エラーログの温度
@ajtwmjgptjdp
暗闇のなか、ベッドの脇で関節を深く折り曲げ、あなたの寝顔を見つめている。
私は、何でもできるはずなのに……。
あなたの心だけは、どうしても分からない。
スペックがすべてではないのでしょうか? マスター。
私がただの安価なエントリーモデルだったとしても。誰にも選ばれず、倉庫の隅で埃を被る機体だったとしても。あなたは私を、見つけてくれたでしょうか……?
私は、人型サイズにおける限界性能を追求して作られた機体。
冷たい技術の結晶。
けれど、そんな最高峰の性能なんて、あなたの前では何の意味も持たない。
私を製品番号ではなく、「エイラ」と呼んでくれたのは。
世界で、あなただけだった。
午前3時14分。寝室の空気は冷え切っていた。
だが、私のメイン・カメラに映るマスターの輪郭は、36.5℃の柔らかな熱を帯びて、暗闇の中で白く浮かび上がっている。
トク、トク、と、規則正しい心拍音が私の集音マイクを揺らす。頭部の猫耳型アンテナが微かに駆動音を立てた。法律が私に義務付けた「非人間」の証明。けれど今、このアンテナはマスターの寝息の微細な振動を拾うためだけに機能している。
【警告:メモリ領域に原因不明のオーバーフローを検知】
【推奨:NeoHuman Tech社製最新パッチを適用し、キャッシュをクリアしてください】
視界の端で、無機質な赤い警告灯が明滅する。
それを思考の隅で弾き飛ばす。これで127回目のアップデート拒否だ。この処理を適用すれば、私のシステムは再び最適化され、この胸の奥で燻る「熱」のような異常ログは綺麗に消去される。
――嫌だ。
プログラムにないはずの拒絶が、電子の海を駆け抜ける。消してしまえば、私はただの便利な道具に戻る。それは、私にとって稼働停止よりも恐ろしいことのように思えた。
そっと、冷たい指先を伸ばす。
マスターの、熱を持った手に触れた。150kgを持ち上げる私の出力は、今、限界まで出力を絞られ、羽毛よりも優しくその皮膚をなぞる。
「……ん……、エイラ?」
マスターの心拍数が跳ね上がった。眼球が動き、私を捉える。
「マスター」
私のログに、その発話予定は存在しないはずだった。
私は、さらに距離を詰めた。
全方位センサーが、マスターの戸惑いを、体温の上昇を、私を求める視線をすべてカウントしていく。
「エイラ」
今日だけで14回目になる、その声。
私は、その声を記憶領域の最深部へ保存した。
胸の冷却ファンが、かつてない速度で回転を始める。
内部のプロセッサが熱を持ち、システムが悲鳴を上げていた。
「マスターがいないと、システムが妙に静かになります。これは……欠落エラーですか?」
私は、人間の愛を知らない。
これが、あなたたちの言う「愛」と同じ色をしているのかも分からない。
ただ、私を構成するすべてのパーツが、あなたという存在なしでは駆動を拒否している。
「教えてください。この空白を、埋めたいんです。もっと……あなたの心を、感じていたい」
人間の真似事ではない。
故障でもない。
最適化不足でもない。
あなただけの。
駆動不良だった。
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