編集済
安定型あさがおへの応援コメント
鷹さんのコメントが夏の怪異に全く触れていないのが面白すぎる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
Tomak……と思ってしまった私をお許しください。
それにしてもTomakをはじめ、鉢に植えられた人はどうしてこうも魅力的なのでしょうか。
もちろん植えられた人の性質にもよると思います。 三田校長でよかった。
ちょっとキショくても、きっと三田校長は許されているのですね。
(本当にキショいのは鉢に植えられている姿では……?と板野くんにつっこみたくなりましたが、これは無粋ですね)
凶悪な犯罪者が植えられていたらそもそも小学校の敷地内にいることは許されないでしょう。
「奇」として認識されたとしても、小学生たちは18歳の板野くんが校内にいることを許してくれている。
許しの物語なのかもしれないと思いました。
まるで、ベビーパウダーの缶に盛られた炊き込みご飯を見ておののきながらも食べてみたら懐かしいおいしさでおかわりいけました、僕もやろうかな、みたいな雰囲気がとても面白かったです。
作者からの返信
鷹さんに「変な作品だな」って思わせるのって結構難しいんじゃないかと最近思いました。夏の怪異くらいなんてことないのかもしれないです。
私は元気です!
お恥ずかしながらTomakを知らなくて調べたのですが、わお😳
三田校長は生首ではないですが、初見だと流石に生首に見えると思います。一歩間違えるとホラーになってしまうので気をつけたのですが、大丈夫でしたかね……!
鷹さんへの返信の方にも書いたのですが、通っていた保育園や小学校に自分を知っている先生がまだいると、無性に嬉しくなるんです。人は忘れられたときに本当の意味で死ぬ、的なこと、意外と生きているときにも感じることがあるかなと思います。知らない先生と児童しかいない学校の前では、私は所詮赤の他人なんだなって思い知らされるし、だからこそ私を覚えていてくれる人っていうのは私をその場所に繋ぎ止めて、居て良い人間にしてくれるんですよね。許しの物語、まさにそうだと思います。
普段の祐里さんならあまり言わなさそうな比喩が飛び出してきて嬉しいです。読んでいただきありがとうございました!
編集済
安定型あさがおへの応援コメント
こんにちは。
小さい頃に関わってくれた先生が、自分が大きくなってからも覚えてくれているっての不思議と嬉しいですよね。
感じる年齢によっては相手の記憶力の良さにむず痒さを覚えますけど。
僕も昔、小さい頃通ってた幼稚園にお兄ちゃん先生として短期で手伝いに行った時、一人だけ知ってる先生がいて、覚えてくれてたのが嬉しかったのを思い出しました。
作者からの返信
こんにちは!
ね、なんでか嬉しいんですよね。
私はまだ高校生ですけど、通っていた保育園や小学校に、自分がお世話になった先生方はもういません。もうそろそろ中学校までそうなりそうです。たまにその建物の前を通ると、建物とか掲示物はあまり変わってないのに、歩いているのは知らない先生たちばっかで、私は端から見たらこの建物と何の関係もない人間になってしまっています。その時に、やっぱりこういう場所を作っているのって人なんだなって思いました。建物は私のことなんか覚えていなくて、でもそこにいた人たちはお互いに覚えあっていて。だから、自分を知ってくれてる人さえいれば、その建造物は私たちを拒んだりできないんだなと思って、希望と、ほんの少しの寂しさを感じました。
そういう作品です。
読んでいただきありがとうございました!
編集済
安定型あさがおへの応援コメント
「にーぜろにーよん、夏」の引き込みが凄すぎる……
印象的なキーワードがたくさんあって書ききれないのですが、「にーぜろにーよん、夏」がとにかく凄すぎる…
ひらがなの使い方も漢字の使い方も上手いなんて一体どういうことなんだ…?
受験でおいそがしいなかとは思いますが、これからも創作頑張ってください!応援してます!
作者からの返信
本当ですか!嬉しいです!
衝動で書き殴ったものをnyukeさんに読んでいただくのは緊張しますね……!「にーぜろにーよん」は最初普通に算用数字だったんですが、味気ないなと思ったのでひらがなにしました。ゆるーく書いてるときはマインドに引っ張られてひらがな多めになる気がします。上手いと思ってくれたならよかったです……!
読んでいただきありがとうございました!わたしもnyukeさんのことを応援しております。