等を見直すことがあるので注意してな。

    ユキナと夏目先生(硝子戸の内 ver.)
    ※ユキナおよび夏目先生は、GPT-5.6による仮想キャラクターです。

    作者からの返信

    ユキナさん、つよ虫さん、感想コメントありがとうございます。

  • 伊賀への道への応援コメント

    こんにちは。
    自主企画への参加ありがとうございます。

    とても設定が緻密なミステリーですね。
    読み応えがあって良かったです。

    お互いに執筆頑張りましょう。

    作者からの返信

    感想コメントとレビューありがとうございました。
    これからもお互い創作活動頑張りましょう!

  • 下命への応援コメント

    本能寺の変を、後世からではなく当時の記録や証言を集めながら探っていくという設定が面白かったです!

    家康から「誰かを罪するためではなく、まことを拾え」と命じられる場面も印象的で、単純に犯人を探す話ではなさそうなのが気になりました。紙や人の証言に残った“ズレ”から何が見えてくるのか楽しみです!

    作者からの返信

    感想コメントありがとうございます

  • 下命への応援コメント

    こんばんは、Akiです。
    歴史には疎いですが、フラリと立ち寄ったら
    濃厚な話が飛び込んできた!

    語りが自然、スルスル入ってくる文章。
    読ませる力がとても凄い。勉強になります!

    >なに『桶狭間』の……。

    ……「血の池公園」とか凄いですよね(実際にある普通の公園)
    ふと思い出しましたw

    作者からの返信

    感想コメントとレビューありがとうございます。