はじめまして、いつかの私への応援コメント
ときさん
素敵な邂逅のお話をありがとうございます。
元気が出るお話ですね!
空山
作者からの返信
ほんの僅かな時間でも、彼女たちにとっては明日への一歩を元気良く踏み出すための貴重な機会でした。程よい距離感の相談相手と出会えることは幸運ですよね。
コメントありがとうございました!
はじめまして、いつかの私への応援コメント
友達に言えないからこそ、別の世界の自分になら吐き出せる……その心理にすごく共感しました。背中を押し合う二人の会話が温かくて、読んでいて優しい気持ちになりますね。
「3分間だけ繋がるもう一人の自分」という設定と、ラストの鮮やかな伏線回収がとても綺麗でした! 読後感が爽やかでとても好きです。
作者からの返信
友達は近すぎるからこそ、話しにくい時がありますよね。相談できる相手を見つけた二人は心が軽くなったことでしょう。
ラストで印象を変えることができたのなら満足です。
コメントありがとうございました!
はじめまして、いつかの私への応援コメント
拝読しました
別の人生を歩む自分同士が、吹奏楽とテニスの悩みで通じ合う展開がとても素敵でした
三分だけだからこそ、弱音をこぼして励まし合う時間が優しく心に残ります
最後にトランペットケースとラケットケースがすれ違う場面も、静かな余韻があって好きです
★★★評価を置いていきますね
執筆、お互いに頑張りましょう!
よろしければ、こちらの作品にも遊びに来てくださいね
作者からの返信
コメントありがとうございます。
家族や友人は近すぎて、知らない人は遠すぎる。なら相手が自分なら?
程よい距離感だからこそ話せることってありますよね。この三分が心のとまり木になって、また頑張ろうと思えたらいいなと思います。
私も余韻が好きなので、浸って頂けて嬉しいです。
★もありがとうございました。こちらも時間を見つけてお邪魔させて頂きますね。
はじめまして、いつかの私への応援コメント
とても面白いアイデアのお話ですね。
楽しく拝見しました。
相談相手が過去や未来ではなく、「いつかの私」。そして3分の制限。そういえば公衆電話は10円だと、市内通話は3分でしたね。切れそうになると「プー」と知らせる音がするのも、今となっては何だか懐かしいです。終わりが見えているからこそ、与えられている時間を大切にするというのもありますよね。
大変楽しいお話でした。
ありがとうございました。
作者からの返信
相談相手の「いつかの私」がどんな私なのかは、想像が膨らむと嬉しいなと思っております。
執筆の際に調べてみましたが、現在の公衆電話は10円で一分程度らしいのです。ですがそれでは味気ないということで今回は三分を採用させてもらいました。
見かけなくなった公衆電話だからこそ、不思議の起点におもしろいかなと書き上げたお話です。
コメントありがとうございました。
はじめまして、いつかの私への応援コメント
色褪せたピンク色の公衆電話から、こんな優しい物語が生まれるんですね。
でも、読み終えてから少し考え込んでしまいました。
この電話、過去や未来の自分だけではなく、まったく違う人生を歩んでいる「私」にもつながるんですよね。
そうなると、そもそも「私」とは何なのだろう、と。
トランペットとテニス。二人が抱えている悩みは似ていても、経験していることは違う。それなのに、お互いの苦しさを自分のことのように理解できる。
印象的だったのが、「私だけが!」と思ってはいけないと、少女が自分の気持ちを押し殺しているところです。
自分だけが苦しいわけではないと分かっているからこそ、誰にも愚痴を言えない。
ところが、受話器の向こうの「私」には、遠慮なく弱音を吐けるんですよね。
考えてみれば、二人は問題を解決する方法を何一つ教え合っていません。ただ、お互いの話を聞いて、共感しただけ。
それなのに、二人とも明日からまた頑張ろうと思える。
ここがとても好きでした。
そして最後!
トランペットケースを持った少女を、ラケットケースを背負った少女が追い越していく。
ここにはやられました。
電話ではあれほど気持ちが通じ合った二人が、現実の街では互いを知らないまますれ違っている。
でも、そう考えると、この公衆電話は必ずしも特別な「もう一人の自分」につながる必要さえないのかもしれませんね。
自分とは違う人生を歩む誰かにも、自分と同じような悩みや喜びがある。その人を「もう一人の私」と思えたとき、見知らぬ人との距離が少し縮まるのかもしれません。
そして、冒頭も結末も同じ街の喧騒を描いているのに、読後にはその街が少し違って見えるのも素敵でした。
何も変わっていないようで、読む側の世界の見え方が変わっている。
そんな不思議な余韻の残るお話でした。
それにしても、最後はタバコ屋の公衆電話から駄菓子屋の裏の公衆電話へと噂が広がっていくんですね。
この街には、まだまだ知らない「私」がたくさんいそうです。
作者からの返信
この物語は「私」という存在をどう捉えるかにあると思っています。私と私はイコールである必要はなく、けれど全く異なる存在でもない。
他者に対するネガティブな感情は打ち明けにくいものですが、溜め込んでしまうのも良くないですよね。今回登場した二人の「私」は同じような悩みを抱え、溜め込み、それを共感という方法で消化しました。「うん、その気持ちわかるよ」と頷いてもらえるだけで、一人ではないと心強く思えたのではないでしょうか。
街中を行き交うたくさんの人々も「私」と話すことで踏み出す一歩が少し軽くなるかもしれない。そんなちょっとした不思議が日常に溶け込んでいたら面白いですよね。
コメントありがとうございました。