第7話への応援コメント
クリオネさま
こんにちは。
音楽だけでなく、鎌倉のいろんな場所の描写も楽しく拝読しております。
ところで、1943年の学徒出陣以前に音楽を学んでいた方でしたら、東京芸大ではなく、東京音楽学校ではないでしょうか? 本筋外を突っついて恐縮なのですが……
高雄くんがどうなったのか。これはケイトさんにとって、カリナさんと同じくらい、気になって仕方のないことでしょう。ふと気を抜くと、つい想ってしまうのでしょうね。
同じ年ごろの子供たちに、ケイトさんは馴染めるのでしょうか。大人は子供ならすぐ馴染めるさと思いがちですが、馴染める子、馴染めない子ははっきり分かれるような気がします。ケイトさんの強烈な生い立ち、それに彼女の性格も鑑みると、「みんな」と仲良くするためにはかなり高い山を超えなければならないような気がしています。
作者からの返信
佐藤さま、コメントありがとうございます!
あ、あ、、あーっ!!!東京音楽学校!!!!これは完全に私の知識不足、校正不足でした。おっしゃる通り、「NOT 芸大、BUT 音楽学校」ですね。。。ご指摘ありがとうございました!!!おかげさまで一つ賢くなりました。
主人公のあの子が学校生活にはたして適応できたのか、、、第2章を読んでいただけましたら。高雄だったら楽しいスクールライフが送れるんですけどねw
第5話への応援コメント
クリオネさま
こんにちは。
おお、園田氏! 私の地元では彼(じゃないですけど ^^;)の名を冠したコンクールがありました。当時はどれほどすごい音楽家なのかまるで知らなかったのですが……
ケイトさん、悲劇としか言いようのない事件の直後にこれまでとは異なる環境に放り込まれ、違和感に押しつぶされそうでしたね。そこでピアノが弾けることになったのは、どれだけ彼女の心を明るくしてくれたでしょう。これからいよいよ本格的なレッスン開始ですね。自由に自分の音を追い求めてきた彼女が正式な教育を受ける。才能と教育の戦いにもなりそうですね。これから彼女がどう変わっていくか楽しみです。
作者からの返信
佐藤さま、コメントありがとうございます!
お恥ずかしながらなのですが、私、本作品の執筆中にあのコンクールの園田氏のことを一切知らないまま(お名前すらも)創作しており、後になって本物の園田氏を知って「こんな方が実在していた!」と驚いた次第です。生きていた時代背景、お名前の近似が偶然にしては辻褄があいすぎたので、あえて残しました。
本編のほうでは、、、私が書けることは最早ないのですが、彼女に寄り添って読んでいただけると幸いです☺️
編集済
第5話への応援コメント
はじめまして。
コメントさせて頂きます。
ピアノは初心者で、あまり楽曲とかはわからないのですが。
A音のシャープ……。
なんか、緊張とかしている時に。
聞こえてきたことがありまして。
耳鳴りとか……?
違うかもしれないのですが。
確かにと思ってしまい、勝手に感動していました。
内容も読んでいて楽しいです。
引き続き拝読させていただきます。
作者からの返信
はじめまして、霜月さま。
私も精神がピリついているときにA音シャープが聞こえるタイプなので、同じ症例(?)の方とお会いできて嬉しいです!
面白いと言っていただけて感無量でございます。どうぞこれからの展開もハッピー★リーディングいただけますように。
第1話への応援コメント
クリオネさま
こんにちは。
わあ、のっけからベーゼンドルファー! スタインウェイじゃなく! もうそこでわくわくしてしまいました。
実際にコンサートホールのピアノの状態を良好に保つための弾きこみって、行われているものなのですか? 体験ということでピアノ中級者くらいの方にコンサートグランドピアノを弾いてもらう企画はしばしば聞くのですが、あれも、弾きこみ目的を兼ねているのでしょうか。
作者からの返信
佐藤さま、コメントありがとうございます!
そうなんですよ、ベーゼンドルファーであることに意味があるんです、ここは!
コンサートホールのピアノの弾きこみ奏者募集、私が過去に住んでいた自治体では見かけましたよ。その時の記事が目に残っていたのもあって序章があんな展開になりましたので。
自治体によりけり、なんでしょうねぇ。
最終話への応援コメント
クリオネさま
こんにちは。
音楽の才能にあふれた相馬ケイトさん。彼女のはるかな旅路を共に歩ませてもらったとしみじみ思える壮大な物語でした。
その天賦の才をもってしても抗えない社会の海嘯に巻き込まれてもみくちゃにされていくさまは、とても苦しいものがありました。まともに立ち上がれないほどの痛手を負い、かろうじて残った音楽との接点にすがりつくさまは、哀しくもあり、それでいて、これぞケイトさんだと思える痛快さも感じていました。
彼女が最後まで怒りを持ち続けたところが、彼女だなあ、と。まだ、心は干からびていないのだなあと思わされました。
ピアニストという生き方は残酷なものだと思います。彼女がこの先、順風満帆な人生を送ってきたピアニストと同じ評価を受けることはないでしょう。それでも、彼女は音楽から離れることはできないし、音楽もまた、彼女を放しはしないのでしょう。死ぬまで音楽と二人三脚で生きることが彼女の生きざまであり、そんな彼女が生み出す音楽を歓迎する人たちも、すべての聴衆とは言いませんが、たくさんいると思うのです。
読ませていただき、ありがとうございました。
作者からの返信
佐藤さま、こんばんは。コメントありがとうございます!
お寄せくださった言葉のなかに、ケイトのすべてが凝縮されているのではないかと惚れぼれしました。
彼女は音楽との一卵性双生児なので、生涯を終える最後の瞬間まで音楽と豊かに対話し、音楽に囚われたまま歩みつづけるはずです。それが彼女にとって幸せだったのかどうかは、私でさえも介入できず、彼女だけの心に委ねられているはずです。
まだ私もこのお話やケイトとの距離を適切にとれず、気のきいた謝辞を書けなくて申し訳ないのですが、佐藤さまのように心から寄り添っていただける読者様を得られて本当に幸せでした。
よい秋をお過ごしください。