2026年6月8日 13:11 編集済
ラベル魔法とかかっこいいへの応援コメント
まず、テンプレをテンプレっぽい世界の寓話として語るという構造が面白かったです。まあ、ラベリング(テンプレ)に納得がいかない人の一つの解ではありますね。結局のところお約束の展開から外れだした瞬間に回れ右されるような気もしますが。 別解としては、書きたいように書いて、ここで多くの人に読まれることを最初から期待しない、という解もあります(それはそれで書いている側としてはキッツいのは確か)。 なんのデータもないですが、投稿サイトのユーザーってほとんどが書きたい人で、あとは「無料だから読んでやるが期待通りの作品以外はお断りだ」という人だと思います。だって書いてるのが素人で、誰もキュレーションしてくれないサイトなんて、わかりやすいラベル成分表示してないとほぼ時間の無駄になるから読みたくないですよ。自分だけのお気に入りの宝石を探したければ、金払っても一定以上の質が保証されているところでユニークな作品を探します。 というわけで、ラベリング(=テンプレ)以外は構造上読まれないのは当たり前だから、そこはそもそも期待しないのが正しい。サイトの構造上、テンプレにオリジナルで対抗するのは、逆立ちしても無理です。たとえ将来商業市場でベストセラーになる作品を書いたとしても、ランキングトップは無理でしょう(バズるという現象もあるので可能性ゼロではない)。ただ、これだけ人(=作者)が集まると面白いもので、作者の中には「自分が書いているようなユニークな(テンプレじゃない)作品を読みたい」という読み手もごく少数ですけどいます。そういう人にだけはノンラベルでも読まれるかもしれない。但しその人の固有のセンサーに引っかかる何かがないとだめで、その「引っかかり」がどうやって生み出せるのかはよくわかりません。でも自分がまず面白いと思えないと、他人のセンサーにだって引っかからないよなあ、と最近思っています。「書きたい」と「書いたものが自分でも面白い」はどうも別らしくてですね。自分の書きたいものを書いて読んでもらいたいのはいいんですけど、たぶんその先に別の壁、即ち「面白いかどうか(これはテンプレかどうかを意味しません)」があることを、多くの書き手は忘れてしまっているのではないでしょうか。 自分の書きたいもので「かつ面白いもの」を書けば、誰か一人か二人、運が良ければ二けたくらいの人のセンサーには引っかかるくらいの、読み手の多様性はカクヨムにはあるように思います。では面白いものかどうかをどうやって判定するのか? もし信頼できる読み手が家族や友人にいるならとても幸運ですが、そうでないなら自分で読んで面白いと思えるか、で判定するしかないかなと思います。 長文すみません。最後にですが、わたくし割とマジで「時間が逆行する図書館」のお話を読んでみたいですよ。
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ラベル魔法とかかっこいいへの応援コメント
まず、テンプレをテンプレっぽい世界の寓話として語るという構造が面白かったです。まあ、ラベリング(テンプレ)に納得がいかない人の一つの解ではありますね。結局のところお約束の展開から外れだした瞬間に回れ右されるような気もしますが。
別解としては、書きたいように書いて、ここで多くの人に読まれることを最初から期待しない、という解もあります(それはそれで書いている側としてはキッツいのは確か)。
なんのデータもないですが、投稿サイトのユーザーってほとんどが書きたい人で、あとは「無料だから読んでやるが期待通りの作品以外はお断りだ」という人だと思います。だって書いてるのが素人で、誰もキュレーションしてくれないサイトなんて、わかりやすいラベル成分表示してないとほぼ時間の無駄になるから読みたくないですよ。自分だけのお気に入りの宝石を探したければ、金払っても一定以上の質が保証されているところでユニークな作品を探します。
というわけで、ラベリング(=テンプレ)以外は構造上読まれないのは当たり前だから、そこはそもそも期待しないのが正しい。サイトの構造上、テンプレにオリジナルで対抗するのは、逆立ちしても無理です。たとえ将来商業市場でベストセラーになる作品を書いたとしても、ランキングトップは無理でしょう(バズるという現象もあるので可能性ゼロではない)。ただ、これだけ人(=作者)が集まると面白いもので、作者の中には「自分が書いているようなユニークな(テンプレじゃない)作品を読みたい」という読み手もごく少数ですけどいます。そういう人にだけはノンラベルでも読まれるかもしれない。但しその人の固有のセンサーに引っかかる何かがないとだめで、その「引っかかり」がどうやって生み出せるのかはよくわかりません。でも自分がまず面白いと思えないと、他人のセンサーにだって引っかからないよなあ、と最近思っています。「書きたい」と「書いたものが自分でも面白い」はどうも別らしくてですね。自分の書きたいものを書いて読んでもらいたいのはいいんですけど、たぶんその先に別の壁、即ち「面白いかどうか(これはテンプレかどうかを意味しません)」があることを、多くの書き手は忘れてしまっているのではないでしょうか。
自分の書きたいもので「かつ面白いもの」を書けば、誰か一人か二人、運が良ければ二けたくらいの人のセンサーには引っかかるくらいの、読み手の多様性はカクヨムにはあるように思います。では面白いものかどうかをどうやって判定するのか? もし信頼できる読み手が家族や友人にいるならとても幸運ですが、そうでないなら自分で読んで面白いと思えるか、で判定するしかないかなと思います。
長文すみません。最後にですが、わたくし割とマジで「時間が逆行する図書館」のお話を読んでみたいですよ。