記憶に咲くへの応援コメント
やまなしさんへ
コメントを失礼します。
エッセイ、読ませてもらいました。最初は「生きる意味」や「死」について考えるエッセイなのかなと思っていたのですが、読み終わったあとに私の中に残ったのは、むしろ「生きていた証を探す物語」でした。
特に印象的だったのは、記憶を写真に例えた部分です。幸せが多いか少ないかを比べる話ではなくて、「空っぽに見える人にも、ちゃんと見えない物語がある」という、とても優しい視線を感じました。
ヨルシカの「花に亡霊」の中に出てくる、「歴史に残るものが全てじゃないから」という歌詞を聞くたびに、今まで生きてきた名前も知らない誰か一人一人の記憶に想いをはせて、心が揺らいでしまいます。
だからなのか、このエッセイを読んでいて、もうひとつ感じたことがありました。
このエッセイの中には「消えたい」という気持ち以上に、「忘れられたくない」「確かに生きていたい」という強い願いが流れているように感じました。だから最後の「写真を増やしたい」は、生きる理由を見つけたというより、小さな希望を手にした瞬間だった気がします。
生姜の佃煮のおにぎりの話、すごく好きです。こういう一枚が、案外人生を支えてくれるのかもしれませんね(笑)
コメントが、ずいぶん長くなってしまいました。ごめんなさい(苦笑)
素敵なエッセイを、ありがとうございました。✨
作者からの返信
コメントありがとうございます。
このエッセイは構成を考えずにここ最近抱えていた考え方をずっと書いていたら、いつのまにかこうなっていました。
私が記憶を写真に例えた理由は、以前ヨルシカのラジオを聴いたとき、ヨルシカのお二人が死後の世界について話されていて、「写真の一枚でも持って行けたらいいのにね」と言われていたのが素敵だなと思ったからです。
今、虹うた🌈さんに花に亡霊の歌詞を言われて気付きました。
何度も聴いているのに、これを書いているときは全然意識していませんでした。無意識のうちに染みついているのかもしれません。
その言葉が私の言いたいことを全て包んでくれている気がします。教えてくれてありがとうございます。
苦しさを知っているから幸せに気づけるところもあるのかなと思っています。
ずっと幸せだったら、生姜の佃煮のおにぎりのおいしさにも気づけなかったかもしれません。
両方を大切にしたいです。
ありがとうございます!
編集済
記憶に咲くへの応援コメント
読みました。最近勉強ばかりしていて心が浮ついた感じがしていたので、やまなしさんの言葉が沁みました。
人生が辛いと思うことなんて、たくさんあります。死にたいなんてわかりやすい衝動に辿り着かなくても、それこそいっそのこと存在ごと消えてしまいたいなんて考えたり。
それでも私が踏みとどまれたのは、きっと家族とか、理解してくれようとした友達の顔とか、そんな「記憶」が残っているからなのかもしれません。
生きて、いつか死んで、そこで自分の記憶は消えてしまいますが、誰の記憶にも残らないというのはやっぱり寂しいです。
そう思うと、もう少しこの世界で頑張ってみようと思えますね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
まずは、今日一日、本当にお疲れ様でした。
私も何とか乗り越えられました。
実は、私は納得しないと努力することができない人です(気づかれてるかもしれませんが)。なので、理由を教えられずに指示されることがとても苦痛に感じます。
ですが、私が今いる場所はそんな時が沢山あるので、ずっと他人の意志のままに動いていると「自分は何がしたいんだろう」と見失ってしまうことがあります。
そうなるときに、カクヨムに逃げ込んでいる気がします。
家族も勿論大切なのですが、いつも話を聞いてもらっている分、少し離れた場所で吐き出したくなります。
小説でも、エッセイでも、私が考えていたことは確かに文字として残るので、安心感があります。そう思うと、この世に創作というものがあって本当に良かったなと思います。
これからも残させてもらおうと思います。
記憶に咲くへの応援コメント
人生の意味について考えた時期は確かにあったな~と、改めて思います。
自分なりの人生の結論は実はあって、エッセイでその思想には触れていますが、それってあくまで僕の答えであって、皆さんの答えではないんですね。
人生において、少しでも豊かな瞬間を増やしていく。それって、意義深いものであるとも思います。
残らないなら、意味なんてない? そんなことはないように思います。
大事なのは、自分の人生を、精一杯生きることかもしれません。
その真剣さにこそ、価値があるように思えます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
そうですね、人の数だけ人生の結論があると思います。
私自身、人生に対して完全に理解できていないまま書いてしまったので、偏った見方をしてしまっているところもあると思います。完全に理解できる日は来ないかもしれません。
でも、今にしか考えられないこともきっとあって、その時にしか書けない感情は価値があると私は思っていて、書くことにしました。
私は人に覚えていて欲しいのか、自分のために生きたいのか、その境目が分からなくなっています。
それでも精一杯生きていたいと、どこかで踏みとどまれています。
読んでくださりありがとうございました。
編集済
記憶に咲くへの応援コメント
とても素直な気持ちが表現されたエッセイだと感じました。
やまなしさんには、死んで楽になりたいと願った時期もあったが、今は生きていきたい気持ちになりつつあるのかな、と拝見しました。
文末の「あたまの中に残す写真を増やしていきたい」というのは、やまなしさんが思い出を作りながら、これから一緒に時を過ごす人にもご自身との記憶を残したいということなのだろう、と私は解釈しましたが、いかがでしょうか。
生きたいという気持ちと死んで楽になりたいという気持ちは多くの人が心の中に持つ矛盾だと思います。その矛盾に折り合いをつけながら、生きようとするやまなしさんの姿勢に共感を覚えました。
生姜の佃煮のおにぎりで感動する話は面白かったです(笑)。これからもたくさん美味しい物を食べてください。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
そうですね。創作には嘘をつきたくないと思っているので、自分自身も素直に書けたと思っています。
実際の人間関係だと、言いたいけれど飲み込む言葉もあるので、私も嘘をついているときがあると思います。これはかなりしんどいです。
なので創作には正直でいようと思っています。
ここで活動を始めてからは幾分か生きやすくなりました。読者の皆様のおかげでもあります。
文末の解釈はその通りです。意図を汲み取っていただけてとても嬉しく思います。
矛盾に折り合いをつけるというのも、先程言ったような嘘の話と結びつくところもあると思います。
嘘をついていると自覚するのは苦しいですが、一度こうして文にすることで楽になるところもあると信じています。
生姜の佃煮のおにぎりは、あれは本当に素晴らしかったです。
惟任さんもぜひ一度食べてみてください。
ありがとうございます。