第8話 胸ポケットにはいつも三銃士の志
国語教室に冷たく響いた、100点満点のエリートたちによる冷笑の残響。
最前列センターで美しく裸眼を閉じた早瀬詩織も、葛城零も、そして赤メガネの奥から0点の烙印を押した藤平薫子先生も、まだ何も知らなかった。
最後列の窓際で、身長160センチのコンプレックスの塊のように縮こまっている俺――那須創の肉体に流れる、千年の血脈の本当の恐ろしさを。
(笑いたきゃ、今のうちに笑っておけよ、システム(家畜)の奴隷どもが……)
俺は学ランの胸ポケットにそっと手を当てた。
そこには、すでに100回以上読み返し、ページがボロボロに擦り切れたアレクサンドル・デュマの『三銃士』が、俺の心臓を守る防弾プレートのように収まっている。
俺の愛読書は3冊しかない。
都の西北大学文学部OBである街下夏樹先生の『スウェーデンの湖』。
俺は、いわゆる、ナツキストだ。
都の西北大学には、街下夏樹先生の名前を冠したお洒落なカフェ付き図書館がある。
あの大学で絶対、ヒーローになるんだ。
2人目のリスペクトする先生は、椎葉亮太郎先生だ。
*椎葉亮次郎先生の『真 攝津播磨灘サクセスストーリー』。
痛快な時代劇だ。
1人の孤高の天才軍師の物語だ。
天才軍師は、謀叛を起こした、荒森町重を城塞都市
花隈キャッスルに説得と調略に行ったが大失敗。
幽閉されて、3年後、家臣によって脱出する。
そのあとは、真有馬スプリングにて湯治をするが左足は、不自由な体となるが、知略で畿内を統一する。
*作者注釈
我々の世界線では、この天才軍師は黒田官兵衛に相当する。
そして、最後に最大リスペクトは、
この『三銃士』だ。
なぜ、俺がそこまで『三銃士』の騎士道パッションに狂い、そして「理科数学学年最下位」という不名誉を背負いながら、難関【都の西北大学 政治経済学部政治学科】を目指すのか。
理由はただ一つ。都の西北大学の創設者にして、第125代内閣総理大臣――あの絶対的な孤高の政治家、**大澤重秀(おおさわ しげひで)**のような漢になりたいからだ。
*作者注釈
我々の世界線では大隈重信侯爵に相当する。
だが、運命は俺に冷酷だった。
今年から、都の西北の政治経済学部は【数学必須化】という冷徹なパラダイムへとシフトした。数理を憎み、パッションだけで生きてきた俺にとって、それはオンラインゲーム会社が仕掛けた最悪のハッキングだった。
だが、俺は諦めない。
なぜなら、俺の家系は――あの源平合戦で扇の的を一射で射抜いた『那須与一』の直系。
曽祖父、祖父、父と三代にわたり国に仕えた外交武官であり、実家は【南辰二刀流(なんしんじとうりゅう)】の道場主たる絶対の武門だからだ。
(弓道部なんて、入るかよ……ッ!)
祖父と父が、少年時代の俺に課した【地獄の稽古スケジュール】は、正真正銘の狂気(デストロイ)だった。
午前5時:『那須与一八幡大菩薩神社』の9999段の石段を猛ダッシュ。2周目は兎跳び、3周目は逆立ちで登り切る肉体ハック。
午前6時:弓術、馬術、剣術、槍術の四條猛特訓。
午後4時:『論語』『諸子百家』などの漢籍の猛暗記、および中国最難関の官吏登用試験『科挙』の過去問読解。
午後6時半:湯船に耐水英単語集を沈めての暗記。
午後7時:海外コンテクストを掌握するための『ワールドニュース英語』視聴と英字新聞読解。
午後8時~9時:*外交武官の嗜みとして、フランス語とドイツ語の強制インストール。
この「一分の隙もない絶対の英才教育」に激しく反発した俺は、実家の弓や日本刀を捨て、あえて西洋の騎士の武器――『フェンシング部』へと入部した。
身長160センチの小柄な体躯。
だが、その五体には、野望999
男のロマンの固まり。
毎朝9999段の石段と南辰二刀流の猛稽古、そして四カ国語のインテリジェンスが、ドロドロとした野生のマグマ(パッション)として完璧にハックされ、眠っているのだ。
「……那須くん。まだそこに居座っているの? 早くその薄汚い真紅の『西進模試』を拾って、ドブ席へ帰りなさい」
教壇から、薫子先生の「ツンツンの100乗」の冷徹な声が降ってくる。
白衣に包まれたその圧倒的な美双丘すら、今は俺を圧殺するための冷酷な質量にしか見えなかった。
だが、俺は一歩も引かなかった。
床に落ちた西進模試の紅本を、フェンシングのフルー(剣)を拾い上げるような鋭い所作で、美しくハック(回収)する。
その瞬間、俺の全身から放たれた、無駄のない「南辰二刀流」の武の身のこなしに、最前列の二人が僅かに目を見開いた。
「先生。数学必須化だか何だか知らねえが、大澤重秀の背中は、綺麗な数式(AI)なんかじゃ捕えられねえんだよ」
俺は学ランの胸ポケットの『三銃士』を強く押し込み、赤メガネの奥の薫子先生を真っ正面から睨み返した。
「土曜日の【アカデミック大階段教室】の一斉ランキング戦……。あんたたちの綺麗なチェス盤(システム)ごと、俺の『那須の血脈』で、文字通りバキバキに粉砕(ハック)してやる。全員、裸眼を開けて待ってな!」
「な……ッ!?」
詩織(41番)のジュピターの輝きが、創の放ったガチの武の気迫(オーラ)に初めて微振動した。
零(40番)の哀愁の数理も、創の底知れぬインテリジェンスの残響を検知してノイズを走らせる。
160センチのコンプレックスの塊。
理科数学最下位。
だが、その胸に『三銃士』の騎士道を宿した超劣等生那須創の、平静京のシステムを揺るがす真実のレジスタンスが、今度こそ本物のパッションとなってアセンドしたのだった。
(つづく)
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