第七の邪道 生成AI 前編への応援コメント
第七話前編。
これは後編まで読んでからまとめようか迷いましたが、前編だけでもかなり面白かったので、ここで一度コメントを残します。
これまでの「邪道」は、新しい道具が人の手をどう助けるか、どう広げるかという話だったように思います。
しかし今回、万作が、
「これまでの道具は、書く者の手を助けた」
「そいつは、書く者の席へ座る」
と言う。
ここで初めて、これまでの六話とは少し違う問いになったように感じました。
綴が怖がっているのも、単に「AIに仕事を奪われる」ことではなく、
「それで私がいなくても書けるなら……私は何なんだろう」
という、自分自身の立ち位置なんですよね。
特に印象に残ったのが、
「何となくで、人間が書いたものから人間を消せるらしい。」
という一文です。
AIが人間らしく書くことだけではなく、人間が自分で書いた文章まで「AIっぽい」と疑われる。
生成AIの登場によって、「人間らしさ」の側まで揺らいでいる。
また、綴が最初にAIへ任せるのが誤字、矛盾、時系列、構成の確認なのも面白かったです。
第五話では万作が、
「俺は言葉を選ばない」
「父さんが選んだ言葉を、読める形にするだけだ」
と線を引いていました。
綴も最初は、
「書き直しはしないでください」
と、自分なりに同じような境界を引いている。
しかし展開案を出させ、自分の文体を分析させ、「もっと私らしく書いてください」と頼んだところから、その線が少しずつ曖昧になっていく。
ここがかなり怖かったです。
そして最後、
「使うかどうかを、生成AIへ尋ねることだけは違う気がした。」
と踏みとどまる。
第六話まで何度も出てきた、
選ぶ。比べる。考える。決める。
その最後の「決める」だけは、まだ綴が自分の側に残しているように見えました。
さらに、一族の記録を並べて、
重さ。
味。
覚悟。
魂。
知恵。
と振り返る場面も好きです。
これまでの先祖たちは、新しい道具を嫌った愚か者ではなく、それぞれの時代で守る価値のあるものを本当に持っていた。
だから今回も、「新しいものを受け入れれば正解」と簡単には終われない。
その上で最後の、
「夢の中で、誰かが鹿肉を焼いていた。」
第一話へ戻るんですね。
ここまで来たら、後編でこの作品がどこへ着地するのか、最後まで見届けたいです。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!
前編だけでここまで丁寧に読み取っていただけて、本当にありがたいです。
今回の第七話は、あらかもさんが書いてくださった通り、これまでの道具とは少し違うものとして考えていました。
というより、正直この話が書きたくて、ここまで六話を書いてきました笑
文字も紙も印刷もワープロも、基本的には「書く人の手を助ける道具」だった。
でも生成AIは、使い方によっては「書く者の席に座る」こともできる。
だから綴には、単純に便利かどうかではなく、
「それでも自分が書く意味は何なのか」
というところまで悩んでもらおうと思いました。
この連作自体、Xで生成AIについて肯定派と否定派がずっと議論しているのを見て、
「じゃあ、小説を書く人間はこれをどう受け止めるんだろう」
と考えたところから始まっています。
そこから一度過去へ戻って、文字、紙、印刷、鉛筆、ワープロ、インターネットと、新しい道具が出るたびに、書く人が何を守ろうとしてきたのかを考えていきました。
そして最後、物語としてはお決まりの流れかもしれませんが、第一話へ戻るところはどうしてもやりたかったので、そこはご容赦ください笑
第一話から始まったものを、第七話でどう返すのか。
「表現するとは何か」
後編では、その問いに対する綴なりの答えを書いています。
第一話からここまでずっと追って読んでいただいて、本当にありがとうございます!
第六の邪道 インターネットへの応援コメント
第六話、改めて。
今回は第五話と第六話が一時的に入れ替わっていたとのことで、私は先にこちらを「第五話」として読んでいました(笑)
ただ、面白かったのは、第五話「ワープロ」を一話飛ばした状態でも、この第六話単体で内容がきちんと成立していたことです。
そして修正後の第五話を改めて読んだことで、第六話への接続がかなり深く見えるようになりました。
第五話では、病によって自分の手で書くことが難しくなった墨蔵に代わり、万作がワープロへ文章を入力します。
そこで万作は、
「俺は言葉を選ばない」 「父さんが選んだ言葉を、読める形にするだけだ」
と線を引いていました。
誰が文字を入力したかではなく、 誰が言葉を選び、誰が最終的に決めたのか。
ここが第五話の大きな問いだったように思います。
そして第六話では、それが、
「検索結果を信じたのではない」 「史料を読み、比べ、考えた」
「検索した私は?」 「入口を見つけた」 「じゃあ、誰の知識?」 「選び、比べ、考えた者の知識だ」
へ発展する。
第五話が 「誰が入力したかではなく、誰が選び、決めたのか」
なら、
第六話は 「誰が見つけたかではなく、誰が選び、比べ、考えたのか」
なんですね。
道具そのものが作者や知識の主体になるのではなく、道具によって人間のできることが広がっていく。
この流れは、この先の生成AIにもそのままつながりそうです。
また、万作という人物も第五話からきれいにつながっています。
第五話では、読者から届いた手紙を整理し、
「どの言葉に、何人が反応したか」
を記録していた。
その人が第六話ではアクセス数やブックマークを何度も確認し、
「一人、去った」
と夕食を残す(笑)
三百八十二位から三百八十一位になれば、
「文学史が動いた」
と深夜に娘を起こす。
もともと読者の反応を記録する人だったので、Web作家への進化として妙に納得できました(笑)
そして最後には、
「誰が勝手だと言った」 「父さん」 「いつだ」 「去年」 「古い説だ」
と、頑固さそのものは一切失っていない。
新しい技術に負けて別人になったのではなく、 自分の理屈を更新することで、新しい技術を自分の中へ取り込んでいる。
この連作の人物たちの好きなところです。
最後の、
「それから、誰にも頼まれていない次の話を書き始めた。」
も、改めて第五話を読んだあとだとさらに印象が変わりました。
第五話では、
「手が動かないだけで、話はまだ動いている」
と描かれた。
そして第六話では、
誰にも頼まれなくても、物語は動いている。
私の中では、
第五話=人の言葉を、身体を越えて形にする。
第六話=自分で届け、読者とつながる。
という二話になりました。
先に第六話を読んでも作品は崩れなかった。
でも、本来の第五話を読んでから戻ると、人物もテーマもさらに深くつながった。
今回のちょっとした入れ替わり事故、結果としてこの連作が
「一話ずつ独立して読めるのに、順番通り読むと意味が増える」
作品だということまで確認できた気がします(笑)
作者からの返信
誠に申し訳ない……泣
第五話まで遡って読んでいただいたようで、本当にありがとうございます!
ちょうど第五話あたりから、それまで「息子」だった人物が万作として名前を持って前に出てくるので、結果的には第六話を先に読んだあとで第五話に戻っていただいたことで、人物としての繋がりも見えやすくなったのかもしれません。
入れ替わり事故から、ここまで丁寧に第五話と第六話の繋がりを拾ってくださって、本当にありがとうございます。
そして何より、あらかもさんの感想のおかげで、
「あれ? やっば!」
と入れ替わりに気づけました泣
改めて、ここまで深く読み解いていただき、本当にありがとうございました!
第五の邪道 ワープロへの応援コメント
第五話、表面上はインターネットの存在感がかなり強い回でした。
ただ私は、前提として**「ワープロによって文章が電子データとして扱えるようになった世界」**が土台にあると読んでいます。
前話の鉛筆では、一度書いたものへ戻り、消して、書き直すことができるようになった。
今回はさらに、
削る。
移す。
組み替える。
という操作が、文章そのものに対して容易になっている。
万作が十頁を後ろへ移したり、場面を消したり、原稿を開いて直したりできるのも、まずワープロによって文章が電子化されているからこそ。
その意味では今回、ワープロが目立たないのではなく、むしろすでに当たり前の道具として背景へ溶け込んでいるように感じました。
そして、そのワープロで作られた文章が電話線を通じて外へつながった先に、インターネットがある。
だから今回は、
「書き直せる」から「組み替えられる」へ。
さらに「そのまま読者へ届けられる」へ。
と、一段ずつ続いているように見えます。
特に好きだったのが、
「検索結果を信じたのではない」
「史料を読み、比べ、考えた」
からの、
「検索した私は?」
「入口を見つけた」
「じゃあ、誰の知識?」
「選び、比べ、考えた者の知識だ」
という流れです。
ここ、かなり本作全体の思想に近いのではないでしょうか。
道具が答えそのものを作るのではない。
道具は入口を増やす。
そこから何を拾い、何と比べ、どう考えるかは人間の仕事。
この考え方は、この先の生成AIにもそのままつながりそうです。
また、Web小説特有の「数字が見える」という部分も面白かったです。
本屋で本を棚へ戻されても作者には分からない。
けれどWebでは、
ブックマークが121から120になる。
すると万作は、
「一人、去った」
と夕食を残す(笑)
深夜二時に順位が一つ上がれば、
「文学史が動いた」
翌朝二つ下がれば、
「歴史は前進だけではない」
もう完全にWeb作家になってるじゃないですか(笑)
ここも単なる数字ネタではなく、読者との距離が近くなったことで、これまで見えなかった反応まで作者に見えるようになったという変化になっています。
そして万作が最後まで万作なのも好きです。
「誰が勝手だと言った」
「父さん」
「いつだ」
「去年」
「古い説だ」
自分が間違っていたとは絶対に言わない(笑)
でも価値観はちゃんと更新されている。
新しい技術に屈服して別人になるのではなく、自分の理屈の中へ新しい技術を取り込んでいく。
この連作の頑固者たち、そこが一貫して好きです。
今のところ私は、
第一話=表現する。
第二話=選んで残す。
第三話=共有する。
第四話=迷い、書き直す。
第五話=組み替え、自分で届け、読者とつながる。
と読んでいます。
そして最後、
それから、誰にも頼まれていない次の話を書き始めた。
ここも良いですね。
最初は「編集者に選ばれてから世へ出すべきだ」と言っていた人が、最後には、誰にも頼まれていなくても自分の意思で続きを書く。
ワープロで書き、インターネットで届け、その向こうにいる読者へ向けて次を書く。
道具の変化が、とうとう「誰のために、なぜ書くのか」というところまで届いた回として読みました。
作者からの返信
すみません!
あらかもさんが読んでくださる前に、全体を少し整えようと思って触っていたのですが、インターネットの第六話の内容が、ワープロの第五話とすり替わってしまっていました泣
あるまじき失態……!
かなり混乱されたかと思います。
それでも「ワープロで文章が電子化され、その先でインターネットにつながる」という流れとして読み解いてくださっていて、本当にありがとうございます。
特に、
「道具は入口を増やす。そこから何を拾い、何と比べ、どう考えるかは人間の仕事」
という部分は、まさにこの先の生成AIにもつなげたかったところなので、そこまで先を読んでいただいて、さすがだなと思いました。
あと、万作が完全にWeb作家になっているところまで楽しんでいただけてよかったです笑
ブクマが一つ減って夕食を残すあたりは、我ながら他人事とは思えませんでした笑
第五話の方は修正しましたが、基本的に一話完結の短編集なので、このまま第六話を飛ばして、第七話の生成AI編へ進んでいただいても、物語上の支障はありません!
混乱させてしまった中でも、ここまで丁寧に読み解いてくださって、本当にありがとうございます!
第四の邪道 鉛筆への応援コメント
第四話、冒頭の一行から好きでした。
綴野筆之進が筆を持つと、人は咳をすることさえためらった。
これだけで、筆之進が「上手な作家」ではなく、書き始めたら周囲までその流れを止められない人だと分かります。
私自身、どちらかと言えば書き始めたらそのまま走らせる側なので、この感覚にはかなり共感を覚えました。
だからこそ、
野菜は、刀を抜いた。
が面白い。
普通なら書き損じとして直すところを、その二文字から物語そのものを作り直してしまう。
「間違えなかった」のではなく、間違えた先を正解になるところまで走り切る。
筆之進の
書いた言葉から逃げなかっただけだ
という一言が、彼の書き方そのものになっています。
そして今回は、娘との対比がとても良かったです。
父は、
書く前に迷う。書き始めたら進む。
娘は、
書きながら迷う。違えば消して戻る。
正反対なのに、どちらも本気で物語を書いている。
特に、
「父上の方が面白いので」
「なら、負けを認めろ」
「締切までは負けていません」
ここ、静かな会話なのにかなり熱いです。
父の実力を認めたうえで、それでも締切までは勝負を降りない。
さらに、
「見苦しい」
「父上に似ました」
と返す。
娘は父の創作姿勢を否定しているのではなく、父から受け継いだ執念を、別の方法で使っているんですよね。
だから、この話も「鉛筆の方が筆より優れている」という話にはならない。
娘は鉛筆で何度も書き直し、父は最後まで筆を使う。
それでも娘の作品を読んだあと、あれほど「一度書いた行へ戻らない」男が、一行だけ書いた紙を七枚並べる。
ここが今回、一番大きな変化だと思いました。
筆之進が鉛筆を使えるようになったのではなく、筆之進が“迷うこと”を覚えた。
道具そのものを受け入れなくても、その道具が生んだ考え方は、自分のやり方へ取り込める。
この連作がずっとやっている「古いものを否定せず、新しいものによって創作の意味が少しずつ広がっていく」が、今回もきれいに出ています。
そして最後。
父の机の下には、白い消しゴムのかすが落ちていた。
娘はそれを見つけても、何も言わない。
父も「鉛筆は正しかった」とは言わない。
でも、娘には全部伝わっている。
この締め方も好きです。
第三話が「粋」なら、第四話は静かな意地のぶつかり合いでした。
第一話=表現する。
第二話=選んで残す。
第三話=共有する。
第四話=迷い、書き直す。
と、今のところ私は読んでいます。
今回も面白かったです!
作者からの返信
ありがとうございます!
この回は、鉛筆と「覚悟」をテーマにしていました。今回は娘もかなりの頑固者として書いています。
筆之進は、一度書いた言葉を最後まで背負う人。
娘は、何度でも迷って書き直す人。
これまでの話では、どちらかというと親に素直に付き従う息子や娘が多かったのですが、今回は正反対の二人をぶつけてみたかったんです。
「筆之進が鉛筆を使えるようになったのではなく、“迷うこと”を覚えた」
まさに、娘から教えられたんですよね。
それと今回は、天才である父に、娘が自分なりのやり方で一度勝つ、というのも書いてみたかったんです。
そして野菜と弥助のところ。
あれは「書き間違えても、そのまま正解まで走り切る筆之進」を一発で見せたくて入れたのですが、正直ちょっと無理やりです笑
「野菜」を英雄にしていく流れは、もう少し整理しようかなと思っています。
「迷い、書き直す。」
これも、作者なら誰もが一度は入り込むであろう「改稿」という迷路を描きたかった部分なので、そこまで読み取っていただけてありがたいです。
今回も丁寧に読んでいただき、ありがとうございます!
第三の邪道 印刷 への応援コメント
第三話、これは「粋」でした。
第一話が「表現」、第二話が「何を残すか選ぶこと」だとすれば、今回は同じ物語を誰かと共有することが大きなテーマになっているように読みました。
写兵衛の写本は、一冊ずつ見れば印刷本よりずっと豊かです。
読む人に合わせて紙も文字も余白も、果ては結末まで変える。
一人のために作られた、一点物の物語。
対して印刷本は、同じ表紙、同じ文字、同じかすれまで並ぶ。
最初はそれが写兵衛にとって「気味が悪い」。
ところが、
見知らぬ二人が同じ頁を開き、同じ一文を指でなぞる。
ここで、それまで欠点に見えていた**「同じものが大量にある」こと自体が、印刷にしかできない価値へ反転する**のが、とても良かったです。
一人ずつ違う物語を持つことにも価値がある。
でも、会ったこともない人たちが、同じ場面について語れることにも価値がある。
どちらかを否定して新しい道具を持ち上げないのは、この連作の好きなところです。
そして写兵衛が最後、
「町じゅうで同じ夢を見るってのも、なかなか粋じゃないか」
と、自分自身の美意識の中で印刷を認めるのがいい。
「便利だから仕方なく認めた」ではなく、写兵衛の価値観そのものは壊さず、その価値観の中に新しい道具を迎え入れている。
人物がちゃんと人物のまま変化しています。
あと今回は、第1・第2話と比べてかなり動きが多く、作者さんが気にされていた「各話のテンポ感が似る」という部分も、今のところ私は退屈には感じていません。
印刷所へ毎日顔を出し、余白で怒り、順番で揉め、題名で庭石まで持ち出す写兵衛が普通に面白いです(笑)
そして最後。
『初版への憤り』
『増刷への憤り』
『完売への憤り』
だけでも綺麗なオチなのに、それを書いた文字が
「行儀のいい町人のように整った字」
なのが好きです。
序盤で写兵衛が息子の字へ言った言葉が、最後には父の歩んだ歴史を残す文字として戻ってくる。
さらに、文明は文字、紙、印刷と進歩しているのに、綴野家は怒ると石を拾う。
道具は進歩したのに、そこだけ進歩していない。
この作品らしい締め方だと思いました。
第一話=表現する。
第二話=選んで残す。
第三話=共有する。
「創作とは何か」が、道具の進歩と一緒に少しずつ変わっているのが、三話まで読んでかなり面白いです。
続けて読ませていただきます!
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!
今回もかなり丁寧に読んでくださっていて、ありがたいです。
第三話は「味」と「印刷」を軸に書いていたのですが、あらかもさんの感想冒頭の「これは粋でした」を見て、ああ、今回の話は「味」より「粋」の方が写兵衛らしいかもしれないなと思いました笑
ここは少し考えてみます。
そして、石だけに、石のネタまで拾っていただいてありがとうございます笑
文字、紙、印刷と文明はどんどん進歩しているのに、綴野家だけ怒ると石を拾う。
そこは今後も、あまり進歩しないかもしれません笑
第一話=表現する。
第二話=選んで残す。
第三話=共有する。
こうして並べてもらうと、自分でも連作の軸が見えてきて面白いです。本当は各話の違いをもっと際立たせたいのですが、三話目あたりからは似たような描写や流れも出てきていて、自分でも少し繰り返している感覚があります。
ここは何度も読み返しながら、いろいろな意見もいただいて、少しずつ推敲していこうと思っています。
続けて読んでいただけるとのこと、本当にありがとうございます。泣
第二の邪道 紙 への応援コメント
第1話に比べると、かなり落ち着いた一篇でした。
ただ、静かなぶんテーマは一段深くなったように感じます。
最初は「木簡は重い、紙は軽い」という、新旧の記録媒体の比較として読んでいました。
ところが途中から、それだけではなくなっていく。
特に印象に残ったのが、娘が父の物語をただ削るのではなく、何を残すべきか選び始めるところです。
父が十二枚かけて考えたものを一枚へまとめる。
でも、それは十二枚が無駄だったという意味ではない。
「父上が深く考えたから、私は何を残すべきか選べます」
このあたりで、話の軸が「木簡から紙へ」という媒体の変化から、編集とは何か、物語を残すとは何かへ切り替わったように感じました。
父親を単なる“古い技術にしがみつく人”として描いていないのも好きです。
父が惜しんでいたのは木簡そのものではなく、その一本一本に託してきた物語だった。
だから娘も、父の言葉を捨てるのではなく、読者が歩ける一本の道へ組み直している。
そして最後の余韻がとても良かったです。
「物語の重さとは、持ったときの重さではありません。そこに込められた人の想いです」
ここで綺麗に締めても成立するのに、そのあと庭の隅に、橋を踏み抜いた牛車を残す。
紙へ移されたことで物語は物理的には軽くなった。
でも、そこへ至るまでに積み上げられたものの重さまで消えたわけではない。
その説明をせず、片輪を外された牛車という一枚の景色だけ置いて終わるのが上手いです。
第1話が明確なオチで閉じる話なら、第2話は残像で閉じる話でした。
「残す」から「選んで残す」へ。
技術だけでなく、創作そのものが一段進んだ回として読みました。
作者からの返信
早速、第二話までありがとうございます!
実は私自身、かなり無駄の多い文章を書いてしまって、あとから推敲で削る、ということを何度もやっています。
そこから、このエピソードの発想を得ました。
どのエピソードも、少し固めの文章で進めつつ、最後にはちょっと笑えるものを置きたいと思って書いています。
なので、最後の牛車までそこまで読み取っていただけて嬉しいです。
あそこは綺麗に締めたあと、最後に少しだけ物理的な重さを残したくて置いた場面でした。
この連作は、道具の進化を書きながら、同時に「物語を作るとは何か」も少しずつ変化させていきたいと思っていたので、そこまで拾っていただけてありがたいです。
第一話に続いて、こちらの意図以上に深く読んでくださっていて、本当にありがとうございます!
第一の邪道 文字への応援コメント
あらかもです。
早速コメント失礼いたします。
まず前提として、私は普段かなり細かく話を切る書き方をしています。
ただ、本作は文学寄りの連作短編として「一篇をひとまとまりで読ませる」設計だと受け取りましたので、単純に「長いから切った方がいい」という見方はせず、その長さが一篇として機能しているか、という基準で読んでいます。
第一話、上手いです。
特に好きだったのが、冒頭の
「獣は三頭だった」
「五頭だ」
のくだり。
原始の時代にどこまで明確な数詞が存在したのか、という考証よりも、現代の読者が「証言が食い違っている」と一瞬で理解できるように振った表現だと読みました。
ここから、
口伝では情報が変わる
↓
絵なら固定できる
↓
しかし絵は持ち運べない
↓
上手く描けなくても「熊だと分かればいい」
↓
記号、そして文字へ
と、前の道具の弱点から次の道具が生まれていく流れが非常に分かりやすいです。
また、父親の壁画を単純に「古いもの」として否定していないのも良かったです。
壁画なら熊の大きさや人数、狩りの様子まで伝えられる。
一方で文字なら、小さくして持ち運び、遠くへ情報を届けられる。
新しい技術が古い技術を駆逐する話ではなく、用途の違う道具が増えていく話として描かれているように感じました。
そして最後に『文字を使うな』を文字で残すところ、綺麗なオチですね(笑)
しかも鹿の絵まで添えてあるので、結局「文字か絵か」ではなく、両方残っている。
4,061文字ありますが、私は重さを感じませんでした。
一話の中で状況と価値観がちゃんと動き続けているので、「長い一話」というより、一篇の短編を最後まで読んだ感覚です。
第一話の時点で、『七つの邪道』全体が何をやろうとしている作品なのか、かなり明確に伝わってきました。
続きも読ませていただきます!
作者からの返信
かなり身構えていたので、
高評価いただけたようで嬉しいです。
続きも読んでいただけるとのこと、ありがたい限りです!泣
第一話のテーマは、
文字と「表現」でした。
少し固めの文章になっている自覚もあり、自分でもかなり気になっていたので、「重さを感じなかった」と言っていただけて、かなり安心しました。
ちなみに第二話は、まさに紙と「重さ」がテーマになっています。
ただ、ここから先は各話ごとに別のテーマを用意している一方で、全体のテンポ感が似ているので、少し退屈に感じられる部分もあるのではと思っています。
そのあたりも含めて、遠慮なく気になったところは刺していただければと思います!
よろしくお願いします!
第七の邪道 生成AI 後編への応援コメント
歴代の当主たちがそれぞれの価値観から生成AIを問いながら、誰も簡単な答えを出せない場面に、この連作の誠実さが凝縮されていました。そこへ始祖ほにが理屈ではなく絵を描き、「獣は先を描けん」と示す展開が圧巻です。最後の「時代と戦うことをやめた」という一文も、道具へ屈したのではなく、選ぶ責任を自分たちの手へ取り戻した結末として、とても美しく響きました。
作者からの返信
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!この作品は、もともと私がXでつぶやいていた小ネタから生まれました。
正直、結末はもう少しひねった方がいいのか、それとも綺麗にまとまりすぎているのではないかと、いくつものパターンを考えながら、最後までかなり悩みました。
それでも、道具を肯定するか否定するかではなく、「使うかどうかを自分で選び、その選択に責任を持つ」というところへ着地させるのが、この連作の最後として一番合っていると思い、今の形にしました。
第一話から最後までお付き合いいただき、たくさんの素敵なご感想を本当にありがとうございました!
第七の邪道 生成AI 前編への応援コメント
便利さへの驚きから、「自分がいなくても書けるなら、私は何なんだろう」という恐れへ踏み込んでいく流れが切実でした。とりわけ万作の「そいつは、書く者の席へ座る」という言葉は、これまでの六つの道具との違いを鮮やかに示していて胸に残ります。先祖たちの遺品へ答えを求めても何も返ってこず、最後に鹿肉の匂いが第一話へつながる締め――まさかここで始祖の時代へ戻るとは……後編への引きが見事です。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!今、創作界隈を揺るがしている「あれ」ですね笑
多くのWeb小説を読まれている板野さんなら、もしかするとお気づきかもしれませんが、実はこの話を書きたいがために、六話かけてここまで遠回りしてきました笑
後編では答えをどう着地させるかを意識しましたが、書いていて一番楽しかったのは、始祖の時代へ戻ることを鹿肉の匂いだけで匂わせた、この前編の引きでした。
そこを「見事」と言っていただけて、この作品を書いてよかったと思えました。
丁寧なご感想をありがとうございました!
第六の邪道 インターネットへの応援コメント
「一人、去った」と夕食を残し、順位が一つ上がれば「文学史が動いた」と綴を起こす万作が可笑しく、数字で読者の存在が見えるインターネットの魔力がよく出ています(笑)。村誌の指摘から松明の場面を書き直し、それが老王の心情まで深めていく流れも見事で、ネットが単なる近道ではなく、人の知識や視点へつながる入口として描かれているのが印象的でした。最後に、誰にも頼まれていない続きを自ら書き始める姿には、万作が新しい創作の喜びをすっかり手にしたことが伝わってきます。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!ここまで時代が近づくと、今の物書きにもだいぶ身に覚えのある話になってきますよね笑
実は書いたあとに「電話線でつないでいた時代に、小説ランキングなんてあったのか?」と少し不安になったのですが、調べてみると、当時からオンライン小説の人気投票やランキングは存在していたようです。万作、思っていたよりちゃんと当時の最先端にいました笑
ネットを、人の知識や視点へつながる入口として受け取っていただけたことが嬉しいです。最後には、多くのWeb作者が陥る数字と更新の魔力に、万作もしっかり捕まってしまいました笑
丁寧なご感想をありがとうございました!
第五の邪道 ワープロへの応援コメント
「読まれない原稿の方が寂しい」という万作の言葉が、この話の芯として強く残りました。墨蔵の言葉を変えずに、読める形へ移していく父子の共同作業がとても温かく、「寒かったでしょう」の三度の反復にも、機械では均せない感情の深さがあります。最後に、万年筆の一文字から鍵盤の音へ物語が受け継がれる場面は、道具が変わっても創作の魂は人と人の間に宿るのだと感じさせる、美しい締めでした。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!プロットの段階ではうまくいきそうだと思っていたのですが、実際に書いてみると、この話が一番難しく、実は一番自信のない回でした。
「魂」というテーマだったのですが、書きながら「そういえば、これまでの一族も全員、普通に魂がこもっていたな……」と気づきまして笑
そこで今回は、墨蔵をこれまでとは少し違う優しい人物にして、父の言葉そのものは変えず、万作が読める形へ移し替えて次へ渡す話にしました。
最後の場面も、道具ではなく人から人へ物語が受け継がれていく締めにしたかったので、「美しい締め」と受け取っていただけたことが本当に嬉しいです。
一番不安の残っていた回だったので、こうして丁寧に読み取っていただけて、この形にしてよかったと思えました。
ありがとうございました!
第四の邪道 鉛筆への応援コメント
「野菜」という書き損じを、そのまま英雄の名へ変えてしまう筆之進の凄みが、冒頭から鮮烈でした。その一方で、娘が何度も消しながら辿り着いた「その橋だけが、戦場へ続かなかった」という一行には、迷うことそのものが創作になる美しさがあります。最後、筆之進の机の下に消しゴムのかすが落ちている締めも、本人の矜持を壊さずに変化だけを見せていて、とても好きです。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!「野菜」の書き損じのところは、少し無理やりだったかなと思っていたので、「鮮烈」とまで言っていただけて嬉しいです。
一方で、娘が何度も書いては消して迷うところは、普段の私そのものです笑 でもまあ、筆之進が異常なだけで、多くの物書きが通る道なのかもしれませんね笑
最後について、娘は何も言わないと思いますが、もし「鉛筆を使ったでしょ」と問い詰められても、筆之進は絶対に認めないでしょうね笑
重ねて、ご感想ありがとうございました!
第三の邪道 印刷 への応援コメント
写兵衛の「一冊そのものが物語」という美意識が本当に鮮やかで、印刷を拒む理由にも強い説得力がありました。その彼が、町じゅうの人々が同じ台詞を叫ぶ光景を見て「同じ夢を見るのも粋」と認める場面が、とても胸に残ります。石を投げ続けた歴史まで刊行記念として展示される最後のオチも、この一族らしくて好きです(笑)。
作者からの返信
続けて第三話も読んでいただき、ありがとうございます!
今回は「味」がテーマだったのですが、それをどう表現しようか悩み、「粋なことって何だろう」と考えました。そこで、同じものの中に少しだけ違う楽しみやおまけを加えることなのかなと思い、同じ内容でも一冊ごとに違うからこそ物語になる、と信じる人物にしてみました。
そんな彼が、町じゅうの人々を見て別の「粋」に気づくところは、この話で一番書きたかった部分です。胸に残ったと言っていただけて嬉しいです。
最後の展示は、写兵衛本人が気づいたら「美しくないね!」と絶対に怒り出して、すぐ撤去させると思います笑
嬉しいご感想をありがとうございました!
第二の邪道 紙 への応援コメント
木呂麻呂の「一枚を抜けば、どこかが傾く」という信念が、娘の手によって「何を残すか選ぶ」技術へ受け継がれていく流れが、とても美しいですね。父の膨大な思考を否定せず、その深さを紙の軽さへ移し替える娘の姿が印象的でした。最後に木呂麻呂自身が「物語の重さ」を言い直し、その背後に壊れた牛車が残っている締めも、この連作らしい可笑しみがあります(笑)。
作者からの返信
続けて第二話も読んでいただき、ありがとうございます!木呂麻呂は、この一族で一番厄介な人物として書きました。そんな父を支える娘は、たぶん一族で一番の苦労人です。印象的と言っていただけて、娘も浮かばれます笑
「重さ」をどう笑いにするか色々と考えて、あの締めになりました。笑っていただけたなら嬉しいです。
丁寧な感想をありがとうございます。
第一の邪道 文字への応援コメント
「新しい創作道具はいつだって外道だった」というあらすじの一文が、この第一話で見事に立ち上がりました。ほには決して愚かな人物ではなく、物語を誰より愛し、その表現力ゆえに文字を拒んでいるという描き方がとても好きです。最後に「文字を使うな」という言葉を文字で残すオチまで一貫していて、創作の歴史を少し皮肉に、しかし温かく笑う読後感が心地よい一編でした。
作者からの返信
早速読んでいただき、ありがとうございます!ほには、頑固者で嫌なやつに見えてしまうかなぁと少し不安だったのですが、物語への愛情まで読み取っていただけて嬉しいです。
最後の文字を使うなは、この話を書き始めたときから絶対に入れたかったオチでした笑
丁寧なご感想ありがとうございます。
第七の邪道 生成AI 後編への応援コメント
第七話後編の感想から行きますよ!
前編で「生成AIを使うべきか、使わないべきか」という答えを出さず、
「使うかどうかを、生成AIへ尋ねることだけは違う気がした。」
と止めたところから、どう着地するのか楽しみにしていました。
そして後編を読んで、これは「AIを使え」「AIを使うな」という答えを出す話ではなかったんだな、と感じました。
木呂麻呂は出所と責任を問い、写兵衛は味を問い、筆之進は言葉を背負う覚悟を問い、墨蔵は人の心を持たないものが人の心を動かせるのかを問い、万作は分類しようとして分類しきれない。
誰も間違っていない。
そして、
「誰も答えを出せなかった。」
ここがすごく良かったです。
過去の人物を呼び戻しておきながら、作者の代弁者として正解を言わせない。
そこで最初の時代へ戻り、始祖のほにが出てくる。
彼の答えは、
「知らん。便利なら使え」
「不便なら使うな」
と、とても乱暴です(笑)
でもそのあと、
「使うかどうかまで、人に決めてもらうな」
へ行く。
ここで前編から続いていた問いに、ようやく一本芯が通ったように感じました。
生成AIがどれだけ巨大で、速く、強く、何でも食べる獣であっても、
「だが、先は描けん」
獣の前へ、まだ存在しない道を描くのは表現者自身。
この比喩がかなり好きです。
そして綴が目覚めたあとも、
最初の一文を自分で原稿へ書いたのか、生成AIへ入力したのかは明かさない。
ここも良かったです。
問題を「AIを使ったかどうか」に戻さず、
何を書いたか。
何を書かなかったか。
何を選び、何を捨てたか。
最終的にどこへ進むかを決めた、その選択へ焦点を戻している。
第一話からずっと続いてきた「新しい道具は邪道か」という問いが、
最後には、
道具と戦うことではなく、自分が何を表現するのかを決めることへ着地したように思いました。
「綴野家は、七つの邪道を経て、時代と戦うことをやめた。」
綺麗な締めでした。
……と思ったら、
「この作品を評価すると、金運、健康運、恋愛運まで上昇するという御利益がありまして――」
「邪道だ!」
最後の最後でちゃんとコメディへ戻ってくるんですね(笑)
私としては、本作に出会えたことが幸運そのものではないかな?……って、思った次第です。
しかも本編の余韻をそのまま残したい人には、その前に出口まで用意してある。
重いテーマを扱いながら、最後は笑って帰らせる。
この作品らしい終わり方でした。
―――ここから作品全体の総括です―――
入口診断のつもりが、最後まで読んじゃいました(笑)
最初に目次を確認したとき、一話あたりおよそ五千文字。
普段かなり細かく話を区切る私としては、正直、
「ちょっと重そうだな」
と思いました。
でも実際に第一話を読み始めると、重さを感じなかった。
そして第二話を読み、第三話を読み……。
気づけば最終話まで来ていました。
なので最初に結論を書くなら、
もっと評価されていい作品だと思います。
この作品は、文字、紙、印刷、鉛筆、ワープロ、インターネット、生成AIという「新しい道具」を扱う連作です。
ただし、単なる技術史ではありませんでした。
道具が変わるたびに、
「物語を書くとは何か」
「作者とは何か」
「何を残し、何を選び、誰が決めるのか」
という問いが少しずつ変化していく。
そして、古い側を単純な時代遅れとして処理しないところが特に好きでした。
木簡には重さがある。
手書きには味がある。
一度置いた言葉を背負う覚悟がある。
手で書かれた原稿には魂があると信じた人がいる。
本を読み、覚え、考えて身につけた知恵がある。
新しい道具が登場しても、それらが全部間違いだったことにはならない。
むしろ、
失われると思った価値が、形を変えて次の時代へ残っていく。
そこがこの連作の面白さだったように思います。
また、各話は一話完結としてかなり自立しています。
実際、途中で第五話「ワープロ」と第六話「インターネット」が一時的に入れ替わる小さな事故があり、私は第六話を先に読んでいました。
それでも話そのものは崩れなかった。
そして修正後の第五話を改めて読んでから第六話へ戻ると、
「この人物の行動はここから続いていたのか」
「この問いが次の問いへ発展していたのか」
と、さらに意味が増えた。
一話を単独で読めるのに、順番通り読むと深くなる。
連作短編としてかなり強い構造だと思います。
そして、私が最初に感じた「一話五千文字は重そう」という印象について。
読み終えた今なら、むしろ逆でした。
一話一話が長いのではなく、
一話ごとに一本の短編として必要な長さがある。
そう感じています。
重さがない理由の一つは、テーマが真面目でも、人物たちが真面目一辺倒ではないからでしょう。
橋を壊す牛車。
印刷所へ投げ込まれる石。
「野菜は、刀を抜いた。」
ブックマークが一つ減って夕食を残す歴史小説家。
そして最後の第八の邪道(笑)
考えさせる話の途中に、ちゃんと人間臭さと笑いがある。
だからテーマの重さが、そのまま読書の重さにならない。
ここはかなり大きな長所だと思いました。
少なくとも私は、読む前と読んだ後で印象がかなり変わりました。
入口では、
「一話五千文字。重そう」
だった。
出口では、
「なんでこれ、もっと読まれてないんだろう」
になりました。
入口診断のつもりで来たのに、出口まで歩かされました(笑)
私にとっては、それがこの作品への一番分かりやすい評価です。
本当に素晴らしい作品でした。
……その上で、入口診断として唯一、辛口ポイントを挙げるなら、あらすじでしょうか。
ただ、これは「あらすじが悪い」というより、この作品そのものが非常にあらすじへ落とし込みにくいのだと思います。
現在のあらすじは、作品の構造やテーマをかなり正確に説明しています。
少なくとも私には、あらすじを読んだ段階では、
「創作に使われる道具の歴史を追う作品」
という印象が先に立ちました。
しかし実際に読んでみると、この作品には、
親子の物語。
創作者同士の価値観の衝突。
コメディ。
創作そのものへの問い。
まで入っています。
その面白さへ届く前に、入口の段階で「少し難しそう」と判断される読者がいるかもしれません。
一方で、これらを全部あらすじへ入れようとすると、今度は説明がさらに長くなる。
内容を正確に伝えようとするほど、
「これから読む人への誘い」より「読後の総括」に近づいてしまう。
読み終わったあとに現在のあらすじを見ると、とてもよく分かるんです。
だからこそ、入口として考えると少し難しい。
ここが、作品本体がこれだけ面白いからこそ、非常にもったいなく感じた部分でした。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます!
……いや、これはもう感想というより一本の評論ですね泣
ここまで時間をかけて、最後まで丁寧に読んでいただけたことが本当にありがたいです。
第七話について。
「AIを使うか、使わないか」
ではなく、
「使うかどうかまで、人に決めてもらうな」
これ、実はXでいろいろな議論を見ている中で、私自身が一番書きたかったことなんです笑
「AIを使った作品は読む気がしない」
「これ、AI使ってるだろう」
みたいな言葉もよく目にします。
でも私としては、AIを使ったか、使っていないか、それだけで作品や書いた人まで決めつけなくてもいいんじゃないかなと思っています。
使っている人を責める必要もないし、逆に使っていない人を「時代遅れ」と馬鹿にする必要もない。
結局、使うか使わないかも含めて、自分で考えて決めればいい。
これは完全に私の持論ですが笑
この作品を書き始めたときから、最後に「AI肯定」「AI否定」のどちらかを正解にするつもりはありませんでした。
文字も、紙も、印刷も、鉛筆も、ワープロも、インターネットも。
その時代では「邪道」と呼ばれたかもしれないけれど、それ以前に大切にされていたものまで間違いになるわけではない。
だから最後は、道具そのものの善悪ではなく、
「何を書くのか」
「何を書かないのか」
「何を選ぶのか」
「最後に誰が決めるのか」
そこへ戻したいと思っていました。
「だが、先は描けん」
の部分も拾っていただけて嬉しかったです。
今後、生成AIがどんどん発展して、それだけで面白い物語を書けるようになる可能性は十分あると思うのですが笑
ただ、少なくとも私が今までいろいろ実験してみた範囲では、長くなるほど破綻したり、どこかで見たような展開になったりして、なかなか「先」までは任せられませんでした。
なので、今の自分なりの答えとして「先は描けん」としました笑
第一話のほにから始まった物語なので、最後の答えも、理屈ではなくほにらしい乱暴さで返してもらっています笑
そして、作品全体の総括まで本当にありがとうございます。
「一話五千文字。重そう」
から一転して、
「なんでこれ、もっと読まれてないんだろう」
これは作者として、めちゃくちゃ嬉しかったです泣
各話を単独でも読めるようにはしていたのですが、あらかもさんが書いてくださった「順番に読むことでさらに意味が繋がっていく」というところまでは、正直そこまで意識していませんでした。
なので、例の第五話と第六話の入れ替わり事故まで含めて(笑)、そこに繋がりを見つけてもらえたのもありがたかったです。
そして最後の、あらすじについて。
ここはかなり参考になりました。
自分でも、この作品のあらすじはずっと悩んでいて、内容をちゃんと説明しようとすると固くなる。でも軽くすると、この作品が何の話なのか伝わらない。
そんな状態でした。
今回、
「創作に使われる道具の歴史を追う作品に見える」
「読後の総括としては分かるけれど、入口としては少し難しい」
と具体的に言っていただいて、どこを直せばいいのかかなり見えた気がします。
ここはもう一度、入口としてのあらすじを考え直してみます。
たぶんあらかもさんが言いたいのは、今のあらすじだと少し「創作道具の歴史を学ぶ話」みたいに見えてしまうというか……笑
単純に「もっと軽く見せる」というより、今のあらすじでは隠れている親子のやり取りやコメディ、人間臭さみたいな部分を、入口でももう少し見せた方がいいということですよね?笑
入口診断のつもりだったのに、まさか最後まで読んで、ここまでの感想をいただけるとは思っていませんでした笑
本当に、最後までありがとうございました!