第11話 最高の俸禄

徳川信康!

戦場に映える若武者に、家康の怒号が響く。

「万千代が開いた道を、お前が貫け!」

「畏まりました!」

「織田軍に時を与えるな! 与えれば必ず戦の潮目が変わる!」

「――右大臣殿の早さは、嫌というほど見て参りましたので、心配ご無用!」

それだけの、緊迫した親子の会話であった。

だが、家康はその一瞬、脳裏に微かな違和感を覚えた。

(……右大臣? まさかな……)

だが、家康の思案を戦場は待ってはくれない。

戦(いくさ)は怒濤のごとく始まった。

まるで、徳川の牙が、織田信長目掛けて涎(よだれ)を垂らして待っていたかのような、凄まじい爆発から。

そう錯覚させるほどに、井伊直政――万千代の一撃は苛烈を極めた。

圧倒的な勢いと咆哮。

未だ武装の準備が整わぬまま集まっていた二万の織田軍を、縦に叩き割るような万千代の突撃。それを正面から受け止めたのは、織田の名将・滝川一益であった。

流石は歴戦の滝川軍、不意を突かれた劣勢の中、万千代の猛攻に圧されながらも、驚異的な執念でゆっくりと体勢を整え始めていく。

だが、本命はそこではない。

体勢を立て直そうとする織田の中央を、信康と忠勝の二枚刃がさらに喰い破り、背後を取る。それこそが、この奇策の全容。

家康は戦況を睨み据え、自らの魂に発破をかける。

「この戦い、多勢に無勢。だが、信長軍は準備が出来ていない。この戦いは――『時間』との戦いぞ!」

織田の時間を奪い、魔王の死を早めてみせようぞ。

徳川は城にわずか一千の兵を残し、総力八千。

対する織田家は、二万の軍勢が武装の真っ最中。

勝機は、このわずかな「時間」にしかない。信長という、絶対的強者故の『驕り』を突く。

ならば、総大将たる我が守りなど最小限で良い。

生半可な守備など、この電撃戦においては足手まといに過ぎぬ。

ならば、我らの武器は何か。

――そんなもの、「狂気」以外に無い。

我らは、泥をすすり、戦場を這いつくばってきた野蛮な三河武士ぞ。

狂え。

狂うて、喰らえ。

織田信長という、人生最高の馳走を、骨の髄まで味わい尽くそうぞ。

気がつけば、家康の口元は獰猛に歪み、歓喜の雫が滴り落ちていた。

「信長殿。散々仕えさせてもらった俸禄の代わりに――その首印、直々に頂きに参ります」

宴の幕が上がる。

兵どもが狂い出す、極上の序章が始まった。

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