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    拝読しました。この作品の雰囲気が好きです。
    私自身、普段から作品の構造や、その奥に流れているものを追って読むことが多いので、今回はその方向から書かせてください。

    少し長文になりますがお許しください。




    「細い道と、その先の診療所が消えた。」という一文から、この作品は始まります。

    何が起きたのか、なぜ消えたのかは、書かれません。

    読み始めてすぐに、「この町の地図」を描いている詩乃さんという人物が出てきて、最初は消えていく町を、彼女がその地図によって残そうとする物語なのだと思いました。

    読み進めるうちに、少し違うと感じるようになりました。

    八重子さんが、詩乃さんの地図を見て、こう言います。

    「あなたは見たままを地図にしないのね」

    詩乃さんの返事は短いです。

    「それじゃだめなんです」

    このやりとりを読んだとき、地図というものの前提が、ずらされているように感じました。
    見えるものだけを写すのが地図なら、それでは「だめ」だと詩乃さんは言います。
    彼女の地図に入っていくのは、いま目の前にある景色だけではないと思います。

    消えてしまった噴水や店
    他の人の記憶とはどこかずれている場所
    祖父の地図に不自然に消された跡だけが残っている場所

    そして「描けないところ」なのだと。

    この作品の奥で静かに支えているものについて、私なりに考えました。



    この地図は、線が増えていくほど、逆に「描けない場所」がはっきりしてくる地図なのではないか、と思うようになりました。

    八重子さんが詩乃さんに向かって、「あなたが描けない場所」と言う場面があります。
    最初、それはたぶん町のどこかの一角のことだと思って読んでいました。
    そのあと、灯さんの絵やアトリエ、標本と画帖に触れていくうちに、「描けない場所」は、もっと大きなものにつながっていくように感じました。

    灯さんは、直接姿を現しません。

    壁にかけられた薄羽蜉蝣の絵
    桐箱の中の習作
    アトリエ
    蝶の標本と画帖

    痕跡だけが、いくつも積み重なっていきます。

    その画帖の、デッサンが途切れた次の頁に、こう書かれています。

    「完璧な標本が僕の抜け殻になる」

    この一文を読んだとき、少し息が止まりました。

    標本が何なのか、灯さんに何があったのか、このひとことだけでは分かりません。
    分からないままで、灯さんの不在がすごく近くまで来てしまう感じがしました。
    近づいたのに、触れた瞬間にまた分からなくなる。そういう距離感の一文でした。

    そして、その次の朝です。

    「灯のことは、もう忘れなさい」

    八重子さんは、標本と画帖を、詩乃さんの目の前で押し入れの奥へ仕舞い、襖を閉めて、そのあとで、こう続けます。

    「あなたの地図を完成させなさい。あなた自身の線で」

    忘れなさい、と言われた直後に、自分の線で描きなさい、と言われます。
    この二つがどうつながっているのか、私にはうまく説明できませんでした。

    「あなたのためよ」という言葉も、それ以上の理由が語られることはありません。
    だから私は、これを、何かがきれいに片づいていく場面としては読めませんでした。

    アトリエの風景画を、八重子さんが指先に力を込めて二つに裂く場面もあって、それはむしろ、閉じようとしても閉じきらない何かが、そこにあり続けているように見えました。

    詩乃さんは、のちにこう言います。

    「取り戻すことはできない」

    そのすぐあとに、

    「私が続きを紡ごう。私の描く線で」

    この言葉は、何かを取り戻せたからこそ出てくる言葉ではないと思います。
    取り戻せない、という前提のまま、それでも線を引き続ける。その線は、空白を埋めるための線ではないのだと思いました。

    終盤、詩乃さんの地図は「翅脈のように広がっている」と描かれます。
    線は増えて、町の全体を包み込むほどに広がっている。その真ん中には、「何も描かれていない、虚空」があります。

    どんな線を引こうとしても、そこだけは、筆が動かなくなります。

    町がどう消えたのかも、灯さんがどうなったのかも、八重子さんがなぜ忘れなさいと言ったのかも、この空白のまわりに集まってきているように、私には感じられました。

    でも、その空白が、何か一つの答えに落ち着くことはありません。

    一方で、鍵だけは違う動きをします。

    八重子さんから詩乃さんへ渡され、アトリエで使われ、最後に「アトリエの鍵をお返ししてませんでした」と、返されます。

    鍵は、出来事としてはっきり閉じます。

    その鍵が返っても、地図の真ん中の空白は埋まりません。
    灯さんの不在も、忘れなさいという言葉の理由も、説明されないままです。

    最後の一文で、

    「壁の小さな絵は、そこにはもうなかった」

    と書かれます。

    冒頭で消えた道と診療所のことを、もう一度、違う場所で思い出しました。
    理由は、ここでも書かれません。ただ、消えている、とだけ置かれています。

    鍵は返されます。けれど、地図の真ん中の空白は残ります。
    閉じたものと、どうしても閉じないものが、同じ部屋の中に、並んで置かれている。そんな読後感が残りました。

    作者からの返信

    ご感想拝読させていただきました。誠にありがとうございます。大変嬉しいです。

    今後とも何卒よろしくお願いいたします。