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  • 静止した「坐す」という行為に、忙しなく動き続けるイメージのある「都市」をぶつけることで、その対比から仏教の持つ静謐さを表現した一首のように、最初は読みました。

    しかし、「チベット」という語に力点を置いて読み返してみると、また違った趣が感じられます。

    チベット仏教、とりわけその密教的な伝統には、ただ静かに坐して内面を見つめるだけではなく、真言の読誦や観想、儀礼など、身体と言葉を用いた実践が豊かにあります。

    そう考えると、最初に見えた「仏教=静、都市=動」という対比も、少し揺らいでくるように思うのです。

    「独り坐す」という静けさの中には「チベットの声明」という声の実践があり、その外側には絶えず動き続ける都市がある。そして、その都市のただ中にも「心は涼し」という静けさがある。

    『静の中にも動があり、動の中にも静がある』
     そう読んでみると「都市のなかでも」という言葉がいっそう面白く感じられる一首でした。