第3話への応援コメント
第3話まで読ませていただきました。
第2話以降で、少し大きめの気になる点が見えてきました。
場面転換が、やや物語の勢いを削っているように感じます。
幼少期、能力についての過去、十五歳のノエリア、魔女が増えていった経緯、母親の葛藤、記憶の封印……と、必要な情報そのものはかなり整理されています。
ただ、一つの場面に入り「ここをもう少し見たい」と思った頃には、次の場面へ移ってしまうことが多いです。
少し極端な例えをすると、PowerPointのスライドを順番に送っているような感覚がありました。
「幼少期について」
「能力について」
「十五歳について」
「魔女が増えた経緯について」
「母親の葛藤について」
と、情報は非常に分かりやすい。
一方で、小説としては「この場面で人物の感情や関係がどう変わるのか」をもう少し見届けてから、次へ進みたいと思いました。
特に第2話のベビーベッド時代は、三人称でノエリアへかなり寄っているため、幼児期の知覚としては会話や状況が少し鮮明すぎるように感じます。
赤ん坊の記憶なら、言葉の意味そのものよりも、遠く響く声、怖い声色、何度も反響する一言、妙にゆっくり見える動き……といった、エコーやリバーブがかかったような断片的な感覚の方が自然かもしれません。
そして、ここには「記憶」という設定が大きく関係しているのだろうと思います。
ノエリアの記憶は封じられ、欠落し、後から蘇る。だから時間や場面が飛ぶ。構造そのものには納得できます。
ただ現状では、
「ノエリアの記憶が断片的に蘇っている」より、
「作者が必要な過去情報を順番に提示している」印象の方が強いです。
設定として記憶は機能していますが、演出としてはまだ上手く作用しきっていないように見えました。
音、匂い、言葉、感情など、現在の何かをきっかけに過去へ繋がる。
そして記憶側には欠落や歪みが残っている。
そうすると「説明された過去」ではなく、「蘇った記憶」として読者も体験しやすくなるのではないでしょうか。
また、第2話は第1話と比較すると、次話への引きも少し弱く感じました。
幼いノエリアの力や過去など強い材料は出ているので、材料不足ではありません。
むしろ、どこを一話の着地点にして、何を次へ持ち越すかの問題に見えます。
第1話ではフックの位置。
第2〜3話では場面転換と記憶の見せ方。
今のところ、文章そのものよりも編集・演出面が入口で少し損をしている作品という印象です。
第2話への応援コメント
第2話は、第1話よりも引きが弱く感じました。
幼少期の回想や能力の説明など重要な情報は多いのですが、「過去を知る」ことが中心になり、現在の物語が前へ進む力が少し弱まっています。
特にベビーベッド時代の描写は、三人称一元でノエリアに寄せるのであれば、会話や状況の解像度が少し高すぎるように感じました。
幼児期の知覚として、音が遠い、言葉の意味より声色だけ残る、時間が遅く感じる、といった感覚寄りの演出にすると、かなり自然になりそうです。
また、終盤で「幼いノエリアが人を◯した」という強い事実が出るにもかかわらず、そこが説明として処理されてしまい、次話への引きとしては少し弱いです。
第1話はフックの位置、第2話はフックの強さ。
今のところ、入口で一番気になるのはこの二点です。
第1話への応援コメント
Xより失礼します。
第1話、読ませていただきました。
辛口指定とのことなので、まず一番強く感じたところから失礼します。
私には、冒頭の魔女狩りの場面が少し邪魔に感じました。
もちろん、この世界で魔女がどう扱われているのかを最初に示す役割は理解できます。
ただ、その後のノエリアと母親の日常や会話を読んでいくだけでも、
「魔女狩りが身近に存在する世界」
「魔女が危険視されていること」は十分に伝わってきます。
一方で、第1話後半にはかなり良いフックがありました。
母親との穏やかな生活を見せたあと、夜になって帰宅すると、いつもと違って家の中が暗い。静かすぎる。そこから異変へ繋がっていく。
私はこちらの方が、ノエリア本人に直接関係するため、ずっと先を読みたくなりました。
そのため現状では、
「魔女が迫害される世界」という冒頭の強いフックと、
「ノエリアの日常が壊れる」という後半の本命フックが競合しているように見えます。
特に冒頭は、音・悲鳴・群衆・状況説明と強い刺激が続くため、読者が一枚の場面を認識するための「静」がほとんどありません。
ところが後半では、
「行動を止める」
「明るい」
「暑い」
「火事だと気づく」
というように、人物が認識する順番に沿って情報を渡せています。
こちらは非常に映像を想像しやすかったです。
つまり、静から異変へ移る技術そのものは、すでに第1話の中で使えているんですよね。
だからこそ少し意地悪な問いになりますが、
冒頭は「物語を始めるための場面」ではなく、刺激の強い場面を最初に見せること自体が目的になっていないでしょうか?
もしそうでないなら、冒頭の内容そのものを捨てる必要はなくても、位置や見せ方は一度検討してもよいように思います。
私としては、第1話で最初に読者へ渡したいものが
「魔女が迫害される世界」なのか、
「その世界で母親と暮らしているノエリア」なのかを整理すると、入口がかなり強くなるのではないかと感じました。
後半まで読む限り、作品そのものに引きがないわけではありません。
むしろ、良いフックがちゃんと後ろにあるので、前に置いた別の強いフックがそれを食っている、というのが第1話時点での印象です。
作者からの返信
Xから来ていただきありがとうございます!!
細かいところから、「どうすれば解決するのか分からない」となっていたところまで、しっかり指摘していただき感無量でございます。
お話がダイジェスト版(おっしゃっていたパワーポイント風ですね)になってしまうのも気にしていたので、そこについてもアドバイスをいただけて本当に心強いです!
「説明するよりショーを見せろ」という技術が必要になってきそうですね。ここは今後しっかり意識していきたいと思います。
これから、あらかも様のコメントを何度も読み込んで、精進していきたいと思います!
このたびは拙作をお読みいただき、そして丁寧なご感想とアドバイスをいただき、本当にありがとうございました!
第4話への応援コメント
第4話まで、いわば第1章と思われる一区切りまで読ませていただきました。
ここで第4話についてと、入口全体の総括をまとめます。
まず第4話ですが、ヴィクトルが登場してから一気に読みやすくなりました。
ノエリア一人で過去や記憶を追っていたところへ、別の価値観を持つ人物が入り、会話によって人物同士の反応が生まれ、物語が「説明されるもの」から「その場で起きるもの」へ変わっています。
特に終盤で、
「生きる理由を探す」
という目的が提示されたことで、ここまで読んでようやく、私の中でも「この作品はこれから何をする物語なのか」が明確になりました。
この着地点はかなり好きです。
一方、第4話について最も気になったのは長さでした。
これまでが概ね2000~3000文字程度だったのに対し、第4話は約6000文字。しかも一つの場面を6000文字続けるのではなく、火事からの脱出、森への移動、一夜、翌朝、湖、食事、今後の目的決定……と、何度も場面が切り替わります。
そのため、私には「一話が長い」というより、「複数話分を一話に収めている」
ように感じられました。
ここまで読んで、この作品には一つ特徴があるように思います。
本文中では場面を細かく切る一方、話数としてはあまり切らない。
第4話は、それが最も分かりやすく出ていました。
そしてこれは、第1~3話で感じていた「PowerPoint的な読み味」とも繋がっている気がします。
場面Aで必要な情報を提示する。
次の場面へ移る。
場面Bで別の情報を提示する。
また次へ移る。
情報自体は整理されているので、何が起きたかは分かります。
ただ、私がその場面に入り込み、人物の表情や空気、関係性の変化をもう少し見たいと思ったところで次のスライドへ送られてしまう感覚がありました。
特に記憶に関する場面では、設定として「断片的な記憶」であることと、読者が「断片的な記憶を体験する」ことは別だと思います。
例えば幼い頃の記憶なら、会話や状況を現在と同じ鮮明さで提示するだけでなく、聞き取れない声、断片的な言葉、遠く響く音、妙に遅く見える動きなど、少しエコーやリバーブが掛かったような知覚に寄せれば、「説明された記憶」ではなく「記憶を見せられている」感覚が強くなるのではないでしょうか。
ここは設定の問題ではなく、先ほどおっしゃっていた
「説明するより、ショーを見せる」
にまさに繋がる部分だと思います。
また、第1話について最初に感じた違和感も、ここまで読むとはっきりしました。
この作品、フックが弱いわけではありません。
むしろノエリアが普段通り家へ帰り、いつもと違う静けさに気付き、家の中の異変へ近づいていく流れはかなり強いです。
だからこそ、その前に刺激の強い場面を置いたことで、私には前のフックが、後ろにある本命のフックを食っているように見えました。
刺激の強い場面を描くこと自体が問題なのではありません。
「一番見せたいものを、一番強く見せられる位置に置けているか」
の問題だと思います。
あと、文章についても一つ。
私は語彙力が不足しているとは感じませんでした。
むしろ、頭の中にある映像や意味を文章へ落とし込む際に、
「何が見える・何が聞こえる」より先に、
「それが何を意味しているか」を文章にしてしまう傾向が少しあるように思います。
例えば「カンカンカン」という音を「サイレン」と表現すると、火事を知らせるという意味は伝わりますが、読者の頭の中では機械的な警報音が鳴ってしまいます。
意味は合っている。
でも映像、あるいは音が少しズレる。
こうした箇所を、読者が実際に見たり聞いたりできるものへ一段落とし込むだけでも、かなり印象が変わると思います。
一方で、この作品の平易な語り口自体は、私は嫌いではありません。
扱っている内容はかなり重いのに、文章には昔話や児童文学のような素朴さがあります。
グリム童話などを考えれば、重い出来事を平易な文章で語ること自体は何もおかしくありません。
なので「もっと難しい言葉を使った方がいい」という意味ではありません。
この平易さを作風として残したまま、説明になっている部分だけを映像へ変換する。
その方が、この作品には合っている気がします。
第1章まで読んだ上での、私の入口診断としての結論です。
物語そのものが弱いというより、入口での「見せる順番」「場面の切り方」「頭の中の映像を読者へ渡す方法」で少し損をしている作品だと感じました。
そして逆に言えば、かなりの部分が技術で改善できると思います。
第1話後半の静かな異変。
第4話でヴィクトルが入ってからの会話。
状況が動いている場面。
すでに「見せる」ことが出来ている箇所はあります。
だから全面的に別の書き方へ変えるというより、
「この場面で一番見せたいものは何か」
「ここでもう少し人物と一緒にいられないか」
「この情報は今ここで全部必要か」
「場面転換ではなく、ここを話数の切れ目にできないか」
この辺りを整理すると、かなり入口が変わると思います。
そして何より、
第1章の最後でようやく始まった
「生きる理由を探す旅」
は、普通に続きが気になりました。
だから今回一番伝えたいのは、
「ここまで来れば面白さが見える」ではなく、
「ここまで来てもらいやすい入口にするにはどうするか」
ということです。
既に一定の評価や反応を得ている作品ですので、釈迦に説法かもしれませんがw
辛口指定でしたので、今回かなり率直に書かせていただきました。
ええ、よき作品をありがとうございました!