①の12.旅立ちの朝への応援コメント
華山派の正式な後継者であり、百花谷の試練を突破した仙人が天下の乱にどう介入していくか。杜鵑に匹敵するライバル達が楽しみです。
作者からの返信
ご考察いただき、ありがとうございます!
天下のために隠遁生活を辞し、華山派の正式な後継者として百花谷の試練を突破した仙人が、いかに天下の乱に介入していくか――。杜鵑に匹敵するライバルたち、私もとても楽しみにしています。
さて、隠居を退いた彼女が最初に直面する敵(ライバル)の配置について、今振り返ると、作者こと私が敬愛する作品へのオマージュだらけなのです(笑)。
私は「主人公側、五人小隊」のような編成が大好きでして。いわば「ブロンズ」の段階にある主人公が「セ〇ントクロス」を得た直後、最初に出会う仲間こそが、実は最初の敵だったりするんですね~
「仲間に全力(重拳)でぶん殴る」のも、また一興かと(笑笑笑)~
①の9.花と我は一つへの応援コメント
支配でも従属でもなく合一。
ホトトギス、鳴いて血を吐く
杜鵑の仙人の完成
お見事です。
作者からの返信
ご考察いただき、ありがとうございます!
その分析、実に見事です。作者である私が意図した「世界観の隠された(後の展開に繋がる)部分」まで、しっかり触れていただきました。
杜鵑にとって、彼女の冠花とは対等で独立した関係にあります。しかし、他の「冠花者」たちにとっては、必ずしもそうとは限りません。この設定は、多くの「守護者」や「スタンド」的な能力を持つ作品のあり方に似ているかもしれません。彼女と冠花の関係は、まさに杜鵑という人格そのものの写し絵(鏡)なのですね~
ご指摘の「ホトトギス、鳴いて血を吐く」は、まさに漢字「杜鵑」の掛詞(ダブルミーニング)です。杜鵑は「躑躅(つつじ)」の花であると同時に、「杜鵑」の鳥でもあります。古代神話(望帝、春心を杜鵑に託す)に由来する故事で、「意志の堅さ」(使命を全うするまで諦めぬ)精神を表していますね。
とはいえ――(ここからは少しネタバレ含みますが、物語の「其十」の段で展開予定なので、大きな支障はないかと笑)、
「五岳剣派」の「嵩山派・百鳥輩」に所属する少女たちは、皆「鳥類」を原型とした化身です。同じ「鳥」の称号を持つ彼女が、果たして嵩山派に「引き抜かれ」てしまうことはないのでしょうか?(なんとも引く手あまたな角色ですね~ そう思うと、スマホゲームの編成システムで、違う陣営の角色を同じパーティに組んでステージを攻略するみたいで笑)
①の8.夢幻と花語への応援コメント
花香が心の奥底の「恐怖」「記憶」「弱さ」を呼び覚ます。
自分自身の百の声の中から、自分を選び取る試練
作者からの返信
ご考察いただき、ありがとうございます!
その「特別な箇所」をそう読み取ってくださり、私がこのシーンを構想していた当時の面白い思い出が蘇りました。
当時、海外のオカルトやホラー映画をよく観ていて、その中での「降霊」のような場面に強く印象づけられていたのです(笑)。
人の心を乱す「薰香」を用いて、霊界からの導きを請い、自らの迷いを照らす「呪術」――。そうしたイメージが、「乱れた花香を契機に、記憶の深淵に封じた無意識下の真の自己を凝視する」というこの場面の参考になったのかもしれませんね。
実はこれ、杜鵑の「真の身の上」を明かすきっかけでもありました(そうでなければ、通常の展開ではこうした機会はなかなか自然に訪れないでしょう)。物語の主人公として、この「独特な運命」を牽引するからには、他者にはない特質を持っていなければなりません。でなければ「誰が主人公でもよくなってしまう」ではないですか(笑)。
これが、この「癖あり」作者の一貫したこだわりなのですよ~
①の7.黄貂と契りへの応援コメント
黄貂=試練の門番
玉笛=名乗りの儀式
花香=精神干渉
松ぼっくり=山の加護を返し、谷の試練に身を委ねる?
作者からの返信
ご興味深い解釈をいただき、ありがとうございます!
これらの事物の背後に込めた意象(イメージ)を鋭く読み取ってくださり、非常に嬉しく思います。
確かに、私が構想する際、これらの登場要素には一定の寓意を潜ませています。ただ、必ずしもぴったりと符号(リンク)しているとは限らないかもしれませんが……
・黄貂について
大都市で暮らす者にとっての、山間の村の「土地の者(ネイティブ)」のような存在です。縁あってこの地を訪れた「よそ者」である自分に対し、彼らが熱心にガイド役を買って出る。そんな身勝手な自分(よそ者の自分)にさえ、自然と親しみを覚えるのでしょう。同時に、この地を知り尽くした黄貂たちに対しても、私たちは「凄いな」という敬意を抱くわけです。
・玉笛について
杜鵑にとって現代人の「スマホ」のようなもの。何かを経験したり感じたりするたび、それを取り出して(スマホをいじるように)心境を記録・共有する(笑)。ただ表現形式や与える影響が、彼女特有の異様な仙律(メロディ)として注がれるだけ。後半では、まるで現代人の「迷惑スマホ」のように、思わぬ厄介事を引き起こすかもしれません(笑)。
・花香について
精神干渉を生む点は重要です。未知の異国の美酒を嗜むようなもの。美味だが度数が強く、実力が伴わなければ身を害す。だからこそ百花谷の自然の住人には副作用が少なくても、侵入者には致命的な「結界」となり、そこが「人跡未踏」である理由の一つなのでしょう。
・松ぼっくりについて
杜鵑の「日常のおやつ」の一つ。仙人のような山中生活において、彼女自身も自然の一部。所有・消費・産出の全てが自然の循環。険しい華山では寒い高地に木が育たず、だからこそ松や松ぼっくりがそこで暮らす者たちの「おやつ」になったのでしょう(笑)。
とはいえ、これはあくまで私の個人的な解釈であり、正確とは限りません。各読者が感じる雰囲気は皆オリジナルの体験。 「面白ければそれでいい」をモットーとする作者として、特定の解釈を押し付けるつもりはありませんから(笑)。
①の10.天地の律への応援コメント
そう武侠もんピッコマあたりがこっち一番きてんかな?
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ピッコマ、懐かしいですね。私ももうずいぶん見に行っていませんでした。そういえば、見始めたのはもう十年?近く前だったでしょうか。
ああいう長尺の漫画は、一気に連続して読んでしまう止まらなさがありますよね。
あのサイトには「修仙」「武侠」系の作品も確かに多くて、戦闘シーンには幻想と迫力が溢れていて、「理屈では説明できないけど、とにかくすごく強くて神秘的な実力を感じさせる」という独特の魅力があります。
もし拙作が、そういった作品のようにああした雰囲気を少しでも伝えられるのであれば、私としてもこの上ない喜びであり、努力が報われる思いです。
①の4.山坂を登るへの応援コメント
すまん雰囲気はわかるつたわるしルビもすごい丁寧なんけどおれに、教養がなかった申し訳ない
たぶん対象読者のレベルかなり高いとおもわれ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
文中では確かにあまり使われない語彙に多くのルビを振っています。
ただ、この部分については実はずっと悩みがありまして。
というのも、「大量のルビ」があると、どうしても読む際に立ち止まって読んでしまう——つまり「読書体験を損ねる時間消費」になってしまうのではないかということ。
そしてもう一つ、私が振ったこれらのルビ自体が、はたして適切なのかどうかも実はわかっていません。なぜなら、これらの語彙にはさまざまな読み方があり得ますし、それが文中で伝えたい意味に影響を与えるわけでもないからです。それを私が今のように明確にルビで固定してしまうと、まるでその「可能性」を閉じてしまい、読者それぞれが異なる受け取り方をする楽しみの余地を奪ってしまっているのではないかと。
拙作にお越しくださり、この「一風変わった」物語を体験してくださること自体が、そもそも新しい経験なのだと思います。まるで、ふとした偶然で「エキゾチックな料理店」に足を踏み入れ、これまで食べたことのない料理に挑戦してみるようなものかもしれません(笑)。
そうした風味を味わうのに、特別な敷居が必要なわけではないのです。もしその独特な感覚が、あなたにとって何か特別な体験をもたらしてくれるのであれば、それもまた一つの面白い愉しみ方なのではないでしょうか。
①の2.朝稽古:風と音とへの応援コメント
語彙力が高すぎて右手で人指と中指添えて、スラッシュしたけどそレからついていけんなった理解力なくてすまん
気分はベジットごっこした
作者からの返信
コメントありがとうございます。
確かに文中にはあまり使われない語彙が多く出てきますね。
こういったスタイルで書くのは、もともと存在しているのに「流行らない」ゆえに世の中から忘れられかけている言葉たちを、もう一度人々の視界に引き上げる——いわば「八百万の神々」の中で忘れられた者たちの信仰を再び集めるような「パフォーマンスアート」みたいなものかもしれません(笑)。
文中の内容についてのお気持ち、実は私がイメージしていた絵図とさほど変わっていないように思います。こういった「言い回し」をいったん置いて、深く考えずに読んでいただければ、なんとなく意味は伝わるのかもしれませんね。
ドラゴンボールにも似たような「武術の技」がたくさんありますよね。特に「亀仙人」や「天津飯」の拳法とか(笑)。
今のようにこうした形で描くのも、ある種の古典へのオマージュと言えるのかな、と思っています。
①の6.百花谷への舞落への応援コメント
華山。仙人の修行が許される正統な聖域
落界。歩いては入れない領域
竹剣が岩に。 山の子から花の子へ
作者からの返信
ご深い考察、ありがとうございます。
おっしゃる通り、峰々が天を衝く華山は、凡人が容易に足を踏み入れられぬ霊域。特に「道教」を尊び、仙の戒律を志す者たちにとって、古来より格別の聖地でした。
「山を劈いて母を救い」「簫を吹いて鳳凰を招く」――そんな神話が息づく地であり、かの「第四の小洞天」にして、西岳大帝(白帝少昊)の治所とも伝わります。
こうした神話的土壌が、主人公の旅路に一層の深みと、独特な趣を添えてくれているのだと実感します。
①の4.山坂を登るへの応援コメント
玉笛の一曲は故郷との離別の挨拶。猿たちが止まり返礼し、青松や翠柏まで加わり、餞別さえ渡す。
故郷の自然界すべてが、少女の旅立ちを正式に承認したことが伝わります。
作者からの返信
mochie様
ご丁寧なコメント、ありがとうございます。
故郷との絆が深い主人公が、厳かな礼儀をもって自然に別れを告げるのは、おそらくこれから辿る道に、もう戻る術がないことを自覚しているからなのでしょう。
少女なりのこのやり方は、常人にあるような「不器用な戸惑い」を孕んでいないぶん、逆に彼女の篤い想いが滲み出ているように感じます。
でも、こうした真心があればこそ、たとえ人間界を歩んでも、自然との間に温かな共感を抱き続けられるのだと思います。
自然全体が彼女の旅立ちを承認する情景を、こうして深く読み解いてくださったこと、本当に嬉しく思います~
①の3.常葉飛葉伝書への応援コメント
構造が非常に美しいです。詩的イメージで描く東洋的・仙道的な精神世界に惹かれます。世界観の基調を“体験描写”で、キャラの内面を外界の描写で表現するのも好きです。花と合一すると何が起きるのか楽しみです
作者からの返信
mochie様
ご丁寧なコメント、ありがとうございます。
拙作の「構造」をお褒めいただき、これ以上ない誉れです。
この題材でファンタジーを書く際、中世欧州風の異世界ファンタジーとは一線を画したいと考えていました。結果として、海外の読者様にとっても、これがまた一つの「異世界ファンタジー風」として映っているのかもしれませんね(笑)。
東洋の趣きを含ませつつ、今後の展開ではさらに東洋文化の神髄に迫るキャラクターも登場いたします。
本作は元来、「江南」と「白鷹」という東西の文化が交差する物語。「特別な」主人公が、仙術や武術を駆使し、近未来のサイバーパンクな世界でどんなドラマを巻き起こすのか――
構成が固まった今となっては、私自身も続編の展開が非常に楽しみでなりません~!
①の1.雲海の調べへの応援コメント
幻想的な描写と仙境の空気感がとても美しく、朝靄の中に溶け込む少女の存在が印象的でした。 (≧▽≦)
面白かったので、★★★とレビューを進呈いたします(人 •͈ᴗ•͈)
もしよかったら、私の作品も読んでいただき、面白かったら★★★をいただけたら嬉しいです(◍•ᴗ•◍)
先生と繋がっていきたいので
作者フォローよろしくお願いしますm(_ _;)m
作者からの返信
竹吉さん様
ご評価いただき、誠にありがとうございます。
幻想的な世界観や空気感を感じ取っていただけたこと、そして面白さをお伝えできたこと、大変光栄に存じます。
ぜひ私も、ご作品を拝読させていただき、その魅力に触れさせていただきます。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
①の12.旅立ちの朝への応援コメント
考えるな、感じろ!を連想しました。それに単語の勉強にもなります、進研ゼミ体験もできそうでね、名文!
作者からの返信
大庭 雫様
ご留言ありがとうございます。
過分なお言葉、ありがとうございます。拙作が何かを考えるきっかけや、学びの場として少しでもお役に立てたのであれば、これ以上の喜びはございません。
本作では、日常生活ではあまり使われない——いわば「日常に埋もれ、歴史の中に忘れ去られた」ような語彙を多く用いております。それはまるで、かつて意味や象徴を宿していた八百万の神々が、人々の信仰を失い、次第に忘れられていくかのような感覚に似ているかもしれません。そんな言葉たちが、再び人の目に触れ、世に伝わる機会を得ること——それ自体に、ささやかな意味があるのではないかと、私は思っております。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
①の11.朝虹の剣への応援コメント
確か三国志にも同じような剣があった気がする
作者からの返信
大庭 雫様
ご留言ありがとうございます。
「三国志にも同じような剣があった」とのお言葉、確かにそのような感覚がありますよね! そこに気づいていただけたこと、とても驚くと同時に、大変嬉しく思います。
ただ、正確に申しますと、その出典としてお感じになったものは、おそらく『三国演義』 に由来するものかと思います。『三国志』の歴史記録には、具体的な武器の名称はあまり登場しませんので。
そして、おっしゃるような類似の剣について——ここで少しだけ、ささやかなネタバレをさせてください。それほど重大なものではございませんが。
『三国演義』には、鉄をも断つ剣が登場します。曹操が所持し、後に大将・夏侯惇に授けられ、最終的には蜀の趙雲が奪い取ったとされる名剣です。本作において、華山派の海棠は同じく青釭(せいこう) という佩剣を所持しております。現在連載中の部分ではまだ登場しておりませんが、今後の大きな章で姿を現す予定です。これは古代の文献に基づき、現代の技術で鍛造された 「名剣の仿製」 であり、同樣に非常に鋒利な一品です。
鋒利な剣には、その切れ味を支える鞘がなければ長くは保ちません。それは、物語の中の登場人物たちにとっても、同じことなのかもしれません。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
①の2.朝稽古:風と音とへの応援コメント
相変わらずの壮大な書き味!一気で読みます!
作者からの返信
大庭 雫様
ご留言ありがとうございます。
「壮大」だなんて、そんな大それたものではございませんが、お褒めの言葉をいただき恐縮です。
ただ、今後の物語の展開——あるいは続編かもしれませんが——その方向へ向かうかもしれない、いわば「小さな視点から大きな世界を描く」 ような構成になっております。
この先、登場人物たちの目的や使命が明らかになり、さらに予想外の展開もいくつか用意しております。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
①の1.雲海の調べへの応援コメント
企画ご参加ありがとうございます。
箱女と申します。
感想をネット風に書かせていただきました。
お時間のあるときに覗いてみてください。
作者からの返信
箱女様
ご感想、誠にありがとうございます。
拙作に対して、このように斬新で非常に興味深いレビューをお寄せいただき、作者として多くの有益な気づきをいただきました。創作の過程において、このようなフィードバックは何ものにも代えがたい貴重な財産です。
また、このコメントおよび本返信をご覧になっている読者の皆様へ。
本作の今後の展開にご興味を持たれた方、あるいは作者である私が宝物だと感じるこの素敵なレビューにご興味を持たれた方は、ぜひ箱女様の『超☆訓練所』創作論・評論をお読みになってみてください。きっと、作品そのもの以上のプラスアルファの楽しさを見つけていただけることと思います。
最後になりますが、このたびは素敵な自主企画にご参加させていただき、誠にありがとうございました。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
①の6.花の導きへの応援コメント
物語が進んで、漢詩と普通の文脈がMIXされることで、日常の中に紛れた非日常、主人公の異物感が際立つので、作中での言葉通り、強烈な印象が残る作品で面白いです。
作者からの返信
タカセ様
ご感想、誠にありがとうございます。
拙作の核心的な創作手法を、これほど的確に言語化していただけたこと、驚きと共に大きな喜びを感じております。
おっしゃる通り、本作では、私たちにとって当然であるこの世界に、まるで「異世界ファンタジー」に迷い込んだかのような主人公を据えています。彼女の視点から見た人や出来事は、彼女が教え込まれてきた方法——すなわち、漢詩的な表現——で描かれます。一方、現実世界に生きる人々の世界の見方や感じ方は、より通常の文体で描写されます。
このような漢詩的な文体の採用には、創作当初から意識していた「物是人非(ものはそれとして、人はすでに非なり)」という典故が対応しています。物語の舞台となる近未来においても、山河や草木は千年前と変わらぬ「変わらぬ静けさ」を保ち続けている。しかし、異なる時代を生きる異なる人々は、その同じ風景に対して「漢詩」と「普通」という、異なる感受性を持つ。この時空を超えた古と今の共鳴は、単に事物に対するだけでなく、思想そのものへの、ささやかなオマージュでもあります。
また、日常に潜む非日常について。彼女にとっては、現在経験し感じているすべてが、それまで教え込まれてきた教えや、培ってきた認識を覆す大きな挑戦です。しかし、彼女の特異な資質——物事を受け入れる適応力の高さ——によって、現実世界に急速に溶け込んでいく過程で、自身の認知を大きく変革していく。このギャップそのものが、第三者である読者の視点から見ると、大きな面白さの一つではないかと思います。奇妙な例えかもしれませんが、まるで異世界の住人が地球にやってきて、私たちの日常で思わず苦笑してしまうようなコメディを眺めているかのような感覚に近いでしょうか。
「強烈な印象が残る」とのお言葉、大変光栄に存じます。
この言葉を励みに、文字で描く世界がより一層、生き生きと読者の皆様に届くよう、精進してまいります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
①の7.黄貂と契りへの応援コメント
おもれ~w。なかなか前衛的な文でありんすw まさか地の文がここまで「詩的」な文で「素敵」だとは~! このやろ~。
個人的に見たことも聞いたことも読んだことも感じたこともない四字熟語が多数使われていて、意味を調べるうちに勉強になりましたね! 小鳥、花が入り乱れる情景が浮かんできましたよ~! 双眸、霊峰。趣ある言葉と少女の旅は神秘的な風景を書きたてる素晴らしいものですね!
作者からの返信
MOLDE様
ご感想、誠にありがとうございます。
また、このたびは素敵な自主企画にご縁をいただき、参加させていただけましたこと、心より嬉しく思っております。
拙作を「前衛的な文」と評していただき、過分なお言葉に恐縮しております。むしろ、これは「前衛」というより「復古」なのかもしれません(笑)。それでも、こうした不器用な文体が、少しでも面白さとして伝わったのであれば、これ以上の喜びはありません。
「詩的」とのお言葉、Web小説書きとして、大きな励みをいただきました。Web小説の世界では、限られた文字数でいかに情報を詰め込むかが重視される傾向にある中で、詩的な表現はともすれば「非効率」と見なされることもあるかもしれません。しかし、そのような文体から情景を汲み取っていただけたということは、あなたが非常に強い読者である証拠でもあります。そのように読んでいただけたこと、心から感謝しております。
また、普段あまり目にしない四字熟語や語彙について、「調べながら読んだ」とのお話、まさにその感覚は私自身もよく理解するところです。そうした読み方は、どこか学校の試験勉強を思い出させるような、懐かしさすら感じさせるものがありますね(笑)。ただ、「不求甚解」——つまり、一つひとつの意味を正確に把握しようとせず、漢字の雰囲気や構成からぼんやりと意味を想像しながら読む、という楽しみ方もあるのではないかと思います。大切なのは、その時間そのものが、自分だけの唯一無二の体験であること。もはや、授業のように「学ばされる」不自由はないのですから(笑)。
最後に、これはまさにあなたの自主企画の主旨に通じるお話でもありますが、今回いただいたご感想からも、私はあなたご自身の魅力が滲み出るような楽しさを感じ取ることができました。それがAIによるものなのか、本心なのか、お世辞なのかはわかりません。しかし、確かなことは、それが「誰にでも言えるようなこと」では決してない、ということです。あなたの言葉は、拙作の内容に対する独自の深い感覚に裏打ちされたものだからです。
「百人の読者には、百のハムレットがいる」——まさにその通りで、あなたのコメントから私が感じ取ったものもまた、唯一無二の素晴らしさでした。このような自主企画に参加し、二度とないであろう貴重な時間を過ごせたこと、心より感謝申し上げます。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
①の4.山坂を登るへの応援コメント
漢詩のようにリズミカルで情景が目に浮かぶようでした。
少女は修行をしているのでしょうか?
下界に降りた彼女が待ち受けるものは何か気になりました🙏
作者からの返信
三里あゆむ様
ごコメントありがとうございます。
「漢詩のようにリズミカルで情景が目に浮かぶよう」とのお言葉、大変光栄に存じます。漢詩の域には遠く及びませんが、本作では、言葉の響きやリズム、そして一行一行が描く風景を大切にしながら執筆しておりましたので、そのように感じていただけたこと、何よりの喜びです。
彼女の修行について言えば、これは「仙人系」としてのただのいつもの日常になるかもしれません。でも、この日から、彼女の日常が全てが変わっていくことでしょう。
こんな「仙人系少女」が現実社会において、どのような出会いやコメディ的な展開が待っているのでしょうか~
引き続きよろしくお願いいたします。
①の12.旅立ちの朝への応援コメント
企画にご参加いただき、ありがとうございます!
企画の趣旨に則り、素直な感想を書かせていただきますと、文章が難しかったです。単語がわからないものや普段使わない言い回しなどがあって、正確に読み取れているのかわかりませんでした。色々と調べながら読んでみたら、華山派というのは、元々中国の伝統的な武侠小説に使われる流派なんですね。勉強になりました。
物語としては、誕生日を迎え、義父の手紙に書かれていた通り、自分の花を見つめ、パワーアップし、世界を旅するという話ですかね。杜鵑が覚醒する流れから、これから無双系主人公となりそうな雰囲気を感じていました。
あまり古典などを読まないので、しっかりと受け取れていない部分もあるかもしれませんが、この独創的な文体は他に見たことがありませんでした。しかし、物語としては王道でアクションとして楽しめそうです。
本当に、刺さる人には刺さる尖った作品という印象を受けました。
唯一無二の作品だと思いますので、これからも頑張ってください。
作者からの返信
奈那七菜菜菜様
このたびは、拙作をお読みいただき、
また率直で丁寧な感想をお寄せいただき、
誠にありがとうございます。
■ 文体について ― 「古風な描写」の意図
文章が難しいと思われるところ、その通りだと思います。
本作では、あえて日常的に馴染みの薄い語彙や古風な言い回しを用いており、読者の方に負担をおかけしている面があることは自覚しております。
でもその描写が、単に作品を「独特に見せるため」ではありません。それは「異なる視点を持つ人物が、その目で見た世界をどう感じ、どう語るか」 を描き分けるための選択です。
冒頭に登場する杜鵑は、幼い頃から俗世と隔絶した隠遁生活を送ってきたため、言動だけでなく、思考の枠組みそのものが現代社会と噛み合いません。彼女を主役として据えた物語の大部分は、おそらく多くの読者にとって共感しづらく、今の時代において「受けが良い」とか「王道」と呼べる構成ではないでしょう。
ここで少し脱線しますが、最近読んだ古典から、偶然にも私の初期構想と響き合う故事に出会いました。それは孔子とその弟子・子路との対話にある「君子は危うき牆の下に立たず」 という言葉です。「君子であれば、危険と分かっている場所や不利と分かっていることには関わらない」という意味ですが、孔子は続けてこう言います。「それでもあえて関わるならば、その者は聖人である」と。
現代社会と相容れない主人公・杜鵑にとって、彼女が経験するすべては、ある意味で「異世界ファンタジー」 のようなものかもしれません。しかし、彼女が世間と隔絶しているからこそ、物事を最も本質的な、世俗を剥ぎ取った善悪の基準で見ることができる。だからこそ、多くの人にはできないこと、思いつかないことを、彼女はやってのけるのだと思います。
この話題は少し脇道にそれましたが、文体や描写の工夫については、今後登場する他のキャラクターたちも、それぞれの立場や事象への距離感に応じて、異なる語り口を見せてくれるはずです。「修仙」から遠く「人間」に近い彼女たちの視点からは、また一味違った面白さが伝わるのではないかと期待しています。
■ 物語構成について ― 「無双系主人公」とその先
物語の構成について、「無双系主人公」の王道展開を感じていただけたとのこと、大変光栄です(笑)。杜鵑はその出自ゆえに、登場時点ですでに「最強」 の状態にあります。戦闘面で彼女の力をさらに引き上げるとすれば、それはおそらく「装備」や「法器」といった外的要素に限られ、自身の功法修行による飛躍的な強化は難しいでしょう。
しかし、中華伝統武侠小説の世界観において、そのような「最強」は、「真の最強」からはなお遠い というのが私の考えです。ちょうど中国の歴史に残る観念の一つ、『孫子』の「兵は詐を厭わず」 という言葉があります。いかに強い軍隊、いかに絶対的な実力を持っていようとも、計略や人心の前では無力に打ち砕かれることがある――これは織田信長の桶狭間の戦いにも通じる理屈でしょう。
各大勢力が複雑に絡み合うこの舞台で、主人公・杜鵑の成長とは、この紛糾した社会の中で、数多くの試練を経験しながら、真の意味での「強者」へと変わっていく道のりでもあります。
■ 作品の源泉について ― 金庸と『笑傲江湖』
本作における中華系武侠小説の大きな源泉の一つは、香港の武侠小説家である金庸(キン・ヨン) 先生の作品です。中国では、おそらくほとんどの人の幼少期から青春期が、彼の小説やそれを原作としたドラマ・映画と共にあったと言っても過言ではありません。その中でも特に大きな影響を受けたのが、『笑傲江湖』 です。
同じく山門を離れた華山派の弟子として、杜鵑と令狐冲の冒険は、ある部分で重なり合うところがあるかもしれません。武侠群像劇の名手である金庸先生が描く五嶽剣派は、互いに争いながらも同気連枝としての絆を失わない――その姿は、現代の世界情勢にも通じるものがあり、まさに温故知新の魅力に満ちていると感じています。
長文になりましたが、
これからも、精進してまいります。
改めまして、貴重な時間を割いてのご感想、
本当にありがとうございました。
引き続きよろしくお願いいたします。
①の12.旅立ちの朝への応援コメント
初めまして御主催の『毎日更新』企画に参加させていただいたご縁で読ませていただきました。
個人的感想ですが、最初は文体の堅さに正直読み進めるのが難しく戸惑ったのですが、
あ、これ眼と音で楽しむ漢詩だと思えばいけるわと、途中で気づきました。
作者様の意図と違うのかも知れないのですが、短い区切りが多くあるので、
詩を朗読するつもりで目で追いながら口ずさみ,言葉の余韻を楽しみつつ読んでいくと,風景や心証がすーっと入っていく感じで面白い体験が出来ました。楽しませていただきます。
カクヨム様を利用してまだ一週間くらいですが,まさかWEBでここまで尖った作風が読めるとは,底の見えない深さに掘っていくのが余計楽しみになりました。
新しい扉を開かせていただきありがとうございます。
話は変わりますが、御主催の企画が継続は力という趣旨で毎日更新が条件でしたの,参加させていただきました。
しかし自作がなろう様からの転載でストックあと170話ほどあるため,毎日更新が容易というチートなので,趣旨から外れておりましたらご指摘ください。
取り下げさせていただきます……とりあえず細々14年ぐらいかいているので、継続は力って条件には当てはまるかなとw
まだ仕様におぼつかないカクヨム初心者のため、企画参加可能の問い合わせを主催者様にする方法が判らず、いろいろ見ているうちに、尖った唯一無二感がある本作に会えたので、運がよかったなとー。
問い合わせ部分が問題ある場合はご指摘いただけますと助かります。削除いたします。
作者からの返信
タカセ様
ご感想、誠にありがとうございます。
また、カクヨムという物語にあふれる世界へお越しいただき、心より歓迎いたします。
■ 作品についての感想、そして「読むこと」について
拙作に静かな時間と注意力を傾けてくださったこと、それ自体が今となっては大変貴重なことだと感じております(作品の良し悪しとは別の話として)。静かに本と向き合い、物語の楽しみを味わう――それがカクヨムという場所の一つの在り方でもあると思っています。
この作品で試みた文体は、私にとって大きな挑戦でした。いわゆる古風な言い回しは、特定の人物の視点と心情の軌跡を表すための選択です。物語が進むにつれ、視点人物が変われば、語り口や描写の感触も変わっていく。
私は歴史や物語が好きで、古典や故事から得る気付きが多くあります。このような文体を書くにあたっても多くの資料を参照し、日本語そのものの学びの連続でした。温故知新、時にその過程そのものが大きな楽しみになります。
■ 創作について、少しばかり
これは余談ですが、創作やその目的について(大した見解ではありませんが)。
私自身、カクヨムで書き始めてまだ2ヶ月余りの、ある意味では新人です。Web小説のプラットフォームで日本語で連載するのは初めての経験で、すべてが「初めて」の感覚です。
この時期にカクヨムへいらしたのは、おそらくKグループの「テンプレ」に関する方針発表がきっかけでは…と想像しています(違っていたらお許しください)。
AI創作が盛んな今、「従来の作法」と「未曾有の変化」がせめぎ合う中、カクヨムでも様々な議論が行われているように感じます。
「テンプレ」とは、おそらく作品を商業的に成功させるための一つの型であり、物語の面白さや魅力を最大限に引き出すための創作力の発揮なのでしょう。
しかし、それ以外にも多くの道があります。私の場合は、「自分の考えや問題意識を、物語という形を借りて表現したい。現実では難しい有限/無限の可能性を借りて、それを表現するため」 に書いているところがあります。
ですから、読みやすく爽快とは言い難いかもしれない拙作に、そのような意図を感じ取ってくださる読者様と出会えたことは、この上ない喜びと光栄です。
■ 自主企画について
私の開催する小さな企画にご参加いただき、ありがとうございます。毎日何十、何百という新しい企画が生まれる中で、この企画を見つけていただけたこと、とても嬉しく思います。
「チート」についてですが、全く問題ありません。 今や異世界ものの常識となりつつある“無双”が、元々はチートの賜物であったように、チートできる能力や資本があること自体、何ら悪いことではないと思います(笑)。
この企画を始めた目的の一つは、物語にじっくり浸りたい読者にとって、選びやすくなる「きっかけ」の場を作りたいという思いからでした。カクヨムでは「異世界ファンタジー」タグだけを見ても、毎日更新される作品は膨大な数に上ります。特定の「雰囲気」や「スタイル」を持つ作品を探すのは、大海原で針を探すようなもの。
その中で「毎日更新を続ける」という行為自体が、一つの自己表現です。しかし、それゆえに努力が報われないリスクも常にあります。報酬のために努力するのを推奨するつもりはありませんが、努力が誰かの目に触れ、認められることで初めて正当な報いとなる――その小さなきっかけづくりが、この企画の最も根源的な目的なのかもしれません。
■ 最後に、もうひとつのご提案
もしよろしければ、「挑戦」と「挑まれること」 にご興味がおありでしたら、来週日曜日から開始予定の私からの別の自主企画にも、ぜひご参加をご検討ください。詳細は私の近況ノートにてご案内しております。この企画は第1回を無事終えており、創作する者として、必ずや何かを学べる機会になるはずと思います。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
④の3.着替えは修羅場?への応援コメント
工工四角。
知らない慣用句かと思い調べても出てくるのは沖縄の三味線か楽譜笑
意味的には前後の文面から、綺麗に折り畳まれた衣服を指しているのか?
それとも服の趣味志向に、統一感があるという意味かな?
なんというか知らない単語や言い回しの多い作品で、違う文化、思考をみている感が強いのが、作品の魅力をより引き立てていると感じます。
知識、価値観の違いへの戸惑い、違和感が、作中の登場人物達とリンクするといいます。
筆者様が中国か台湾の方のなら日本語レベルが段違いですごいし、日本人なら知識量がヤバいなと戦慄しました。
あと山育ちはヤバいは、そろそろ世界の認識かなと思いつつ続き楽しませていただきます。
あと今更ですが、こちら一応貼らせていただきます。
※基本長文感想なので基準がバグっています。相互目的ではありませんので、お返しは気にしないでください。
作者からの返信
タカセ様
コメントと考察、ありがとうございます。
「工工四角」という語について、楽譜に関する意味をお調べになったこと、驚きました。
実は執筆当初、この語(非常用語)にはルビを振ろうか、「工工四・角」と表記しようか迷っていました。ここでの「角」とは「宮商角徴羽」の「角」であり、同じく音律の記法です。つまり、キャラクター「海棠」の日常生活には、彼女の得意とする「弦楽器」のスタイルが一貫して通底している——ということを側面的に示しています。だからこそ、本文中で漢字二字が連なる畳語が登場する際、ほとんどすべて「々」の繰り返し記号を用いているのに、ここだけはそうしていないのです(笑)。ですが、確かにこれでは誤解を招きますよね。
文脈から察するに、彼女の衣類が楽譜のように整理されている——という意味合いでしょうか。月季がそう解釈できたのは、彼女もまた弦楽器を得意とする子だからかもしれません。しかし、この部分の意味をあまりに直截的に説明してしまうと、本来のキャラクターが持つ心情が失われてしまう気がするのです。
本編の物語の中には、このような「語彙・用語」レベルの「小さな隠し要素」がまだまだ含まれているかもしれません。内容の意味そのものは、そこまで複雑ではないと思います(漢字の字面だけでも、おおよそ想像はつくかと)。ですが、そこに推敲の楽しみを見出していただけるなら、通常の読書とは一味違った面白さが生まれるのではないでしょうか(笑)。
作者の構想上の楽しさを汲み取っていただけたこと、本当に嬉しく思います。
そして仰る通り、異なる価値観や認識の差異は、「同じ空間に身を置く」人々の間でさえ、さまざまな「違いによる衝突」を生み出します。これこそが、なぜ本作で「日常」の描写に多くのページを割いているかの理由かもしれません。作者としては「武侠もの」のつもりで書いており、理論上は主に「戦闘」シーンが中心となるべきなのでしょう。しかし私にとって、「戦闘は一時の勝敗を決するものにすぎず」、「なぜ戦うのか、あるいは何のために戦うのか」——そこにこそ意味があると考えています。これは、数多くの香港・台湾武侠小説を読んできた中で得た総括と敬意の表明でもあり、もしかすると、昨今流行している多くの「バトルもの」作品とも通じる考え方かもしれません。
私個人の認識については、仰るほど大げさなものではありません。私の好きなライトノベルのキャラクターが言っていたように、「何でもは知らないわよ、知ってることだけ」。ただ、好みの題材が少しニッチなだけかもしれません。
最近は執筆に追われており、物語も終盤に差し掛かるにつれて、いよいよクライマックスに入ると同時に、推敲や修正が必要な箇所が多く積み重なっていると痛感しております。
そのため、コメントへの返信が滞りがちになり、申し訳ございません。
ご関心をいただき、ありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。