貴方の声がへの応援コメント
「あんな時もあったのになぁ」と昔を思い出しても、それは遠き日の美化された思い出!?なのかもしれませんね。
どうしてこうなってしまったのだろう。
そんなふうに考えても、もう過去には戻れない。
↑この言葉、実に見事ですよね。ここに全てが集約されているといっても良いほど、特に男性側の心を言い当てていますね。
私、竹内まりやの「家(うち)に帰ろう」という曲が大好きで、あの歌詞がまさに熟年の夫婦のすれ違いを歌っているんですよね。それを思い出しました。しかし、実際にはこのお話のように、傷だらけになったガラスは磨いても、元には戻らないんですよね。
作者からの返信
コメントありがとうございます!!
美化された思い出⋯!!
確かに⋯そうかもしれない。
人間の記憶とは曖昧なものですものね。
「うちに帰ろう」の歌詞見ました!
あぁ⋯ってなる歌詞でしたね!!今日曲聴いてみようと思います。
そうなのです、傷だらけになった硝子はもう元の透明な硝子には戻れないんですよね。
だけどいつか、この傷は、いい味のデザインとなって、中の石は、宝石となって光り輝けばいいなぁと
まだ一縷の望みを心の何処かでは持ってるんですよね⋯。
貴方の声がへの応援コメント
文芸部へのご参加、ありがとうございます。
日常のなかで静かに蓄積していく痛みを「硝子の器」と「石」というモチーフで描き、かつて抱いていた眩しい記憶との残酷な対比を、五感に直接染み入る美しい筆致で紡がれた素晴らしい詩、深く沈み込むように拝読いたしました。
■ 全体を読んでの感想
相手からの何気ない、けれど絶妙に尖った言葉(「ちょっとは片付けませんか?」「もう少し、こう出来ない?」)が、心という「硝子の器」を傷つける「重い石」として静かに積もっていく描写に、胸が締め付けられるような切なさを覚えました。傷つきすぎて透明さを失い、温かさも冷たさも、何も感じなくなっていくプロセスの描写が、あまりにもリアルで、静かな恐怖と悲哀をはらんでいます。
かつては信じ合えていた幸せな「青い春」の瑞々しい記憶があるからこそ、現在の「ただ沈みゆく石を、ただただ見ていた」という絶対的な諦念と空虚さが、より一層深く、冷たい余韻となって心に刺さりました。
■ お題「共感覚表現」の活用について
本作では、お題である「共感覚表現」が、過去の幸福感と現在の決定的な絶望を読者にダイレクトに体感させるための、極めて鮮烈なフックとして使われています。
・【「声」という聴覚を「光」と「味」へ翻訳する、感覚の幸福な交差】
> 「同じ、その、貴方の声が / 軽く心解き放つ、琥珀に輝く甘い味わいだった青い春。」
本来は耳で聴くものであるはずの「貴方の声(聴覚)」を、「琥珀に輝く(視覚)」そして「甘い味わい(味覚)」へと見事にブレンドして描かれています。この複数の感覚が優しく溶け合う表現によって、かつてその声が主人公にとってどれほど温かく、心を満たす光に満ちた存在であったかが、説明的な言葉を超えて瑞々しく伝わってきます。
・【幸福の甘さから「血の味」への、あまりにも痛烈な感覚の落差】
> 「あの味をもう一度味わいたくて / 藻掻いて足掻いて感じてみたが / 舌にあるのは / 鈍い痛みと血の味だった。」
かつての甘い声の味をもう一度感じようと藻掻いた結果、舌に残ったのが「鈍い痛み」と「血の味(味覚・触覚)」という、生々しく物理的な痛覚に着地する表現の鋭さに息を呑みました。甘美な共感覚表現から、一転して現実の生々しい拒絶と傷を「血の味」として捉え直すことで、主人公の絶望が読者の舌の上にも冷たく広がるような、素晴らしい(そして恐ろしいほどに美しい)効果を生み出していると感じます。
■ 最後に
「共感覚表現」というお題を通じて、言葉にできないほど繊細な心の磨耗と、過去の眩しさをここまで深く、そして美しく描き出してくださった筆致に、深く敬意を表します。
また部室にて、あなたの紡ぐ、静かに五感を震わせる美しい物語に出会えるのを心より楽しみにしております。
作者からの返信
とても細かな分析・解説と感想ありがとうございました!!
こちらこそ参加させていただくことで、色々と悩み、また言葉の表現がひとつ増えたことを嬉しく思います。
また参加させていただきます!