第34話 交わらぬ力

 ヴォルカニックの巨大な山容が、馬車の窓いっぱいに広がっていた。

 大気はじわじわと熱を帯び、肌にまとわりつく。


「そういえば——」


 ココが思い出したように口を開く。


「先ほどのフラムという男、あの妙な気配の正体だったのでしょうか?」


「いや、違うな」


 即答だった。


「あれとは質が違う。もっと……刺さるような気配だった」


「私も同意見よ」


 クロノアの言葉に、ソルシエールも静かに頷く。


「では、まだ監視されているということでしょうか」


 不安げに尋ねるディアラに、ソルシエールははっきり言い切った。


「おそらくね。でも、このパーティで行動している限りは大丈夫よ。一人でなければ、付け入る隙は与えないわ」


 その言葉に、ディアラは小さく頷く。

 ——けれど、その瞬間。

 ドクン、と。胸の奥が、わずかに跳ねた。


(……今の、何……?)


 一瞬だけ、誰かに見られているような感覚。

 振り返っても、そこには何もない。

 音が一瞬消える。馬の足音さえ、消えた。クロノアも、何かを感じ取った。


(今の、何だ?)


「ディアラ様?」


「……いえ、大丈夫です」


 笑ってみせる。けれど、その違和感は消えなかった。

 話題は、目的地であるヴォルカニックでの試練へと移った。


「神々の試練というのは、一体どんな感じなんだ?」


「神によって違うわ」


「一概には言えないけれど、『力』や、魂の『器』を試されるのは間違いないでしょうね」


「フェニックスのときみたいに、謎解きとかもあるのかな?」


 パルスの言葉に、クロノアの表情が明るくなる。


「謎解きか……いいな、それ」


 弾んだ声。ディアラはその様子を不思議そうに見つめる。


「クロノア、なんだか凄く嬉しそうですね」


「謎解きは嫌いじゃない」


(ミステリーツアー、懐かしいな)


「戦闘以外にも興味があったのね」


「当たり前だろ。俺を何だと思ってる」


「戦闘狂なサムライ」


 ソルシエールは即答する。


「おい」


「戦いが好きっていうより、相手を“攻略するのが好き”って感じだよね」


「お、パルス、よくわかってるじゃないか」


 優しく頭を撫でる。


「そ、そんなことで喜ばないぞ」


 言葉とは裏腹に体は正直に反応する。

 

 クロノアはふと思い出したように、ソルシエールに向き直った。


「そうだ、一つ聞きたい」


「何かしら?」


「先の戦いでディアラの焔がフラムの炎を飲み込んでた。相手の魔法を吸収できるのか?」


「可能よ」


 即答する。


「ただし、レベル差が前提よ。上回っていれば、ね」


「特にフェニックスの『浄化の金焔』は、魔力を取り込む精度が格段に高いわ。……それがどうしたの?」


「なるほどな。それで無理だったわけだ」


「無理? なんの話をしてるの?」


「ディアラの真似をして、彼女の金焔を異空間に飲み込ませようとした」


「はっ」


 馬車の中の空気が止まる。


「あなた、戦闘中に何してるのよ?」


「閃いたから、試した。成功すると思ったんだが」


(本当に何なの、この男……)


「異常ですね」


「異常だね」


 ココとパルスが即断する。


「普通、実戦で試すだろ。なあ、ディアラ?」


「私に同意を求めないでください」


 ディアラは即座に首を振った。


「でも、オートマタの炎は消えた」


「えっ、実際にやったの?」


 ソルシエールは呆れたようにクロノアを見る。


「無意識にやったら、消えた」


「攻撃を……無効化したんですか?」


 ディアラが目を見開く。


「相手より上なら、できることがわかった」


「規格外じゃん!」


「よく実戦でやったことのないことができますね」


 パルスとココが別々の意味で驚愕する。


「あんた、戦うたびに強くなってるわよ」


「強くならないと——」


 クロノアは、真っ直ぐにディアラを見つめた。


「守れないだろ」


 ディアラは、一瞬だけ息を呑んだ。それから、確かな声で言う。


「……私も、守ります。どんなに傷ついても、私がすぐに治します」


「回復は助かる。ディアラがいれば、いくらでも怪我して大丈……」


「しませんよ」


「ん?」


「無茶を前提にしないでください。そんなことしたら、治しませんよ」


「……冗談だ」


「半分は本気ですよね」


「なんで、わかるんだ?」


「顔に出てます」


「まあ……安心して戦えるのは確かだ」


 二人の間に流れる空気を見たソルシエールは一人微笑む。


(不器用な二人だけど、良い関係ね)


 ソルシエールは内心でそう結論づけた。


「私も気になっていることがあります」


 ココが静かに口を開く。


「なぜ、あの時……私の風を利用したのですか?」


 視線がクロノアに集まる。

 少しの沈黙。


「……試した」


 短い答え。


「試した?」


「連携ってやつだ」


「実戦で試さなくてもいいでしょ」 


「それと……【迅速ドライブ】が使えなかった」


 空気が止まる。


「……え?」


 ディアラの声が漏れた。


「発現しなかった。あんなのは初めてだ」


 クロノアの眉がわずかに寄る。

 あの瞬間を思い出す。

 時間を操る感覚が——なかった。


「何か条件があるはずです」


 ココが冷静に言う。


「魔力、精神状態……もしくは」


「……違うな」


 クロノアは首を振る。


「引っかかったのはそこじゃない」


 全員の視線がさらに鋭くなる。


「異空間で炎を消したときだ」


 ソルシエールが反応する。


「ああ」


「それが原因?」


「断定はできないが——」


 一瞬、考える。


「……あの時、妙な感覚があった」


「感覚?」


「“流れが切れた”」


 言葉を探すように、ゆっくり続ける。


「今まで繋がっていた何かが、一瞬だけ途切れた」


 沈黙。

 ココの羽がわずかに震える。


「……つまり」


「能力の発動条件に、干渉した可能性があるわね」


 ソルシエールが低く言う。


「異空間による魔力処理が、“時間操作”と衝突した」


 ディアラの表情が曇る。


「じゃあ……」


「片方を使ったら、もう片方は一時的に使えない」


 ココが言いかけるが、クロノアが先に答えた。


「同時には使えない」


 空気が冷える。

 当然のように使っていた力。

 だがそれは——

 “条件付きの力”だった。

 

 パルスがぽつりと呟く。


「……なんか、それ、普通にヤバくない?」


 誰も否定しなかった。


 その時——


 ゴォォォォ……


 馬車の窓の外で、ヴォルカニックが火を噴いた。

 赤黒い火柱が天を裂く。

 ディアラの胸が、再び強く脈打った。


「……また」


 クロノアが窓の外へ視線を向ける。


 山が——まるで呼吸しているようだった。 

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