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  • 当たった わーい 。という率直な感想。でわでわ。古い表現?

    作者からの返信

    >全然迷さん

    おめでとうございます!
    あの描写ではかなり絞るのはきついのではないかと思っていたのですが、お見事でした!

  • あくまでも個人的な意見で述べさせていただきますと……

    まず、ありかなしかでいったら、ありだと思います。
    問題にはならない……というか、上記の例で言いますと
    そもそも有名人のそっくりさんが登場するマンガは
    物凄い数見てきた記憶があります w

    その際、そのキャラが名誉棄損に当たるような行動
    でもとらない限り問題には……
    いや、政治家のそっくりさんを登場させた場合とかは、
    問題行動をとっても黙認が多かったかな? w

    なので、人物像を文字おこしして使ったとしても
    それが問題になるとは到底思えません w

    一方でマイナス面と思われる意見。
    小説だからこそ、表現というものにどの程度工夫をするのかは、
    作者の腕の見せ所な部分があると思います。
    これは、実際にAIに人や状況の文字おこしをしてみないと
    わからない部分もあるとは思うのですが……

    例えば「りんご」の絵。
    これを AI に文字におこさせたとき、伝わりやすい
    表現としてそのまま「りんご」あるいは「赤い果実」なんて
    文字おこしされても、読者に伝わりやすいとは思いますが
    正直面白みには欠けると思います。
    香りや、味すらも想像できるような表現を用いてこそ、
    やはり文字として表現する場合の冥利。

    もちろん、AIに文学的な表現で文字おこしして……
    と頼めば、それはそれでいい表現であげてくれるかもしれない。
    でも、今度はそれはAIの学習データから引っ張り出された表現。
    それが自分の作品にマッチするか? をちゃんとみないとな
    気がします。
    じゃないと、「このりんごの表現だけ、何か浮いてね?」
    みたいな感想を持たれそうな気が……

    もちろん、さらにそれを見て自分の表現に直していけば
    良いかとは思いますが、だったら最初から自分で考えた方が
    早いかもなぁ~なんて思ってしまいました w

    作者からの返信

    >Ashさん

    コメントありがとうございます!

    体験で言うと、数は多くないですが、「有名人のそっくりさんが登場するマンガ」は私も思い浮かびます。

    作者の腕の見せ所な部分について。
    私もわくわくして生成AIを使い始めた者の一人です。だから生成AIに「物語の続きを書いて(書くだけで発表しない)」とお願いして実験してみたこともあります。
    物語は、書けませんでした。
    たぶん描写に限らず、一貫した人物の性格とか目的とか、そういうものを保持することができないんでしょうね。

    ただし、長いものを要約することはとても上手です。このエッセイの一つ前のエッセイは、私と生成AIとの会話をまとめてもらってほとんど手を入れずに公開しました。この場合はモデルそのものが私で、私の言葉を私が発表しているだけとなります。問題はないですね。

    >はAIの学習データから引っ張り出された表現

    便利だからと、無加工で使ったらちぐはぐになりそうですね。
    問題があるかないかで言えばない。でも使い道を考えないと怖いよ、という話かもしれません。

    ユーザー「国境の長いトンネルを列車で新潟側に抜ける描写を書いて」
    生成AI「~~、夜の底が白くなった。」

    ノーベル賞を授かった作家のそのままを生成AIが出力して知らずに書いてしまったら。なんていう想像をしました。
    自分なりの表現に直す手間、かかりますね。かけないといけない気がします!
    Ashさんの「だったら最初から自分で考えた方が早いかも」もそうだし、さらに「安全」も加わるかもしれない、なんて思いました。

  • 問題となった漫画家さんは間違いなく時代を代表するような方でした。特にギャグセンス。
    絵の上手さも後期になると際立ってましたね。
    ただ、残念ながら連載を落とす事が多く……。

    恐らく、実写トレス自体は漫画の扉絵等の昔からやっていて、イラストの仕事をする上での自分なりのテクニックだとしていたのでしょう。

    ただ、昨今の一億総コンプラ警察時代には通じませんでしたね。

    まぁ、人物のトレスで対価を得てたわけですから当然と言えば当然な訳ですが、好きな漫画家の晩節が汚れてしまったようで残念な思いです。

     さて(硬い😅)、本題の映像の文字起こしですが、悪役ボスの人物表現としてゴッドファーザーのM・ブランドを思い浮かべたとします。これを書き手の手腕のみで特徴を余すところなく表現しきり、読み手が「あ、ゴッドファーザーみたいな人ね」と思っても、役者サイドから「これ、完全に俺やん?」とクレームは来ない(出来ない)と思います。表現するのにAIのアシストがあっても固有名詞が無ければ同様だと思います。

    あの老獪さと憂いが同居した顔を自力で表現するのが書き手の腕の見せどころだと思いますが、AIに特徴をリスト化させると意外な発見があるのも事実です。

    それを元にさらに表現に深みを加えるのは何ら問題はないでしょう。小説書くのに辞書も辞典も参考文献も不要って人はアシストだ!って目くじら立てるかもしれませんが、放置です。

    作者からの返信

    >月極典さん

    コメントありがとうございます!

    クレームは来ない、という見立て。そうだと思います。
    AIにできることは生身の人間にもできるはずです。だからきっと現時点でも多くの作家が行っている気がするんですよね。実在の、俳優さんをはじめ有名人、そのほかたくさんの人を「手動トレス」することって。AIを使わずに。

    写真から絵にする際でも、線の一致などがあればともかく、ポーズが同じとか顔立ちが非常に似ているケースは無数にあるみたいです。参考にしたことを悪いと言われないんだなあと感じています。(絵に関してはカクヨムであまり言う必要がないことですけれど)

    >AIに特徴をリスト化させると意外な発見があるのも事実です。

    ここを活用するか、しないか。
    問題はないとして、心理的に受け入れるかどうかは、分かれるかもしれませんね。作家(カクヨム作家であっても)次第なのでしょうか。
    私は今回これができるのってすごいな! と思ってしまった側なのですが。

    >辞書も辞典も参考文献も不要って人

    この表現が、スパーンといい音を立てて決まった気がします。
    こういう人は実際にはいない、という意味で。

  • 創作の中でAIの利用がどこまでを参考と呼べるのか、、、
    そこを考えるきっかけになるエッセイ、ありがとうございます。

    人間が何かを見たとき、当然ですが自分の語彙の範囲でしか捉えられなかったり、目立つところだけを拾って文字に起こしたりですが、、
    でもAIに一度言語化してもらうことで、自分では見落としていた顔の特徴や服装の印象、立ち姿の雰囲気などに気づける可能性がある。。

    観察を文章にしてもらって、それを参考にするって、たしかに資料を見る行為に近いのかもしれないと思いました。

    うーん、本当にトレスなのか、観察なのか、資料利用なのか。絵と文章では何が違うのか。AIが介在すると、これまで普通に行われていた「参考にする」という行為まで、なんか後ろめたくなるような気がしますね~

    人の作ったものを、そのまま自分の創作物みたいに出さないってことが、きっと基本?ですもんね?

    最終的には自分の言葉で作り上げるなら、やはり 「参考」な気がしますね。

    たとえば「こういう雰囲気の有名人がいたけれど、名前が思い出せない」とAIに聞いたときに、AIが「もしかして〇〇さんですか? こういう目元で、こういう雰囲気の方ですよね」と見た目や印象まで説明してくれるたとして、、。

    「ああ、たしかにそういう感じだった」と思って、その説明を参考にしながら、自分の小説に文章にして落とし込む。そういう使い方なら、かなり自然な範囲ですよね。

    そうしたら、「〇〇さんってどんな特徴のある有名人ですか?」と聞いた(AIトレスした)場合と、AIの返答としてはさっきの質問と回答があまり変わらない気がするんです。

    名前を思い出すために聞いた場合でも、最初から人物を指定して特徴を聞いた場合でも、結局は「その人の印象や外見的特徴を言語化してもらう」という点では同じですもんね。。

    自分が何書いてるのかわからなくなってきました(笑)

    自分はアリだと思いますね~
    そう使おう!としたことはなくても、しらない間にそういう使い方しちゃってたりして……?

    作者からの返信

    「アリ」か「なし」かでいうと……という感じで問いを立てさせていただきました。

    晴久さんのお考え、わかります。きっと落としどころとして私も近いところに落ち着く気がします。


    エッセイで「アリ」の話をしておいてなんなのですが。
    実際上、私よりずっと踏み込んだ使い道をしている人は多いみたいですね。
    ほんの二三日前に、急にいろんな人が「監督」の話をしはじめました。なにかと思ったらプロ野球の監督が辞任するという話題でした。娘さんを叱った→娘さんが暴力をふるわれたとAIに相談→児相に連絡を勧められた→ほんとうに連絡し、警察に通報がなされた→監督逮捕、辞任だったようです(あまりきちんと調べていないので違っているかもしれません)。
    たぶん多くの人がこのニュースを見聞きして「取捨選択」のステップを思い浮かべたと思います。AIに勧められたとして、児相に連絡するべきかどうか、選択する。その選択をして、結果を受け取る。連絡をしてしまったらあとは半自動で進んでしまい、娘さんが逮捕も辞任も望んでいなかったとしても必ずついてきてしまうものだったのだと思います。

    だからほんとうは「使うのはいいとして、取捨選択をどこではさむか」とか「なにを捨てるべきか」なんていう話になっていくべき内容だったのかもしれないと思っています。

    けれども一方で「一切ダメ」という立場の人もいらっしゃる。自分では使わないというレベルから、他者が使うのも否定する方もいる。
    そのことは承知しているのですが、今回はとくに触れませんでした。とっちらかってしまいますし。

    カクヨムでも「AIを使ったら使った内容を表示するといいですよ」みたいな案内が出るようになったみたいですね。おそらく「50%以上AI使用」というところにラインを引きたいんだろうなと思いました。
    そしてどうしても気になる人向けの、いわば「知らずに読んだら少しかもしれないがAIが使われていた」という事故を防ぐために、校正レベルで使用という宣言もしてみたらいかが? みたいな勧め方をされていたように思います。
    (このご返事の時点では、記憶のみで書いています。50%も記憶で書いているので、数字が違うかもしれません)

    晴久さんは配慮がゆきとどいた方ですので、「名前を思い出せない人」のアシストというすばらしい用例を出してくださいました。きっとほとんどの人が禁止せよと言わない(全員ではないかもしれませんが)例ですよね。
    それを出した上で私の例と近いと考えてくださったと思います。
    ありがたいなあと感じています。


    感想へのご返事コメントなので、ちょこっと出してしまってもいいでしょうか?
    「手紙や履歴書は手書きがいい」という主張と似たものがある気がしませんか?(ご返事なさらなくてかまいません)
    きっとそのような意見対立と似たような推移をたどって、やがて20年後くらいには……という未来が待っている。そんな気がしています。