或いはもう一方の火球への応援コメント
「火の球じじい」の衣装がお洒落ですね。モダンという表現が似合いそうです。
火の球に追われることになったその男性が、なぜそうなったかはわかりませんが、戦争が原因だとしたら、彼もまた被害者の一人なのかもしれないなと思いました。
望まない視線というのは嫌なものですね。逃げても追いかけてくる……恐ろしいことです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
〝ああし〟さんは御洒落さんですが、多分何十年前の『おのぼりさん』みたいな感じですね。
火の球に追われる事は、男の幻覚や幻聴も含まれていますが、〝果たして見棄てた部下のものだったのか〟というものもあります。一応、作中でもそれとなく〝ああし〟さんが推測していますが。
逃げても逃げても四六時中追いかけてくる視線……想像するに頭がおかしくなるようなものですね……。
読んで下さってありがとうございます~。
編集済
或いはもう一方の火球への応援コメント
拝読いたしました。
視線を感じる、というのはどういうことだろうといつからか不思議に思っていました。見られていると気づかなければ、外的な干渉はない。それでも誰かが見ている気配を感じてしまいます。
視線というのは、それこそ目には見えない不思議な力があるのでしょうか。怪談の多くは「見る、見られる」ことで発生しますね。
死者に恨みの念を以て見られるのは、きっと想像できないほど恐ろしいのでしょうね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
視線。見られている。
本来は見えないものですから、こちらから確認して初めて生まれるものです。
今作は見ようとせずとも〝強制的に見ている〟ものだから恐怖そのものですよねえ。
怨念に見られ、見えなくなってなお、見られなくする……恐ろしいものです。
読んで下さってありがとうございます〜。
或いはもう一方の火球への応援コメント
終戦からそう時間が経っていない頃の話ということで「うわ闇が深そう……」となり、
火の玉が(おそらくは見殺しにしたと噂の部下の)目玉だったところで「ぐわぁ……」となり、
両目だけが燃えていたところで「うげぇ……」となりましたorz
見殺しにした相手から発狂するまで見続けられ、死んでもなお眼を焼かれる。
どれだけ深い恨みだったんでしょう。
胸の中に重く沈んでいくような、このなんとも言いようのない「イヤ~な感じ」をうまいこと表す言葉がないものか考えていましたが、
思い浮かばなかったので結局そのまま書き残すことにしました(白目)
作者からの返信
コメントありがとうございます。
〝ああし〟さんの年齢や今年(二〇二六年)で戦後八十一年を考えると「じいさん何歳だ!?」となりますが、私の年代の感覚が十数年前で止まってますね……。
それはさておき、火の球が燃える眼球(しかも原型をとどめている)、なおかつ死体の両眼が……となるとちょっとグロテスクかな、と思いました。
異物から見られるのは怖いですよね。視線の恐怖といえば正確には生者のそれではありませんが、横溝の『車井戸はなぜ軋る』も効果的でしたねえ。
脱線。
感情をそのままぶつけて頂くとボヨヨ〜ンとはねて次の創作への活力源になります。八月まであと一ヶ月はこうやって返事をするぐらいで潜ってますが。ワハハ。
読んで下さってありがとうございます〜。