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  • 五年への応援コメント

    この作品も短篇集の時読んでハチャメチャに感動しました。
    ちゃんと説明しないところからくる「読者を突き放す文体がつくりだす孤高さ」もそうなんですけど、個人的に「言った側はそんな深く考えずに言ってるだけなんだけど、言われた側にとっては救いや天啓になる」という現象のポジティブな側面について考えることが昔からよくあって、この作品はそのへんについて「時間」という軸を加えて一つの解答を出してるなって思いました!
    間宮作品と出会った最初期に読んで、この作品をきっかけに明確にファンになった覚えあります!!
    シンプルな感想でいうと、オチはもちろん一番好きですし、以外だと六年目、七年目、八年目以降が好きです。説明はされないんだけど五年以降も山あり谷ありで生きているじゃん!泣。と思いました

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!
    おっちゃんはただ自分の体験からきた事を軽く話しただけなんですよねwでもその言葉を頼りに…。
    5年といいつつ5年後以降もずっと生き続けてるの自分でも良いなと思います。
    書いた頃「あの年表形式が良かった」と言われて「年表…」と思った記憶があります(思い出したので)。

  • ××サボテンへの応援コメント

    長文すみません(初手謝罪で許されムードを作っていく)

    思い出しました。短篇集の作品で最初あたりに読んだのがこれでした。初読の感想は「なんだこれ」と「よかったなぁ…(語り手に対して)」でした。何がよかったなぁやねんと思われるかもですが、確かおれの中には「電車嫌いなら爆破くらいしたいもんなぁ、爆破できてよかったなぁ」「××サボテンが残ってよかったなぁ、生き続けるもんなぁ」とかいう謎の感覚があったような気がします。

    いま再読すると発見がありますね。なんで「××」サボテンなのかとか。
    間宮さんがどういう意図で伏字にしたのかはわかりませんが、伏字にしたことで結果的にこの作品の中にひとつも固有名詞っぽいものが出てこなくなるんですね。すると何が起こるかっていうと、匿名感、他人事感が増す。何もかもフィクションだよと念押し気味に主張されている感じになる。
    でも文体としては一人称視点であり、読者は「僕」の体験を読まされていて、感情移入ができるはずなんです。なのに「××サボテン」とすることで読者を突き放すんですよ。「おまえには『僕』の社会へ抱く感情も、『僕』とサボテンの絆も、ほんとうのところを理解することはできない」って暗に言われてる気がして……ここが最高すぎる。いくつかの間宮作品に共通する部分に「共感を拒む姿勢」があるような気がします。この、安易に読者に迎合しないからこそ、作品が孤独に、孤高に立ち上がるというか。みたいな感じがしますね。
    めちゃ的外れなこと言ってたらすみません。

    作者からの返信

    精読ありがとうございます!
    人に冷静に分析されると言われて初めて気付く部分もあり、驚きと発見があります。
    この作品を書いたのがはるか昔過ぎて、××サボテンと伏字にした意図が思い出せないんですが(『ねじ式』で××クラゲが誤植でメメクラゲになったエピソードを意識したのかも)、これを書いた頃の自分は殻に閉じこもって人とコミュニケーション取れない様な人間だったので「読者を突き放す」「共感を拒む姿勢」というのはこの頃の作品に関しては当たっていそうです。
    僕もつい長文になってしまいましたw
    作品の分析感謝です。