2026年6月19日 13:31
薄明への応援コメント
「自主企画 感想送ります。」から来ました。作品の雰囲気が気になり、拝読しました。私自身、情動的な感想を書くのはあまり得意ではないのですが、普段から作品の構造や、その奥に流れているものを追って読むことが多いので、今回はその方向から書かせてください。少し長文になりますがお許しください。読み終わった後、タイトルをもう一度見ました。「青とピンクと私は何色」自分の本当の色を探す話、と聞けばそう読めます。読み進めるほど、この作品はそういう話だけではないし、そこより少し奥の場所で動いているのだと感じました。この作品の奥で静かに支えているものについて、私なりに考えました。◇最初の場面ランドセル売り場で、澪は店に入った時から「青」に決めていた手に取ると、遠くから見ていたよりずっと綺麗な色だったそこに「女の子なんだから赤がいいんじゃない?」という声がかかる。澪は黙って、「......うん。」と言う。このやりとりで何が起きたのかを、丁寧に見ると少し怖いものがあります。力でねじ伏せられたわけではない。優しい顔で微笑む母がいて、頷く店員がいて、澪はただ「嫌だ」が言えなかった。それだけで、青が遠くなった感じです。「それから私は自分の『好き』が分からなくなった」この一文がプロローグの後半に置かれます。ランドセルの色を一度曲げられただけで、澪は自分の感覚の所在を失ってしまう。ここが、この物語の出発点なのだと思います。◇中学に入ってからの場面で、さらに苦しくなりました。クラスで「三組に女装してる男子いるらしいよ」という話題になります。「えーー、きも」という笑いが広がります。澪は笑えなかった。次の瞬間、心の中で「女の子らしく」という声が響いて、澪は一言発します。「男の癖にスカート?まじきも。」周りが笑い、澪は安心する。「良かった、私は女の子だ。」ここで起きていることを、もう少し解きほぐしてみます。澪が「女の子だ」と確認できたのは、誰かを笑ったからです。その誰か——蒼依——は、この時点でまだ澪とは何のつながりもありません。それなのに澪は、その排除によって自分の輪郭を確かめています。その「自分」は、すでに青を手放した後の自分でもあります。守るために自分の感覚を消して、自分を確認するためにほかの誰かを遠ざける。守っているはずの中に、守りたかったものがありません。澪のプロローグに静かに用意されている感じです。◇蒼依の苦しさは、澪と似ているようで、構造が違います。蒼依は、母の「蒼依ちゃん」として生きている。毎朝、高い声を出す練習をする「あー、あー。」という声髪を丁寧に梳かす服装を保つ話しかけられたとき、「俺」ではなく「私」で答えます。「お母さんは俺が"私"と言うと嬉しそうだった。」この一文にある関係を読むと、少し立ち止まります。母の喜びの条件が、蒼依の自分を隠すことだからです。「蒼依ちゃん」として見られるほど、蒼依自身の声や体や「俺」は奥へ押し込まれていきます。「支配されている」という言葉だけでは届かない感じがします。そこには確かに愛情のようなものがあります。愛されているからこそ、逃げられない。愛情が向かってくるほど、愛されている当の本人が消えていく。そういう逆説が、蒼依の章にはあると思いました。◇二人の壊れ方も、似ているようで違いました。澪は、蒼依を「まじきも」と言ったその日の放課後、三組の教室の前で動けなくなります。「私はなぜか、その場から動けなかった。」頭で決めた言葉と、体の向く方向が、逆を向いてしまう。そこから何度も通い続けます。そのうち、グループに「ノリ悪くない?」「距離置こうよ」と言われ、「もうここには居られないんだな」と思います。澪の場合は、自分が作った「普通」に、自分自身がついていけなくなっていく感じです。蒼依のほうは、もっと内側から、先に体が変わっていきます。「声が少し掠れる。魔法が溶け始めている。」誰かに言われたわけでも、考えて選んだわけでもない。声が、体が、勝手に先へ進んでしまう。「帰りたくない」という言葉も、群青の場面で「自然と口から零れた」と書かれている。決意したというより、出てしまった言葉だと思います。蒼依は、誰かの望む形より先に、自分の体や声のほうが外へ出てしまう。意志がないというより、意志が後から追いついてくる。その感じが痛かったです。◇ここで少し、時間の話をしたいと思います。群青のエピソードで、澪からメッセージが届く場面です。「明日も放課後いる?」「本貸して。」それだけの言葉なのに、蒼依は内心こう思います。「"また明日"が本当に来る気がした。」この感覚を、読んでいるこちらは澪より先に知ります。蒼依にとって、明日が来ることは当たり前ではなかった。だから「また明日が本当に来る気がした」という感覚が、「異常なくらい嬉しい」ものとして届きます。その直後に、母から「今日は早く帰ってきてね。」「話があるの。」というメッセージが届き、読んでいる自分は、蒼依が「また明日」をどれほど大事に受け取っていたかを知っています。母からの「話がある」という言葉の重さが、こちらの心にも来ます。この順番で書かれているから、群青の緊張は張り詰める感じがします。◇群青の「一緒に探そっか」は、救いの言葉とは少し違うように思いました。蒼依の地の文です。「どこに行きたいのか。どこなら息ができるのか。そんなこと、一度も考えたことがなかった。」「よく分からない」ではなくて、行きたい場所を考える経験や望みを持ってよい時間が、ずっとなかった、ということなのだと思います。だから「一緒に探そっか」は、目的地を示す言葉ではなく、行き先が分からないまま、動き始める言葉だと感じました。「じゃあ、帰らなきゃいいじゃん」という澪の声は「春風みたいに軽い」と書かれています。その軽さがちょうどよかった。正論では届かなかった場所に、軽い春風の声が届く感じです。◇薄明の、服を替える場面スカートを脱ぐ床に落ちる「それだけなのに、何かが剥がれていくみたいだった。」そして髪を切る場面「ほんとにいいの?」百均で買ったハサミを持つ澪が言う。「その手はわずかに震えていた。」蒼依が「いいんだ」と言う。「自然と口から出た声は、いつもよりずっと低くて、戸惑った。」読んでいて、この震えている手のことを考えました。蒼依の髪はずっと、母に「髪が綺麗ね」と言われてきた髪です。その同じ髪を、澪が、同意を得て、震える手で切る。母の手と澪の手では、何もかもが違う。管理でも取り戻しでもなく、ただ、ここで誰かが同意して切る、という印象的な出来事があります。それで何かが解決したとは書かれない。「魔法はもう、とっくに溶けていた」という文が来るだけです。それは勝利宣言ではなく、今になって気がついた、という感じです。◇青いパーカーの場面も、もう少し注意して見ると気づくことがあります。古着屋で澪が青いパーカーを試着します。「夜明け前みたいな色」この場面は澪の視点ではなく、蒼依の視点から書かれています。「ずっと綺麗だと思っていた色。でも、自分には似合わないと思っていた色。澪は当たり前みたいにその色を着る。」ここで青いパーカーを着るのが澪だというのは、この作品のプロローグと呼応しています。澪が諦めた色が青だった。終盤で「澪は今、自分の青を取り戻した」とは書かれていない。蒼依の目から見て、「自分には似合わないと思っていた色を、澪は当たり前みたいに着る」という場面として置かれている。自己宣言ではなく、誰かの視線の中に、ただその色がある。言い切らないので、そこがいいと私は思いました。◇最後の空「スマホが鳴る。でも、今は波しか聞こえない。」この「今は」がとても大事だと思いました。電話は鳴っている。母からの呼びかけは消えていない。ただ、この瞬間だけ、波の音のほうが前に来ている。解決ではなくて、一時的な距離感です。「青。紫。ピンク。境界がない、朝でも夜でもない空。自分も混ざれそうだ、と思う。」最後の「自分も混ざれそうだ」は、澪の言葉ではありません。これは蒼依の感覚として置かれています。澪の「私の本当の色は何色なんだろう」という問いに、答えが返ってきたわけでもありません。順序があります。境界のない空が先にそこにある。その空を見た蒼依が、初めて「自分もそこに混ざれるかもしれない」と感じる。答えが来たのではなくて、世界の見え方が変わって、その変わった世界に自分が入れるかもしれないという感じです。「何色か」という問いに、答えは返されません。でも、それは失敗ではないと思います。「何色かに決めなければならない」という問いの形そのものが、この空の前で、少しほどけた。青でも、ピンクでも、紫でも、朝でも夜でもない。そこに蒼依が「混ざれそうだ」と思う。その一瞬だけが、最後に残されている感じです。◇著者および作品プロフィールなども拝見しました。「普通の人と感覚や見た目、考え方が違う。そんな人達の世界との”ズレ”や”葛藤”を描いています。」という言葉は、この作品にとても合っていると思いました。澪も蒼依も、ただ「普通ではない人」として置かれているのではなく、普通であろうとすること、普通に見られること、普通から外されることの中で、自分の輪郭が分からなくなっていく人物として描かれていたように感じます。そのうえで、タグに「文学」とある作品として読むと、少し気になったところもあります。作品紹介では「青とピンクの間で、息をしていた」「まだ名前のない色を探している」という言葉が置かれています。もちろん、その入口はこの作品にとても合っていると思います。ただ、本文そのものは、「色を探す」ことを、分かりやすい到達や発見としては閉じていないように感じました。むしろ、この作品の良さは、「本当の色を見つけた」と言い切らないところにあると思います。母の着信は残っているし、学校も生活も残っている。最後にあるのも、答えの色ではなく、「境界がない、朝でも夜でもない空」です。そこに蒼依が「混ざれそうだ」と思う。その一瞬が置かれています。これは直した方がいいという意味ではありません。プロフィールやタグが示している分かりやすい入口と、本文が最後に残している未決着の感触に、少しだけ温度差があり、私はそこに、この作品の文学寄りの読みどころがあるように思いました。◇だから私は、「本当の色を見つけた話」とは言えませんし、「解放された話」とも、まだ言えない気がします。母の着信は鳴っていて、学校も、生活も、外側の問題はまだ残っていると思います。それでも二人はここまで来ました。色で自分を決めなければならなかったまま、決めなくていいかもしれない空の前まで。その空が、この作品が最後に置いたものだと思います。朝でも夜でもない、あの時間。
作者からの返信
素敵な感想をありがとうございました。ここまで丁寧に読み込んでいただけるとは思っていなかったので、とても驚きました。特に、澪が「女の子だ」と確認するために誰かを遠ざけてしまったことや、蒼依の「一緒に探そっか」を救いではなく”行き先の分からないまま動き始める言葉”として受け取ってくださったことが印象に残っています。自分でも書いている間、「答えを出す物語」にはしたくないと思っていました。だからこそ、最後の空や二人の未決着な部分まで汲み取っていただけたことが本当に嬉しかったです。また、私自身が意図していた部分だけでなく、自分では気づいていなかった読み方や発見もたくさんあり、「そんなふうにも読めるんだ」と何度も感心しながら拝読しました。初めて書いた小説だったので不安も多かったのですが、この作品をここまで真剣に読んでいただけたことが何より励みになりました。改めて、素敵なレビューと感想を本当にありがとうございました。
薄明への応援コメント
「自主企画 感想送ります。」から来ました。
作品の雰囲気が気になり、拝読しました。
私自身、情動的な感想を書くのはあまり得意ではないのですが、普段から作品の構造や、その奥に流れているものを追って読むことが多いので、今回はその方向から書かせてください。少し長文になりますがお許しください。
読み終わった後、タイトルをもう一度見ました。
「青とピンクと私は何色」
自分の本当の色を探す話、と聞けばそう読めます。
読み進めるほど、この作品はそういう話だけではないし、そこより少し奥の場所で動いているのだと感じました。
この作品の奥で静かに支えているものについて、私なりに考えました。
◇
最初の場面
ランドセル売り場で、澪は店に入った時から「青」に決めていた
手に取ると、遠くから見ていたよりずっと綺麗な色だった
そこに「女の子なんだから赤がいいんじゃない?」という声がかかる。
澪は黙って、「......うん。」と言う。
このやりとりで何が起きたのかを、丁寧に見ると少し怖いものがあります。力でねじ伏せられたわけではない。優しい顔で微笑む母がいて、頷く店員がいて、澪はただ「嫌だ」が言えなかった。それだけで、青が遠くなった感じです。
「それから私は自分の『好き』が分からなくなった」
この一文がプロローグの後半に置かれます。ランドセルの色を一度曲げられただけで、澪は自分の感覚の所在を失ってしまう。ここが、この物語の出発点なのだと思います。
◇
中学に入ってからの場面で、さらに苦しくなりました。
クラスで「三組に女装してる男子いるらしいよ」という話題になります。
「えーー、きも」という笑いが広がります。
澪は笑えなかった。
次の瞬間、心の中で「女の子らしく」という声が響いて、澪は一言発します。
「男の癖にスカート?まじきも。」
周りが笑い、澪は安心する。
「良かった、私は女の子だ。」
ここで起きていることを、もう少し解きほぐしてみます。
澪が「女の子だ」と確認できたのは、誰かを笑ったからです。その誰か——蒼依——は、この時点でまだ澪とは何のつながりもありません。それなのに澪は、その排除によって自分の輪郭を確かめています。その「自分」は、すでに青を手放した後の自分でもあります。
守るために自分の感覚を消して、自分を確認するためにほかの誰かを遠ざける。守っているはずの中に、守りたかったものがありません。澪のプロローグに静かに用意されている感じです。
◇
蒼依の苦しさは、澪と似ているようで、構造が違います。
蒼依は、母の「蒼依ちゃん」として生きている。
毎朝、高い声を出す練習をする
「あー、あー。」という声
髪を丁寧に梳かす
服装を保つ
話しかけられたとき、「俺」ではなく「私」で答えます。
「お母さんは俺が"私"と言うと嬉しそうだった。」
この一文にある関係を読むと、少し立ち止まります。
母の喜びの条件が、蒼依の自分を隠すことだからです。
「蒼依ちゃん」として見られるほど、蒼依自身の声や体や「俺」は奥へ押し込まれていきます。
「支配されている」という言葉だけでは届かない感じがします。そこには確かに愛情のようなものがあります。愛されているからこそ、逃げられない。愛情が向かってくるほど、愛されている当の本人が消えていく。そういう逆説が、蒼依の章にはあると思いました。
◇
二人の壊れ方も、似ているようで違いました。
澪は、蒼依を「まじきも」と言ったその日の放課後、三組の教室の前で動けなくなります。
「私はなぜか、その場から動けなかった。」
頭で決めた言葉と、体の向く方向が、逆を向いてしまう。
そこから何度も通い続けます。
そのうち、グループに「ノリ悪くない?」「距離置こうよ」と言われ、「もうここには居られないんだな」と思います。澪の場合は、自分が作った「普通」に、自分自身がついていけなくなっていく感じです。
蒼依のほうは、もっと内側から、先に体が変わっていきます。
「声が少し掠れる。魔法が溶け始めている。」
誰かに言われたわけでも、考えて選んだわけでもない。声が、体が、勝手に先へ進んでしまう。「帰りたくない」という言葉も、群青の場面で「自然と口から零れた」と書かれている。決意したというより、出てしまった言葉だと思います。
蒼依は、誰かの望む形より先に、自分の体や声のほうが外へ出てしまう。意志がないというより、意志が後から追いついてくる。その感じが痛かったです。
◇
ここで少し、時間の話をしたいと思います。
群青のエピソードで、澪からメッセージが届く場面です。
「明日も放課後いる?」「本貸して。」
それだけの言葉なのに、蒼依は内心こう思います。
「"また明日"が本当に来る気がした。」
この感覚を、読んでいるこちらは澪より先に知ります。蒼依にとって、明日が来ることは当たり前ではなかった。だから「また明日が本当に来る気がした」という感覚が、「異常なくらい嬉しい」ものとして届きます。
その直後に、母から「今日は早く帰ってきてね。」「話があるの。」というメッセージが届き、読んでいる自分は、蒼依が「また明日」をどれほど大事に受け取っていたかを知っています。母からの「話がある」という言葉の重さが、こちらの心にも来ます。この順番で書かれているから、群青の緊張は張り詰める感じがします。
◇
群青の「一緒に探そっか」は、救いの言葉とは少し違うように思いました。
蒼依の地の文です。
「どこに行きたいのか。どこなら息ができるのか。そんなこと、一度も考えたことがなかった。」
「よく分からない」ではなくて、行きたい場所を考える経験や望みを持ってよい時間が、ずっとなかった、ということなのだと思います。
だから「一緒に探そっか」は、目的地を示す言葉ではなく、行き先が分からないまま、動き始める言葉だと感じました。
「じゃあ、帰らなきゃいいじゃん」という澪の声は「春風みたいに軽い」と書かれています。その軽さがちょうどよかった。正論では届かなかった場所に、軽い春風の声が届く感じです。
◇
薄明の、服を替える場面
スカートを脱ぐ
床に落ちる
「それだけなのに、何かが剥がれていくみたいだった。」
そして髪を切る場面
「ほんとにいいの?」
百均で買ったハサミを持つ澪が言う。
「その手はわずかに震えていた。」
蒼依が「いいんだ」と言う。
「自然と口から出た声は、いつもよりずっと低くて、戸惑った。」
読んでいて、この震えている手のことを考えました。蒼依の髪はずっと、母に「髪が綺麗ね」と言われてきた髪です。その同じ髪を、澪が、同意を得て、震える手で切る。母の手と澪の手では、何もかもが違う。管理でも取り戻しでもなく、ただ、ここで誰かが同意して切る、という印象的な出来事があります。
それで何かが解決したとは書かれない。
「魔法はもう、とっくに溶けていた」という文が来るだけです。
それは勝利宣言ではなく、今になって気がついた、という感じです。
◇
青いパーカーの場面も、もう少し注意して見ると気づくことがあります。
古着屋で澪が青いパーカーを試着します。
「夜明け前みたいな色」
この場面は澪の視点ではなく、蒼依の視点から書かれています。
「ずっと綺麗だと思っていた色。でも、自分には似合わないと思っていた色。澪は当たり前みたいにその色を着る。」
ここで青いパーカーを着るのが澪だというのは、この作品のプロローグと呼応しています。澪が諦めた色が青だった。終盤で「澪は今、自分の青を取り戻した」とは書かれていない。蒼依の目から見て、「自分には似合わないと思っていた色を、澪は当たり前みたいに着る」という場面として置かれている。自己宣言ではなく、誰かの視線の中に、ただその色がある。
言い切らないので、そこがいいと私は思いました。
◇
最後の空
「スマホが鳴る。でも、今は波しか聞こえない。」
この「今は」がとても大事だと思いました。電話は鳴っている。母からの呼びかけは消えていない。ただ、この瞬間だけ、波の音のほうが前に来ている。解決ではなくて、一時的な距離感です。
「青。紫。ピンク。境界がない、朝でも夜でもない空。自分も混ざれそうだ、と思う。」
最後の「自分も混ざれそうだ」は、澪の言葉ではありません。これは蒼依の感覚として置かれています。澪の「私の本当の色は何色なんだろう」という問いに、答えが返ってきたわけでもありません。
順序があります。境界のない空が先にそこにある。その空を見た蒼依が、初めて「自分もそこに混ざれるかもしれない」と感じる。答えが来たのではなくて、世界の見え方が変わって、その変わった世界に自分が入れるかもしれないという感じです。
「何色か」という問いに、答えは返されません。でも、それは失敗ではないと思います。「何色かに決めなければならない」という問いの形そのものが、この空の前で、少しほどけた。青でも、ピンクでも、紫でも、朝でも夜でもない。そこに蒼依が「混ざれそうだ」と思う。その一瞬だけが、最後に残されている感じです。
◇
著者および作品プロフィールなども拝見しました。
「普通の人と感覚や見た目、考え方が違う。そんな人達の世界との”ズレ”や”葛藤”を描いています。」という言葉は、この作品にとても合っていると思いました。澪も蒼依も、ただ「普通ではない人」として置かれているのではなく、普通であろうとすること、普通に見られること、普通から外されることの中で、自分の輪郭が分からなくなっていく人物として描かれていたように感じます。
そのうえで、タグに「文学」とある作品として読むと、少し気になったところもあります。
作品紹介では「青とピンクの間で、息をしていた」「まだ名前のない色を探している」という言葉が置かれています。もちろん、その入口はこの作品にとても合っていると思います。ただ、本文そのものは、「色を探す」ことを、分かりやすい到達や発見としては閉じていないように感じました。
むしろ、この作品の良さは、「本当の色を見つけた」と言い切らないところにあると思います。母の着信は残っているし、学校も生活も残っている。最後にあるのも、答えの色ではなく、「境界がない、朝でも夜でもない空」です。そこに蒼依が「混ざれそうだ」と思う。その一瞬が置かれています。
これは直した方がいいという意味ではありません。プロフィールやタグが示している分かりやすい入口と、本文が最後に残している未決着の感触に、少しだけ温度差があり、私はそこに、この作品の文学寄りの読みどころがあるように思いました。
◇
だから私は、「本当の色を見つけた話」とは言えませんし、「解放された話」とも、まだ言えない気がします。
母の着信は鳴っていて、学校も、生活も、外側の問題はまだ残っていると思います。それでも二人はここまで来ました。色で自分を決めなければならなかったまま、決めなくていいかもしれない空の前まで。
その空が、この作品が最後に置いたものだと思います。
朝でも夜でもない、あの時間。
作者からの返信
素敵な感想をありがとうございました。
ここまで丁寧に読み込んでいただけるとは思っていなかったので、とても驚きました。
特に、澪が「女の子だ」と確認するために誰かを遠ざけてしまったことや、蒼依の「一緒に探そっか」を救いではなく”行き先の分からないまま動き始める言葉”として受け取ってくださったことが印象に残っています。
自分でも書いている間、「答えを出す物語」にはしたくないと思っていました。だからこそ、最後の空や二人の未決着な部分まで汲み取っていただけたことが本当に嬉しかったです。
また、私自身が意図していた部分だけでなく、自分では気づいていなかった読み方や発見もたくさんあり、「そんなふうにも読めるんだ」と何度も感心しながら拝読しました。
初めて書いた小説だったので不安も多かったのですが、この作品をここまで真剣に読んでいただけたことが何より励みになりました。
改めて、素敵なレビューと感想を本当にありがとうございました。