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  • 念願のへの応援コメント

    コメント失礼いたします。

    戦時中の男性なのに、珍しいタイプの旦那様ですね。
    私はてっきりこの時代の男性は奥様に子供ができないことを女性の責任にするものだと認識しておりましたし(当時としては当たり前の考え方です)、妊娠した奥様のお腹をカメラで撮影するなんて当時としては狂気だと思います。
    特に女性の妊娠出産に対して赤羅様に関心を持つのは当時の男性にはタブーだと思いますし、現在の昭和の中頃生の男性もあまりこの手の話はしたがりませんね。
    一寸、男性の書き方が『現代的』なのが気になりました。

    お気に触られたらごめんなさいm(_ _;)m。

    私の家の男性はこのようなタイプの男性は居なくて、祖父に至っては若い頃は祖母を叩いたり威張り散らすのが当たり前で妻の妊娠にこのように過剰反応する人はいなかったので……。

    あまりの違いに、正直、びっくりしました。

    作者からの返信

    確かに、戦前や戦中は男尊女卑の傾向が強くて、横暴な男性や理不尽な男性も多かったと思います。
    でも、そうでない人も少なからずいたのだと思います。

    特攻隊の出撃地だった鹿児島県・知覧に知覧特攻平和会館というのがあります。そこには若くして死んでいった特攻隊員の遺書が展示されています。
    ホームページに掲載されている手紙の一部を抜粋引用してご紹介します。特攻隊員が死ぬ間際に婚約者に宛てた手紙です。

    「手紙に書くことはうんとあるが、あなたの厚情にお礼を言う言葉以外何物もない」
    「あなたのご両親様、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。至らぬ自分にかけてくださったご親切、月並みなお礼の言葉では済み切れぬけれど、ありがとうございました」
    「あなたの幸せを願う以外に何物もない」
    「いたずらに過去の小義にこだわるなかれ。あなたは過去に生きるのではない」
    「勇気をもって、過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと」

    このあとも、死んでいく自分のことは忘れて幸せになって欲しい、ということが綴られています。
    でも、最後の結びにはこう書かれています。

    「あなたに会いたい、話したい、無性に」

    わたしもその場で多くの遺書を読みましたが、誰もが心優しい若者でした。母を思い、妻を思い、子供を思い、恋人を思い、友人を思い、一緒に過ごした日々を感謝の言葉で綴っていました。

    『夢織旅』の主人公の一人である崇は戦地には行かず軍需工場で働いていました。
    家族と将棋を愛する心優しい青年です。
    戦時中ということもあって結婚は諦めていましたが、母親の強い勧めもあって、見合いをすることになりました。
    そこで出会った女性は運命の人だったのでしょう、心を奪われました。そして、結婚したその日から妻がすべてになったのです。

    どの時代にも心優しき男性は少なからずいたと思います。ただ、それが表に出ていなかっただけではないでしょうか。

  • 祖父との酒盛りへの応援コメント

    拝読しました。
    綿棒にお酒を含ませて、祖父の唇に這わせる場面がとても印象的でした。
    「二人で飲むと、おいしいね」という言葉が優しくて、でも切なくて、胸に残ります。
    大きな出来事ではないのに、家族の愛情と別れの時間が静かに伝わってきました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    祖父を思う気持ちに寄り添っていただき、とても嬉しいです。

    また、真っ先に多大なご評価いただき、心より御礼申し上げます。嬉しくて、近況ノートにてご紹介させていただきました。深謝。