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  • 第51話 一年後の仮受付への応援コメント

    一気に飛んだなあ
    家族に逆行のことは説明したのかな

    作者からの返信

    ありがとうございます。一気に一年進めました。

    逆行のことは父にはすでに打ち明けていますが、母と真由にはまだ事情のすべてを話していません。父だけが達也の前の人生と、家族を失った記憶を知っています。

    この秘密を家族全員にいつ、どう伝えるのかも、今後きちんと描いていきます。

  • 第38話 知っている者の手への応援コメント

    多分主人公はいっぱいいっぱいで気がまわらないだろうけれど、地下鉄サリン事件も控えている年……

    作者からの返信

    ありがとうございます。

    おっしゃる通り、1995年は震災だけの年ではなく、その約二か月後には地下鉄サリン事件も控えています。

    今の達也は目の前の被災者と住まいのことで精いっぱいですが、未来を知る者として、いつまでも思い出さないままではいられません。「知っているのに、どこまで救えるのか」という問題にも向き合わせたいと思います。

  • 第34話 名前をつなぐへの応援コメント

    原爆の慰霊碑でも最近名字の誤字が訂正されて90代の妹が名乗り出たことがあったなあ

    作者からの返信

    ありがとうございます。

    原爆供養塔の納骨名簿の件ですね。たった一文字の誤りでも、長い年月、遺族へつながる道を塞いでしまう。逆に、名前を正しく残すことが、何十年後に誰かを家族のもとへ帰す手がかりにもなるのだと感じました。

    この物語でも、名前を単なる記録ではなく、人と人をつなぐものとして大切に描いていきたいです。

  • こういう震災系の歴史改変はほとんど無いから良いね

    作者からの返信

    ありがとうございます!

    震災そのものだけでなく、その後の「住む場所」や不動産の動きから歴史を変えていく物語は珍しいと思い、この題材を選びました。

    鍵と空き部屋で、どこまで家族や町の未来を変えられるのか。これからも丁寧に描いていきます!

  • 第53話 貸す側の震えへの応援コメント

    バブル白井、何とかしないとなあ
    どうせ数年後に「高転びにころびける」輩とはいえ、実害だらけで街を根切りに値切るから始末に負えない

    作者からの返信

    ありがとうございます。

    「バブル白井」、まさにその感じですね。本人としては商売のつもりでも、弱っている借り手と怖がっている家主の両方に入り込んで、結果的に町そのものを安く見積もらせていくタイプだと思います。

    数年後には自分も高転びする側かもしれませんが、その前に残す実害が大きいので、宮本不動産としては見過ごせない相手になってきました。白井をどう倒すかというより、白井の言葉で町が値切られていくのをどう止めるか、そこを描いていきたいです。

  • 第47話 眠るための部屋への応援コメント

    おやすみなさい、って挨拶が命令形なのは、最初はこうした責任感から動いてしまう人を休ませるための言葉から始まったのだろうか
    だから命令形でも思い遣りのこもった優しい響きなんだろうか
    「おやすみなさい」を言ってくれた人たちに、次の交代で「おやすみなさい」を言うまで、しっかり休めるように

    とにかく、宮本家の皆さん、お疲れ様でした
    おやすみなさい

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    「おやすみなさい」が命令形なのに優しく聞こえる、という見方に、はっとしました。

    休まなければいけない人ほど、自分では休めない。
    責任感で動いてしまう人ほど、誰かに「もう休みなさい」と言われないと止まれない。

    そう考えると、「おやすみなさい」はただの挨拶ではなくて、次に動くために、誰かが誰かを止めてくれる言葉なのかもしれませんね。

    宮本家も、ようやくその言葉を受け取れるところまで来ました。
    そして次は、誰かに「おやすみなさい」と言える側に戻れるように、まずは眠ってもらいます。

    ここまで一緒に見守ってくださって、ありがとうございます。
    おやすみなさい。

  • 第46話 引き継ぐ朝への応援コメント

    まだまだ26時間経っただけ

    でも、完徹の宮本家はとりあえず眠れる
    良かった

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    本当に、まだ二十六時間ほどしか経っていないんですよね。
    でも、その二十六時間を宮本家はほぼ休まず、ずっと誰かのために線を引き続けてきました。

    終わったわけではない。
    町も避難所も、まだまだこれから。

    それでも、誰かに少し役目を渡せて、父が目を閉じられて、母も少し眠れて、真由も「書く」だけで全部を背負わなくてよくなる。
    その小さな交代が、今の宮本家には何より必要だったのだと思います。

    ここから先は、宮本家だけで抱えるのではなく、少しずつ周りへ渡しながら進めていきたいです。

  • 第45話 夜明け前の線への応援コメント

    太陽が地球を照らす面と照らしていない面、夜と朝の境界線(明暗境界線)を英語ではterminatorと呼ぶそうです

    宮本さんたちの役割、そろそろ誰か代わってください
    終わらせてあげてください

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    明暗境界線を terminator と呼ぶという話、今回の「夜明け前の線」に重なっていて、すごく印象的でした。

    夜と朝の境目。
    動いていいことと、まだ動いてはいけないことの境目。
    助けたい気持ちと、止めなければいけない役目の境目。

    この一晩、宮本家はその線をずっと引き続けていたのだと思います。

    そして、おっしゃる通り、そろそろ誰かが代わらなければいけません。
    宮本さんたちだけで背負い続ける話にはしたくないので、ここから少しずつ、学校、町内会、消防団、外から来る人たちへ役目を渡していく流れにしていきます。

    夜を越えたので、宮本家にもちゃんと息をさせてあげたいです。


  • 編集済

    第44話 灯りを置く場所への応援コメント

    だから、毎年恒例となったルミナリエのひかりはあんなに輝かしくて優しい
    あのとき照らせなかった光の分
    光を補った人々の工夫の分


    (だから、ルミナリエの数年後から東京の方でクリスマスイベントとしてミレナリオ始めたときは、少々…いやかなあ〜〜りムカついた。
    単なる人寄せイベントとちゃうねん💢)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    「あのとき照らせなかった光の分」
    「光を補った人々の工夫の分」

    この言葉、すごく胸に来ました。

    今回の話で書いた灯りは、きれいなイルミネーションではなく、足元を見るため、救護を続けるため、子どもを落ち着かせるための、本当に小さな光でした。
    でも、そういう小さな光を必死に置いていった夜があるからこそ、後のルミナリエの光には、ただ明るいだけではない優しさや祈りが宿るのだと思います。

    だからこそ、単なる集客イベントのように扱われると違和感や怒りが出る、という感覚も分かります。
    光は同じように見えても、背負っているものが違うんですよね。

    この作品でも、その光の重さを軽く扱わないように書いていきたいです。

  • 第42話 止める役への応援コメント

    なんか工場の話と雰囲気が似てるなぁと思ってたら同じ作者さんやったんか!

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    気づいていただけて嬉しいです。
    こちらも同じ作者です。

    町工場の方では、限られた人手や道具の中で、現場をどう回すかを書いていますが、この作品ではそれが震災直後の避難や住まいの形に変わっています。

    物を作る現場と、壊れた町で人を守る現場。
    場所は違いますが、「限られたものをどう分けるか」「誰か一人に負担を寄せすぎないか」という部分は、たぶん同じ芯で書いているのだと思います。

    両方読んでくださってありがとうございます。

  • 面白いけど1話が異常に長い。AI生成?
    AIはただプログラムで読者には忖度せず描写や心情と会話の整合性で文章を作るから
    投稿者が校正で調整しないと読み手側が苦痛に思うほどの長文になるんだよね
    1話の文章量が多いと読み返したいときに、どこに書いてあるのか探すのが困難になります。
    もう少し1話毎の文章量を調整して欲しいです

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    面白いと言っていただけて嬉しいです。
    一方で、1話ごとの文章量が多く、読み返しづらいというご指摘もその通りだと思います。

    特に序盤は、状況説明や心情、震災前夜の緊張感を入れようとして、かなり詰め込み気味になっていました。
    読み手の方が追いやすい長さや区切りも大事なので、今後の話数や改稿時には、1話の分量や場面の切り方をもう少し意識して調整していきます。

    ご指摘ありがとうございました。


  • 編集済

    第40話 痛みの順番への応援コメント

    じいちゃん、これ、ホントはめちゃくちゃ痛いんだよね
    皆さんなんとかなって…
    ボソ 真木野の若様召喚したい(でもこちら側では真木野さまも21わ歳くらいで整体師やってないし、黒瀬の若旦那と高井田メンバーズも被災して安否確認と片付け中だし…)。

    この時間帯だとまだ大阪からも救助入れたかどうかってときですよね。胸が痛い

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    藤井のじっちゃん、口は達者ですが、腰は本当にかなり辛いはずです。
    それでも文句を言いながら周りを見てしまうあたりが、あの人らしさかなと思っています。

    真木野の若様を召喚したくなるお気持ち、分かります。
    ただ、この時間軸だとまだ若く、しかも黒瀬の若旦那や高井田の面々もそれぞれ被災して、安否確認や片付けに追われている側なんですよね。
    助ける側に見える人たちも、みんな同じ災害の中にいる。

    この時間帯は、外からの救助もすぐ十分に届くわけではなく、現場にいる人たちが足りないものだらけの中で順番を決めるしかない。
    そこが書いていても胸の痛いところです。

    なんとか夜を越えられるように、ここからも大事に書いていきます。

  • 第36話 夜の前に止めるへの応援コメント

    藤井のじっちゃんの眼光及びツンデレ度がどんどん上がっていく
    腰、辛いやろな

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    藤井のじっちゃん、口は悪いですが、だいぶ見張り役として働いてくれていますね。
    本人は絶対に「心配している」とは言わないでしょうが、眼光だけで宮本父子を止めにかかっています。

    ただ、おっしゃる通り腰はかなり辛いはずなので、無理に動かしすぎず、あの場に座ったままでも存在感のある人として書いていきたいです。
    ツンデレ度は……本人は全力で否定しそうです。

  • 第35話 動いた人の名前への応援コメント

    ありがとうございます、原田くん、休ませてくださって
    優しいひとから辛くなる、って昔教科書に載ってた「夕焼け」って詩にあったなと思い出す

    なお、コレ、動いている人が公務員だと、本人被災者だろうがなんだろうが、もう、皆さんのサンドバッグ扱いになります笑
    …公僕だけど貴方の下僕じゃねーっつーの

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    原田くんのこと、気にかけてくださっていたので、ここでちゃんと休ませたいと思って書きました。
    「優しいひとから辛くなる」という言葉、本当にこの場面に重なりますね。

    そして、公務員や学校職員の方が、本人も被災者であるはずなのに「対応して当然」の側に置かれてしまうことも、きちんと書かなければいけない部分だと思っています。
    公僕ではあっても、誰かの下僕ではない。
    その線引きは、災害時ほど見えにくくなるからこそ大事ですね。

    動いている人、支えている人も、ちゃんと休ませる。
    そこを忘れないように書いていきます。

  • 第33話 怒る家主への応援コメント

    おお〜、藤子不二雄ワールドに居った神成さんや

    ちょっとでも筋が通ってなかったら割れんばかりの大声出して怒鳴りつけるおっちゃん(属性:ツンデレ)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    神成さん、言われてみるとかなり近いですね。

    怒鳴るし、口は悪いし、筋が通っていないことには容赦ない。
    でも、弱っている人を前にして「出ていけ」とは言えない。

    藤井さんは、ただの嫌な家主ではなく、家主としての責任と筋を分かっている口悪おっちゃんとして書いていきたいです。

  • 第31話 夕方までの丸への応援コメント

    何で、ボランティアとして能動的に動いた宮本さん一家がこんなにしんどい思いしなきゃいかんのだろう
    皆、混乱しているとはいえ、何故みな動ける人(学校側、たまたまこの年当番に当たってしまったろう町内会役員さん含む。そう言えば青葉荘と学校を何往復もしてくれた男の子は、ちゃんと屋内でやすめているのだろうか)におんぶに抱っこになってしまうんだろう

    …多分、自分もおんぶする側なのに
    怒りを覚えてしまう自分が、居た堪れない

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    その怒りは、すごく自然なものだと思います。

    非常時には、動ける人、声を出せる人、鍵を持っている人、たまたま当番だった人に、どんどん負担が寄っていく。
    宮本一家も学校側も町内会の人たちも、本当は被災者なのに、受け止める側に回ってしまっているんですよね。

    青葉荘と学校を往復してくれた男の子のことも、確かに大事です。
    助けた人、動いてくれた人がちゃんと休めたのかも、この先どこかで拾いたいと思います。

  • 第31話 夕方までの丸への応援コメント

    東日本大震災時もそうでしたが、普段は良い人でも非常時には狂気が出てしまいます。
    戦後の話を親に聞くと農家に押し入る強盗も増えたそうです。
    軍隊が居なくなったせいと聞きました。

    非常時には警察が役立たずなので、軍が必須ですよ。
    非常時には非情に徹しないと俺が私がと騒ぐ人間が増えて助けられる人も助ける気が
    無くなります。
    最悪、暴動も起きますので軍が鎮圧しないと収まらないでしょう。
    アメリカで暴動が起きると軍が出動しますが、警察ではどうにも出来ないのが非常事態でしょう。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    非常時には、普段は普通に暮らしている人でも、恐怖や寒さや家族を守りたい気持ちで一線を越えてしまうことがあるのだと思います。

    今回の西尾さんも悪人としてではなく、追い詰められた人として書きました。
    だからこそ、鍵を渡さない、名前を残す、学校や町内会に判断を戻す、という線引きが必要になる。

    善意だけでは守れないものがある、という部分は、この先も現場の描写として大事にしていきたいです。

  • 村山政権社会党だったな。分裂した自民党が合流していたからまだ動けた

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    村山政権、自社さ連立の時期でしたね。
    政権の形もかなり特殊で、震災対応を見るうえでは、現場だけでなく上の体制も避けて通れない部分だと思います。

    物語では政治を前面に出しすぎず、ただ現場で人がどう動いたか、その背後にどんな限界があったかは意識して書いていきたいです。

  • 第6話 崩れた朝の足場への応援コメント

    震災前日、長田区に仕事で出張でした。
    倒壊した高速道路からの眺めを記憶してます。
    翌日、遠方の自宅で揺れを体感。
    ニュースで神戸の惨状を見て絶句しました。
    先日の美しい神戸の街が一変でしたね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    前日に見た美しい神戸の街が、翌日のニュースで一変していた。
    その落差を実際に記憶されている方の言葉は、とても重く感じます。

    倒壊した高速道路の眺めも含めて、あの日を知る方の記憶に触れるたび、この題材を軽く扱ってはいけないと改めて思います。

    宮本一家の物語として書きながらも、あの日それぞれの場所で見て、揺れて、言葉を失った人たちの時間を忘れずに続けていきます。

  • 第25話 店へ戻る道への応援コメント

    宮本さん一家が孤軍奮闘していたこの日の午前中、自分はただ茫然とTVの画面見てました
    何だこれ何だこれ何だこれ…って
    意識的に逃げるように、大阪市内への職場へどう参集しようと考えながら

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    テレビの前で「何だこれ」と思うしかなかった時間も、間違いなくあの日の一部だったのだと思います。

    宮本一家は物語の中で動いていますが、その裏側には、画面の前で固まった人、職場へ向かうことを考えた人、家族や知人を案じた人、それぞれの朝があったはずで。

    その重さを軽く扱わないように、続きを書いていきます。

  • 第10話 声の残る二階への応援コメント

    青葉荘のお二人が降りてくるシーンで息を止めて読んでいました…しぬかとおもた(こちらが酸欠で)。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    酸欠になりそうなくらい息を止めて読んでいただけたなら、あの場面の怖さが伝わったのかなと思います。

    青葉荘の二人は、助かったと言っても無傷ではなく、降りるだけでも命がけでした。震災の中では「二階から地面に降りる」だけでも、とんでもなく遠いことがあるのだと思います。

    これからも、派手な救出劇ではなく、ひとつひとつの足場と声かけで命をつないでいく感じを大事に書いていきます。

  • 心臓に悪すぎ泣
    あの日、あちらでもこちらでもあった風景なのに

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    本当に、あの日は「あちらでもこちらでも」同じように、でも一つ一つ違う怖さと痛みがあったのだと思います。

    この作品では、大きな被害の数字ではなく、名前のある人、戻る場所のある人、誰かを待っている人として描いていきたいです。

    読んでいて苦しくなる場面もあると思いますが、その重さを雑に扱わないよう、丁寧に書いていきます。

  • 第7話 空いた部屋の重さへの応援コメント

    お父さん、無事で。お願いします

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    父の存在は、達也にとって家族であり、仕事の原点でもあり、この物語の大きな柱だと思っています。

    あの朝に何を守れて、何を守りきれないのか。
    達也だけでなく、昭夫もまた「不動産屋」として、目の前の命に向き合っていくことになります。

    どうか見守っていただければ嬉しいです。

  • ひとつひとつの鍵
    ひとりひとりの命に 胸が痛い

    …父の知人ですが、西宮市仁川で起こった地滑りで亡くなった方がおられました
    学生時代に、自分が直接お世話になったことも何度かあり、ひと事ではなかったです

    ほんの半日、時間が戻ったときに、何ができるだろう

    胸が重苦しい

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    身近に震災で亡くなられた方がおられると、どうしても「ひと事」では済まなくなりますよね。

    この作品では、震災を大きな事件としてだけではなく、ひとつの鍵の向こうにある、ひとりひとりの暮らしや命として描いていきたいと思っています。

    半日前に戻れたとしても、全部は救えない。
    それでも、目の前の一人に何ができるのか。

    その重さから逃げずに、丁寧に書いていきたいです。

  • 時間が経ったからこそ書けた物語。

    作者からの返信

    ありがとうございます。

    まさに、時間が経った今だからこそ、震災そのものを派手に描くのではなく、その後も続いていく「住まい」や「家族」や「仕事」の物語として書けるのではないかと思っています。

    軽く扱わないように気をつけながら、達也が鍵束で何を守れるのか、丁寧に描いていきたいです。