自己複製への応援コメント
以前「透明人間」にコメントして以来ですね。
今回は、この短編連作から私が感じ取ったものについて書かせてください。
少し長文になりますがお許しください。
私は、作品の構造や、その奥に流れているものを読むのが好きです。
この作品を読みながら、静かに支えているものについて、私なりに考えました。
◇
一読すると、この作品集は「人間の欠点や弱さを肯定する連作」として読めると思います。
未来が変えられないなら、自分を騙してでも生きる
劣等感があるから、人は前へ進める
救えなかった人の記憶も、生きていた証になる
誰にも見えなくても、自分の意思で動けば存在を証明できる
消したい過去にも、今の自分を支えるものがある
滅びが近づいていても、次の命に何かを残そうとする
そう読むこともできると思います。
読み返すうちに、この作品は「欠陥があるから素晴らしい」とまっすぐ言っているわけではない気がしてきました。
◇
七つの話に共通していることがあります。
それぞれの登場人物が、どうにもならない限界にぶつかります。
「未来予知」の主人公は、掲示板に書き込んだことで未来が見えるようになります。でも、見えた未来は変えられない。どれだけ避けようとしても、結局その通りになってしまう。行動そのものが意味を失っていきます。
「ヒューマンギャップ指数はゼロ」は、西暦2418年、人類がついに格差も差別も劣等感も、技術的に消し去ることに成功した社会の話です。脳内チップで感覚を共有し、感情さえも個人の所有物ではなくなった理想郷。劣等感は駆逐され、ため息をつく者はいなくなった。はずでした。
「タイムリープ①②」は、時間遡行アプリを使って同じ一日を何度も繰り返す男の話です。彼は恋人の死を防ごうとしてきた。でも、ある時点で気づきます。時間移動の仕組み上、彼が戻るのは元の世界線ではなく、斜めに別の世界線の過去へ入ることになる。たとえどこかの世界で彼女を救えたとしても、これまでに死んだ彼女たちの死は変わらない。「俺は彼女達を救えない」という結論に、彼はたどり着いてしまう。
「透明人間」は、他人の目が怖くてしかたなかった男が、深夜の公園で顔のない男に契約書を差し出され、透明人間になる話です。視線から解放された。最初はそう見えます。でも一カ月経つと、急に寂しくなる。声をかけても誰にも届かない。しかも契約には、「二度と元には戻れない」と書かれていました。
「黒歴史」は、物書きとして評価されないまま年を重ねた男が、中学の同窓会でタイムカプセルを開封し、十年前の自分の手紙と自作小説に向き合う話です。手紙には、「立派な小説家になっていますか?」と書いてある。今の自分には、あまりにも痛い言葉です。
「自己複製」は、エネルギー枯渇によって、滅亡まであと七日しかない無機生命体の話です。あらゆる手を尽くしたけれど、運命は変えられなかった。謎の物質——「透明で、ある地点から体積が増加する物質」——を解明できれば星を脱出できるかもしれない。でも、もう時間が残っていない。
これらの限界は、最後まで解決されません。
未来は変えられない
駆逐されたはずの劣等感は戻ってくる
どれだけ繰り返しても、死んだ彼女たちは救えない
透明なままで、声は届かない
黒歴史は、なかったことにはならない
世界の終わりは止められない
◇
各話はそこで終わらないと思います。
この作品が特徴的なのは、限界に対して「外から救いを持ってくる」のではなく、「限界の内側から、小さな何かを取り出す」ところだと思いました。
それは、主人公が能動的に「意味を見つけてやろう」とする感じとは少し違います。
気がついたら、何かが来ていた
見つかってしまった
届いてしまった
残ってしまった
そういう感覚に近いと思いました。
「未来予知」では、変えられない未来の中から、鏡の中の俺が現れます。
主人公の前に、もう一人の自分がいる。
その存在が何者なのかは、はっきり説明されません。
その鏡の中の俺は言います。
「自分自身を騙し続けろ」
主人公が自分で答えを考え出したというより、変えられない未来の内側から、命じられたように見えます。
「ヒューマンギャップ指数はゼロ」では、消えたはずの劣等感が戻ってきます。
格差も差別もなくなった理想郷の中で、あえて現実で暮らす少数派に対して、人々は妬みや僻みを感じ始める。
解消されたはずのものが、別の形で再発する。
語り手は、その再発の中に気づきます。劣等感とため息が、ずっと人類を動かしてきたのではないか、ということに。
「世界はため息から始まった」という言葉は、ただの前向きな宣言ではなく、除去されたはずのものが戻ってきた場所から生まれているように感じました。
「タイムリープ②」では、遊園地での救助に一度成功した直後、駅で彼女がまた死にます。
そこで39回目の3月13日が始まる。絶望した俺がスマホのフォルダを開くと、彼女が作って渡してくれた表がある。
そして思い出します。
「俺はあのとき頼まれたんだ」
頼まれた、というのは、彼女の言葉です。
「忘れないで、私がいることを」
彼女を救えたわけではありません。死んだ彼女たちの死が取り消されるわけでもありません。それでも、救えなかった彼女の言葉が、ループの意味を問い直す瞬間に届く。救済は成立しないまま、声だけが残ってしまう。
「透明人間」では、主人公が男の子に声をかけます。
「大丈夫?」
でも、透明人間です。声は届きません。
その代わりに、こう書かれます。
「でも僕自身には響いていた」
届かなかった声が、まず自分に届く。
そのあと主人公は、泣かせてしまった男の子と街で再会します。ハンカチで涙をぬぐい、手を引いて、母親のもとへ連れて行く。母親が子どもを抱きしめ、二人が手を繋いで歩き出す。
その時、男の子は一瞬だけ振り返ります。
声は届かなかった。
主人公は透明なまま。
誰にも褒められないし、誰にも見えない。
一瞬の振り返りだけが、外の世界に残る感じです。
「黒歴史」では、破り捨てようとした自作小説に、主人公は「文章の強さ」を見つけます。
それは、消したかった過去です。
見たくなかったものです。
今の自分を苦しめるものでもある。
でも、その中に、今の自分にはない強さが入っていた。過去がきれいな思い出に変わるわけではない。それでも、捨てようとしたものの中に、捨てきれないものがあった。
「自己複製」では、滅びていく無機生命体たちが、自分たちを模して創り出した有機生命体のことを考えます。自分たちはもう終わる。謎も解けない。星を出ることもできないかもしれない。
それでも、彼らには、もう立派な足がある。
滅びていく側が創ったものに、すでに何かが宿っていたと思います。
◇
そして、ここが大切だと思いました。
これらのどれも、「証明」ではありません。
鏡の中の自分が現れても、未来は変わらない
再発した劣等感の中に力を見ても、理想郷がそのまま保たれるわけではない
「忘れないで」と言った彼女は、それでも死ぬ
男の子が一瞬振り返っても、主人公は透明なまま
文章に強さがあっても、今の評価が急に変わるわけではない
立派な足を持つ生命を創っても、自分たちの滅亡は止まらない
何も証明されていない。
解決もしていない。
それでも各話の語り手や主人公たちは、そこで止まらず、言葉を置きます。
「欺瞞は命綱だ」
「生きていた証だ」
「存在を証明する」
「過去を糧にする」
「歩き方の手本を見せる」
この言葉たちは、完璧な答えというより、次へ動くための小さな理由、「〜だから」の「から」なのだと思いました。
変えられない未来の内側から、そう命じられたから
消えたはずの劣等感が、別の形で戻ってきたから
救えなかった彼女が、「忘れないで」と言ったから
届かなかった声が自分には響き、男の子が一瞬だけ振り返ったから
捨てるはずの文章に強さがあったから
創られた生命に、もう立派な足があったから
「だからもう大丈夫」ではない。
ただ、「から」だけが置かれている。
論理的な証明ではなく、きれいな救いでもなく、ただそれだけが根拠の位置に立っていると思いました。
◇
この連作が、話ごとに別のSF設定を使っている意味も、ここで少し見えてくる気がします。
超能力
格差ゼロ社会
タイムループ
透明化
過去のタイムカプセル
無機生命体の滅亡
これらは、物語を派手にするための飾りではなく、「どうにもならない限界」をはっきりと映し出すための装置として機能していると思いました。
限界が鮮明であればあるほど、その限界の内側から何かが出てくる瞬間も、鮮明になる。
そして連作の最後、「自己複製」は、
「あの美しく透き通ったものの名前を……」
という一文で終わります。
答えは来ない
名前も来ない
「……」だけが残って、作品集が閉じる
七話を通じて、限界は解決されず、証明は来ず、それでも「から」だけが繰り返されてきた連作が、最後に問いそのものを開いたまま置く。
この終わり方が、とてもこの作品集らしいと思いました。
◇
この作品集が描いているのは、欠陥をきれいに肯定することではないと思いました。
どうにもならない限界の中で、その限界の内側から、定義のつかない小さな何かが出てきてしまう。
それは証明ではない。
答えでもない。
救いと言い切るには、少し不確かです。
でも、次の行為へ向かわせる「から」として、そこにある。
七つの話は、その「から」の七つの形だと感じました。
作者からの返信
素晴らしいコメントありがとう御座います!
私自身、説明出来ないものをうまく言語化していると思います。
本作で描いたのは
人間の一貫した性質です。
それは
どんな絶望のなかでも希望を見出してしまうことです。
これは美徳であり、問題でもある。
彼らは動き続けてしまう
その先に何があろうと
彼らはもはや呪われていると言ってもいい。
でも、同時に今日の社会も
この性質によってできていると思います。
だから、私は人間のこの性質が大好きです。
だから、この話たちを描きました。
ご愛読ありがとうございました。
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この話には元ネタがあります。(作中でも触れられている)
テッド・チャンの『息吹』
です。
同じようなテーマを扱った
最高に面白く、人間についてより深く描いた名作短編集です!
ぜひ読んでみてください!
きっと、
気に入ると思います!
黒歴史への応援コメント
理想と現実
万能感と無力感
現実が見えていなかった、自分が特別だと錯覚したと語る彼は、過去の自分を否定していた。
でもそれは自分を受け入れるスタートのようにも感じました。
過去の自分と向き合う。
今の自分と向き合う。
他者と向き合う。
そして未来と向き合う。
良いものは吸収し、悪いものは改善しようとおもう。非常に共感します。
そう言った彼は、まぶたを開け、これから素敵な「大人」になるんだろうなと感じました。
とても共感できるお話で、前向きな終わり方が本当に好きです。
作者からの返信
感想、有難うございます!
黒歴史をないものにしようとする風潮に対して疑問を抱いていたので書きました。
きっと黒歴史もその人を構成する大切一要素だと思います。
だからきっとその過去に
しっかりと向き合えれば
多くのことが得られると
思います。
そういうことを伝えたくて
この作品を描きました。
伝わっているようで安心しました。
読んでいただきありがとうございました。
ヒューマンギャップ指数はゼロへの応援コメント
最後の一言がいいですね。
不満があるから変えようとする。
皆笑ってたら誰も努力しない。
作者からの返信
作中のSF小説は
テッド・チャンの
『息吹』です。
面白いのでぜひ!
この宇宙の話を社会の話にできないかと思い書きました。
コメントありがとうございました
自己複製への応援コメント
良い作品だと思います。人間が知性を持つまであらゆる地球外物質を取り入れて成長する説が一つ浮かびました。