ヴァルモン博士による第三注への応援コメント
謎多き『プリント基板』はまるでオーパーツですね。何物なのか分からず、どのような用途で使うかも不明。それどころか造形が完全に不明。これもまた現実か空想か余計に境界線を曖昧にしていますね。
作者からの返信
ありがとうございます。
まさに「プリント基板」は、この記録の中で意図的に異物として置いています。
あの時代の語りの中に突然「プリント基板」が登場することで、証言者の話は一気に飛躍し、彼の信用のなさが浮き彫りになります。普通に読めば、これは妄想か、錯乱か、あるいは後世の知識が混入したもののように見えるはずです。
ただ一方で、読者はプリント基板が実在するものだと知っています。だからこそ、単なる荒唐無稽としては切り捨てられません。
もしかすると、この証言者は本当に何かを見たのか。
あるいは、緑礬油を通して未来の器物の啓示を受けていたのか。
そう疑わせるための装置として機能させています。
また、ヴァルモンの観察はあくまで当時の医学的・科学的認識に基づくものなので、読者の認識とは当然ずれがあります。ヴァルモンは症例報告として冷静に処理しようとしますが、読者は「プリント基板」が何であるかを知っています。その視点の差によって、証言の解釈に乖離が生じる構造にしています。
つまり、プリント基板は「現実味を壊すための異物」であると同時に、「現実かもしれない」と読者を引き戻すための異物でもあります。その二重性によって、証言全体の境界をさらに曖昧にし、不気味さを演出しています。
ヴァルモン博士による第五注への応援コメント
お疲れ様でした。いやあ、大作でしたね。面白い、とても良い……素晴らしい。
まだ読んでらっしゃる方も居るので最小限に言うと、ヴァルモンも〝真実〟に対して信頼できない語り手、ですかね。これはあくまで私の解釈に過ぎませんが……。
悍ましい描写もさることながらぐいぐいと読ませ惹きつける力に圧倒されました。
本当に素晴らしい……。
作者からの返信
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
長くなってしまったにもかかわらず、お付き合いいただけたことが何よりうれしいです。
ヴァルモンについてのご指摘は、まさにその通りです。彼もまた真実に対して信用しきれない語り手として書いていました。
患者の語りをヴァルモンが観察し、しかしそのヴァルモンもまた読者に観察される。そういう形で、解釈が一方向に確定せず、らせん状に循環していく構造を意識しました。このあたりは、ブライアン・W・オールディスの『世界Aの報告書』から影響を受けている部分もあります。
実はこの作品、最初はもっと単純な怪奇小説として書いていました。
ただ、それだけでは物語の奥行きが足りない気がして、レ・ファニュのヘッセリウス博士をモチーフに据え、症例報告めいた形に書き直しました。その結果、ヴァルモンという語り手にも、単なる解説者ではない不確かさが出たのではないかと思っています。
お読みいただき、丁寧な感想まで本当にありがとうございました。
次回作の準備もすでにできていますので、近日中に公開予定です。
ヴァルモン博士による第二注への応援コメント
いよいよ現実と虚構の境界が曖昧になってきましたね。緑の悪魔とは、度々言及されてきた物質なのか、はたまた別の物質なのか。そもそも、この証言に信憑性はあるのか。
探るとまだまだ色々出てきますね……。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
そこを拾っていただけて嬉しいです。今回は「証言としての信憑性は揺らいでいるけれど、完全な妄想とも言い切れない」という曖昧さを意識しました。
ヴァルモン自身も全面的には信じていない一方で、完全には否定できないという立場なので、読者側にも同じ不安定さを感じてもらえたなら嬉しいです。
証言3への応援コメント
分からなくないところがあるが故に恐ろしいですね。何かに没頭するというのは。自分の場合は、綺麗な物に対する傾倒ですが……。
しかも、俗にいう頭の良い人間にこの傾向が多い(私は違います)。バカと天才は紙一重と言いますが、信仰と陶酔或いは盲信も似たような立ち位置にあるような気がします。石に取りつかれた狂気の行きつく先は……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「分からなくもないから怖い」という読み方は、かなり核心に近いと思います。
美しいものや未知のものへの傾倒は、それ自体は自然な感情なのに、信仰や陶酔へ滑り込んだ瞬間、理性の形をした狂気になってしまうのかもしれません。
今回は、信用できない語り手の証言を、読者の違和感とヴァルモンの観察という二つの視点から眺めることで、異常さをじわじわ炙り出す構造を意識しています。
なので、彼が本当に狂っているのか、語り手の方に問題があるのか、あるいはもっと別の何かがあるのか、そこも含めて読んでもらえたら嬉しいです。
探究と盲信は紙一重ですね。石に取りつかれた先は……決して穏やかな場所ではないと思います。
証言1への応援コメント
この度は企画への参加ありがとうございます。
まだ科学と神秘が分かたれていない時代の「完全」という言葉には、現代世界では推し量れない深遠な響きがありますね。最近だと『牙狼(ドラマの方)』をよく見ているので、ゴシックホラーの世界観を身近に感じると同時にとても魅力的に見えます。
得体の知れない緑から始まる物語が何を溶かし、生み出すのか楽しみですね。
今後ともよろしくお願いします!!
作者からの返信
こちらこそ、企画に参加させていただきありがとうございます。
「完全」という言葉の不穏さを丁寧に汲み取っていただけてありがたいです。科学と神秘がまだ地続きだった時代だからこそ、理性の顔をした狂気が描けるかなと思っています。
『牙狼』のドラマ版のような、暗さの中にある重厚さや、異形へ惹かれてしまう感覚にも通じるものがあるかもしれません。
得体の知れない緑が何を溶かし、どこへ繋がっていくのか、最後まで不穏に進めていければと思います。
今後ともよろしくお願いします!
証言14への応援コメント
穏やかな狂気は瞬きするよりも刹那でしたね。全部を溶かし尽くす恐怖の緑が飲み込んでいく様、欲望や好奇心などありとあらゆるものを孵化させようとしているようにしか見えないです。
作者からの返信
ありがとうございます。
「穏やかな狂気」が一瞬で剥がれて、緑がすべてを侵していく感覚を拾っていただけて嬉しいです。
硫酸は、今日の化学工業に欠かせないものですが、ここでは欲望や好奇心に触れたことで、破壊の液であると同時に、蛹を生む媒体にもなっています。
それを化学がもたらす暴力への寓話と見るのか、あるいは変成や希望の兆しと見るのか。そこは、読者の方がそれぞれに解釈してくださればと思っています。