第一章 一杯のコーヒー 3)恋の火花
翌朝、朝食を取りながらエリィはマギーさんに聞いてみた。
「マギーさん……昨日のあれはいったい何だったんですか?」
マギーさんは何か考え事をしているようで、自前のショッキングピンクの髪を指でくるくるもてあそんでいる。
魔王城にいたということは、マギーさんは上級悪魔の可能性が出てきた。魔王城に仕えるということは、相当の実力がなくてはならない。
「それに、ルシファー様とは旧知の仲だったみたいだし」
あの後、目を回した私は使い物にならなくなって、ルシファー様がコーヒーを飲み終えてから店を閉めてしまった。その間もマギーさんはルシファー様に早く出て行ってなど心無い言葉をあびせていた。
もともと、厨房とホールを兼ねているアレウス君が休みだったこともあり、一番混み合うランチ営業はしないつもりだったけれど。
「アンタは気にしなくていいのよォ、早く食べちゃいなさい」
と、そこにアレウス君がやってきた。
「……あっす」
アレウス君はちょっと苦手だ。下級悪魔はほとんどこんな感じだが、グレーの髪、バチバチのピアスにオーバーサイズの服を着ている。おまけに無口だ。顔はきれいなほうだと思うが、化粧で目の下に隈を作っている。
「ちゃんと挨拶しなさい、アレウス」
「っ! おはよ……」
でもマギーさんには頭が上がらないらしく、いつもこうだ。
「おはよう、アレウス君」
しかし、アレウス君は、プイっとそっぽを向いた。嫌われているのかな、というのも苦手な一因だ。特に何かしでかした覚えはないはずだ。うん、たぶん。
「さーて、みんな揃ったし、今日も一日がんばっちゃいましょう」
「おい、アレウス。お前聞いたか?」
バンド仲間の下級悪魔が料理を運んできたアレウスに耳打ちする。
混み合うランチタイムだ。無駄話をしている暇はない。それでも好奇心にあらがえず、アレウスは聞き返した。
「え、なんかあったの?」
オレは運んできたオムライスをテーブルに並べながら、仲間に顔を寄せる。
「エリィちゃん、ルシファー様に見初められたってもっぱらの噂だぜ?」
「……は?」
上級悪魔だからと言って、そんな横暴、許されるのか。いや、その前に見初められたってなんだ。ここは下級悪魔のテリトリーだぞ。エリィはその美しい金髪と翠眼で、一目見たとき天使だと思った。悪魔が天使に恋をするのは不毛だが、下級悪魔同士だ。でも、なかなかうまく気持ちを伝えられない。朝だって、怖がっていたに決まっている。
「お前、いいの? 取られちゃっても」
「!? なんで!」
「見てりゃわかるよ、明らかに見とれてるときあるもん」
「あの子も鈍いよな~」
オレはそんなにわかりやすかっただろうか。
「でも相手がルシファー様だしなぁ。諦めたほうが早いんじゃね?」
そう言って仲間はゲラゲラ笑った。オレがそれに耐えきれず、手を出しそうになった時。
カランカランと気味のいい音がして、白いスーツの男が入ってきた。
「あぁっ! ルシファー様、ようこそ!」
ホールを担当していたエリィが半ば悲鳴のような大声をあげた。
「毎日来るという約束だからな。お前のコーヒーをいただこう」
「ランチは混んでいて、カウンター席しか空いていませんが、よろしいでしょうか?」
「かまわない」
なんだあの傲慢な態度は。オレは金属のトレイがベキッと音がするまで握りつぶす。
「こら、アレウス、壊さない! ぼーっとしてる暇あったら、できた料理運ぶ!」
厨房から、マギーさんの怒声が響く。
そして。
マギーさんがひとり呟く。
「面倒なことになっちゃったわネェ……」
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